今夜は冷えるな・・・。
漸く本日の仕事を終え遅い帰宅となったロイは、冷たい風にその細い身体を震わせた。
仕事が忙しくなれば何日も仮眠室での就寝が珍しくないロイにとっては、日付が変わる前に帰路につけただけでも、御の字としなければならないところだが・・・。
こんなに外の冷え込みが厳しくなっているのなら、いっその事司令部に泊り込んでしまった方が良かったかと思う。
どうせ家に帰っても、待つものなどいない身なのだ。
誰に気兼ねすることも無かったのに。
珍しく同時刻に仕事を切り上げたハボックの、飲みの誘いを断ってしまったのも失敗だった。
少しでもアルコールを入れておけば、寒さに身を震わせる事もなかっただろうに。
とりとめの無い事を考えていたロイの頬に、不意に冷たいものが当たる。
「やれやれ。降ってきてしまったか・・・・・・」
足を止め空を見上げたロイの目に飛び込んでくるのは、はらはらと舞い降りてくる雪。
明かりの全く無い空から降りてくる雪は、街灯の明かりを反射して光り輝き、まるで空から光りの欠片が降るような幻想的な光景を作り上げる。
ロイはその光景に、しばし目を奪われる。
「綺麗・・・・・・だな」
少しずつ地上に落ちる雪の結晶が増えていく中で、ポツリとロイの呟きがこぼれる。
こんな風に自然の作り出す芸術を、美しいと思うことは随分と久しぶりだった。
日常に忙殺され、今では自然を身近に感じるゆとりさえ失ってしまった自分を、少し寂しく感じる。
でもそれは仕方が無いことなのかもしれない。
何かを成し遂げる為には、それ相応の代償が必要なのだ。
成し遂げたいものが大きければ、大きいほど、失うものもまた大きい。
「等価交換」それは、なにも錬金術の原則だけではない。
目指すものを手に入れるため、自分らしさを失っていくことさえも覚悟で下した決断に、後悔はしていない。
「何を感傷的になっているんだか・・・」
空を見上げていた視線を戻し、ロイは小さく苦笑する。
後悔はしないと決めておきながら、ふとした瞬間に顔をだすこの気持ち。
それはまだ自分の中に、迷いが残っている証拠なのかも知れない。
こんな時に、切に強くなりたいと思う。
何事にも揺らぐことがないように。
上辺だけ取り繕うのではなく、真実(ほんとう)の強さが欲しい。
ああ、そういえば彼は今頃どこにいるのだろう・・・。
不意にロイは、自分と同じ軍の狗に成り下がりながらも、決して自分を見失うことの無い彼の事を思い出す。
自分にはない強さを持つ彼は、今日もどこかで自分達の身体を元に戻す為の方法を探している事だろう。
彼とは世間一般で言う『恋人』といわれる間柄だけど。
旅から旅を続ける彼と、一緒にいられる時間は極端に少ない。
彼には彼の、自分には自分の目的があるから、それを寂しいとは思わない。
否、それは思ってはいけないことだ。
自分は彼よりずっと大人なのだから、彼にそこまで依存してはいけないと、心のどこかでブレーキをかける自分がいる。
彼は中々感情を表に出さない自分の事を、はがゆく思っているみたいだけど。
やはり年長者としては、そう簡単に相手の思う通りになってたまるかという意地もある。
厄介な相手を好きになってしまったと、思わないわけではない。
だけど彼から告白を受けたときも、キスされた時も、組み敷かれた時でさえ、嫌悪感は全く無かった。
その時初めて、自分の気持ちを意識した。
鈍すぎると彼からも笑われたけれど、本当にそれまで意識したこと等なかったのだ。
彼はずっと自分の保護すべき子供で、いつか自分の下を飛び立つ存在だとばかり思ってた。
しかし、意識してからというもの、彼への気持ちは加速するばかりで。
「今頃はどこの空の下なのだろう・・・」
柄にも無く逢いたいなどと無意識に呟いてしまって、誰に聞かれたわけでもないのに顔を赤くしたロイは、止めてしまった歩みを再び進める。
逢いたいになんて、私は初恋の人に恋焦がれる少女じゃないんだぞ。
そうだ今日は珍しく雪なんて降るから、おかしな思考になるんだ。
ブツブツと言い訳をしながら、ロイは足早に雪の中を自宅に向って歩いていく。
こんな日は、さっさと家に帰って寝てしまおう。
これ以上おかしな思考に陥る前にと、心の中で呟きながら。
+ + +
鍵を開けて、ロイは自分の家の中へと入る。
まず一番最初に感じたのは、微かな違和感。
何がどう違うのか、言葉ではっきりとは言い表せないが、何かが違う気がしてならない。
首をかしげながら、ロイはリビングの扉を開ける。
「・・・ッ!?」
明かりをつけた瞬間、ロイは思わず息を飲む。
リビングの中央に置かれた、いかにも高級そうな革張りのソファーの上。
片足を床に落とした(よくあれで寝ていられるものだと思う)だらしない格好で気持ち良さそうに眠っているのは、今さっきまでロイの胸中を独り占めしていた人物。
馬鹿な、と思う。
彼は今も遠い地にいるはずであって、こんな所にいるはずなどないのだ。
いよいよ幻まで見えるようになったのかと衝撃のあまり口をパクパクさせていると、明かりがついたことに気がついたのか、
ソファーの上の人物・・・エドワードの瞳がゆっくりと開いた。
「ん〜〜〜」
身体を起こし気持ち良さそうに伸びをしたエドワードは、ぐるりと部屋を見回し、やっとロイの存在に気がついたらしい。
寝ぼけ眼のまま、ロイに向って手を上げる。
「よっ。遅かったな〜。大佐」
悪びれもせずのん気に言う彼は、幻でもなんでもない。
間違いなく本物のエドワード・エルリックだ。
「遅かったなじゃ無いだろうッ!!君は人の家で何をしてるんだね!?」
我に返ったロイは、ツカツカとソファーの元に行きながら、声を荒げる。
全く。全く。どうしてこの子はッ!!
人がらしくもなく逢いたいと思ってしまった時に、突然現れるなんて卑怯にも程がある。
「何をしてるって・・・ご挨拶だな〜。久しぶりに戻ってきた、恋人に対してそれはないだろ?」
「こっ・・・っ!誰が、恋人かねッ?誰がッ!?不法侵入などする人物を恋人に持った覚えは私には無いッ!!」
「ふ〜〜〜ん」
捲くし立てるロイをじっと見つめて、漸くしっかりと覚醒したらしいエドワードは意味ありげに口の端を吊り上げながらロイを見つめる。
「な・・・何かね?」
その視線にドキリとしながらも、ロイもエドワードを見つめ返す。
「いや、なんかいつもと感じが違うな〜と思って。そんなにおれに会いたかった?」
多分エドワードは、「そんな訳あるか」と返されるに決まっていると、深い意味も持たず冗談で言ったのだろうけど。
図星を差されたロイは、見る間にかぁぁぁっと赤くなる。
「え?もしかして、本当におれに会いたかった・・・とか?」
思わぬ反応に、エドワードが驚いた様にロイを見つめる。
「そんなわけ無いだろうッ!!なんで、私が鋼のと会うのを楽しみにしなければならないんだッ!!」
怒鳴ってそっぽを向いても、一度赤くなってしまった頬は如実にロイの心情を表してしまっている。
慌てて否定することが、かえって逆効果だとは思っていないらしい。
背を向けるロイをしばらく見つめて、エドワードはやがて嬉しそうにふわりと微笑む。
そっとソファーから立ち上がると、頑なにこちらを向こうとしないロイを背中から抱き締める。
「どっちでもいいよ。おれは大佐に会いたかったから・・・」
「・・・・・・」
「本当は一番最初に大佐に言いたい事があったから、ここで待ってたんだ」
まぁ、寝むっちまったのは失敗だったけどな、と悪戯っぽく笑うエドワードにロイは視線だけを向ける。
視線で何を言いたいのかとたずねるロイに、エドワードは一度ロイを抱き締める腕をほどいた。
「やっぱり、こういうことはさ、ちゃんと正面を向いて言いたいんだけど」
エドワードの要求に、ロイは諦めたように頷いて身体を反転させてエドワードと向き合う。
「順番が逆になっちゃったけど・・・」
少し照れたようにエドワードは微笑んで。
「ただいま」
告げてもう一度、ロイを正面から抱き締める。
思いもよらないエドワードの言葉に、ロイは瞳をしばたかせる。
たった4文字の、簡潔な言葉に込められた意味。
それはエドワードの帰る場所は、ロイの隣だと言うことに他ならない。
「・・・おかえり」
自分の元を帰る場所と言ってくれた事が嬉しくて、そして無事で良かったという想いをこめて、ロイはエドワードを抱き返す。
「ああ・・・。ただいま。会いたかった。本当に」
じっと自分を見上げてくる瞳に、自分はこれ以上言葉では返せないから。
だから自分も同じなのだと伝える為に、そっとその唇にロイは自分から唇を重ねた。
一瞬驚いた様に、ロイをを抱き締める腕がピクリと反応する。
しかしそれは、ほんの一瞬のこと。
エドワードが嬉しそうに微笑むと、口付けはすぐに深いものへと変わっていった。
「大佐・・・大丈夫?」
細い身体にすべてを埋め込んだエドワードは、心配そうにソファーの上に組み敷いたロイを見つめる。
逸る気持ちを抑えて、なるべく時間をかけて慣らしたつもりでも、やはり久々に抱かれるロイは辛そうに見える。
「ん・・・ふぅ・・・うっ・・・」
苦しげな吐息を漏らすロイの前髪をかきあげて、エドワードはそっと額に口付けを落とす。
「辛いなら・・・やめようか?」
ここでやめてしまえば、自分だって辛いものはあるのだけど。
辛い思いをさせてまで、身体が欲しいわけじゃない。
本当に、この腕の中の人が大切だから。
傷つけるような事だけはしたくない。
しかしエドワードの言葉に、ロイから返ってきたのは思わぬ言葉。
「平気・・・だ。私が、これぐらいの事で、・・・弱音なんて、言うわけが・・・ッ!」
途切れ途切れに聞こえてくるのは、ロイの精一杯の強がり。
「------------------」
エドワードは驚いた様にしばしロイを見つめて、クスクスと笑い出した。
全く、どこまでも意地っ張りな人だと思う。
白い肌をうっすらと赤く染めて、今自分がどれ程の媚態をさらしているのか、分かっているのだろうか?
自分で煽ったんだから、その責任は取ってもらおうとエドワードは心の片隅で呟く。
「了解。それではお言葉に甘えさせていただきます」
「あッ・・・ッ!!」
言葉と共にエドワードが動きを再開すると、ロイの口からは途端に小さな悲鳴が上がる。
縋りつくように伸ばされた手を掴んだエドワードは、自分の指を絡めてそのままソファーへと縫い付けてしまう。
細い肢体を余すことなく見せる格好になってしまったロイが、エドワードの視線に気がついて、羞恥に更に身体を赤く染める。
「そんなに・・・見る、な・・・馬鹿者・・・ッ!」
目を潤ませたまま睨みつけても、それはエドワードの熱を刺激するだけで。
「あんまり、可愛いこと言うなよ。我慢が効かなくなるだろ」
眼差しに煽られて、熱っぽくエドワードが、ロイの耳元で囁く。
「つっ!!」
そんな些細な事でさえ刺激になるのか、ロイが身体を震わせる。
「も・・・いい加減に・・・・・んっ・・・」
言いかけた言葉は、エドワードが唇を塞いだ事によって途中で途切れた。
「は・・・、んん。」
吐息も奪うほどの激しい口付けに、苦しげな声をロイがあげる。
エドワードはロイの抗議も耳に入らない様子で、思う存分ロイの唇を味わう。
漸くエドワードが唇を離す頃には、ロイの息はすっかり上がってしまっていて。
苦しげな呼吸を繰り返す様が、可哀相だと思わないわけではないけれど、一度上がってしまった熱は吐き出すまでは引いてくれるものではない。
そして、エドワードは気がつく。
いかに自分がこの目の前の体温に飢えていたのか。
「やば・・・。やっぱりおれ大佐のことすっげー好きかも・・・」
勿論ずっと好きではいたけれども、今の気持ちは好きだなんて言葉では到底言い表せない。
腕の中で可愛らしく啼いている人が、好きで、大切で、愛しくて。
後から後から溢れる想いには、一体どんな名をつければよいのだろう。
意識せずしてこぼれてしまった言葉は、幸いにもロイの耳には届かなかったみたいで、動きを止めてしまったエドワードを、ロイが不思議そうに見上げる。
なんでもないとゆっくりと首を振って、エドワードは再びロイの身体にゆっくりと唇を落としていく。
痛みも熱も快楽もすべて交じり合い、この瞬間だけでも、ロイの中は自分だけになればいい。
そんな埒もないことを考えながら、エドワードは再びロイの身体へと溺れていった。
「でも、久々に戻ってきたけど、大佐に変わりが無くてよかったよ」
散々飽きるまで抱き合って、漸く身体を離すとふと思い出したようにエドワードが呟いた。
「変わってない?私は変わっていないか?」
今さっき雪の降りしきる中で考えていたことが、不意に胸を過ぎる。
自分が自分でなくなっていくようなそんな不安。
逆らう事を許されない生活を強いられていく中で、やがて自分は感情を無くしてしまうのではないかという恐怖。
「? 変わった事聞くなぁ・・・。大佐は大佐だろ。相変わらずの細腰で、感度もばつぐ・・・いってーーーッ!!」
言葉の途中で容赦なくげんこつで殴られて、エドワードか悲鳴を上げる。
「いてーなッ!!突然なにすんだよッ!!」
殴られた頭を抑えながら、涙目でエドワードがロイを睨みつける。
「なにをするんだは、こっちのセリフだッ!!人が真面目に聞いているのに茶化すなッ!!」
「全く凶暴だなぁ・・・。最中はあ〜〜〜〜んなに、可愛い・・・」
「何か言ったかかね?」
「いえ、・・・何も言ってません」
ギロリと睨みつけられて、またしても最後の言葉を飲み込まされたエドワードは首をすくめる。
「大丈夫。大佐は大佐だよ。何を難しく考えているのか知らないけど、人はそんな簡単に変わるものじゃないさ」
「・・・・・・・・・」
不意に優しく笑ってそう言ったエドワードを、ロイは驚いた様に見つめる。
全く・・・どうしてこんなにこの子はこんなに勘がいいのだろう。
頭を抑えて、ロイはため息をつく。
逢いたいと思っているときに、現れただけでもかなりの不意打ちだったのに。
人の不安を簡単に見抜いて、あまつさえ自分の求める言葉までくれるとは・・・。
まったくこれではどちらが年上か、分からないではないか。
「執務室にこもってばかりだから、思考が暗くなるんじゃないか?なんなら、今度はおれ達と一緒に旅に出る?」
ロイの複雑な胸中も知らず、冗談めかして笑いながらエドワードが言う。
優しく頬を撫でる手が、とても心地よい。
「そうだな・・・。それも悪くないかもしれないな・・・」
「え!?マジッ!!?」
冗談で言った言葉に思わぬ答えがもらえて、目を丸くしたエドワードがロイを見つめた。
「ああ、いつかきっと・・・な」
今はお互いにしなければならないことがあるから。
それを投げ出すことは出来ないけど。
だけどすべてが片付いた時には、一緒に旅をしてみるのも悪くないと小さくロイは頷く。
「よっしゃ!約束だからなッ!!」
交わされた約束が実現する日は、お互い成し遂げなければならないことが大きすぎて、明確な日にちなんて決められないけど。
だけど必ず実現させてみせると、晴れやかな笑顔を見せるエドワードに迷いはない。
きっと、そんな強さに自分は惹かれるのかもしれない。
自分だって、負けるわけにはいかないだろう?
にやりと、ロイの口元にいつもの笑みが浮かぶ。
漸くいつもの自分を取り戻せたようだ。
「それまでには、・・・もう少し身長が伸びているといいな」
しみじみと呟きながら、ぽんと頭の上に手を置けば、エドワードは勢いよくその手を払いのける。
「うっさい。ちびって言うなッ!!」
むきになるエドワードは、先ほどの大人びた表情は嘘のようになりをひそめていて。
大人になったり、子供になったり、ころころ表情の変わるエドワードを見つめて、クスクスとロイが笑う。
「いつか見返してやるからな。今に見てろよッ!!」
「希望的観測ではあるが・・・。そうだな。楽しみにしておいてあげるよ」
未来も共に在る様に。そう願いを込めて。
ロイはエドワードにもう一度、口づけを送った。
END(2004/01/20up)(2010/02/01再アップ)
これも今から6年前の作品です。雪の少ない地域で育った管理人にとって、
雪はとても神秘的なものに思えて、その感情を色濃く出した作品かも知れないです。
しかし、最終的にはあんまり雪が関係無くなってる気も・・・(-_-;)
早い話が、雪が降ると世界が静かになって、途端に心細くなりませんか?という話です。
えっちシーンとか色々逃げまくって書いてるのが、なんとも感慨深い・・・。
展開の早いこと早いこと。いきなり始まって、最後まで書かないで終わりって凄くない!?
と、自分で突っ込んでみる(笑)今はそういう意味では成長(?)したのかな〜(-_-)ウーム
相変らず艶文が色っぽくならないのは、悩みの種ですが。
ちょっと驚いたのが、今の管理人では決して書かないような表現を結構書いてることですかね。
うんうん。社会人ピー年やってりゃ、図太くもなるよね・・・(T△T) と、時の流れの残酷さを感じたり(笑)
何気に大佐が今の大佐より、繊細でびっくりだ(笑)←そのくせ妙に積極的
昔はこうして、時折おセンチな大佐を書いてたんですね。
今じゃエドに甘やかされて、すっかり人格崩壊起こしてますが(;^_^A アセアセ・・・
この頃は「依存してはダメだ」とか可愛い(?)こと思っていたのに〜〜〜。
その健気さどこに置いてきたんだ大佐ぁ!壁 |дT)o エーン
