「うそ・・・、うそでしょう?」
掠れた声で、呆然とウィンリィが呟く。
「嘘ではない。君の両親を殺したのは私・・・だ」
目を逸らすことなく、執務机に座ったロイは淡々と告げる。
冷たい光を放つ瞳からは、何の感情も読み取れない。
次の瞬間。
パシンッ!と鋭い音が、執務室に響き渡った。
「・・・許せない・・・・・・」
瞳からあふれる涙をぬぐうことなく、ウィンリィは呟く。
ロイの頬を叩いた右手なんかより、ずっとずっと胸が痛かった。
優しかった両親。
人の命を救う術を持っている両親は、ウィンリィにとって何よりの誇りだった。
その二人の命を奪ったのが、よりにもよってロイだったなんて。
漸くエドが見つけた大切な人が、両親の仇だったなんて信じたくなかった。
ポロポロと涙を零すウィンリィを見つめて、ロイは冷たく言い放つ。
「君の両親を殺したのは、私だ。その件について謝罪も弁解もする気はない」
「どうして!?父さんたちは、人の命を救いたかっただけなのにッ!!どうして殺されなくちゃいけなかったのよ!?」
「・・・・・・」
「答えなさいよッ!!」
激昂するウィンリィとは対照的に、おもむろに椅子から立ち上がったロイはただ静かに見つめ返してくる。
その瞳から感情を読み取る事は出来ない。
「・・・言ったはずだ。私はこの件について、謝罪も弁解もする気はないと・・・」
言ったきり背を向けてしまったロイを、ウィンリィはギッっと睨み付ける。
「・・・私は、あなたを許せない・・・」
「・・・最初から許されるなんて思っていないさ・・・」
背を向けたまま淡々と答えるロイに、これ以上何を言っても無駄と思ったか、ウィンリィはとめどなく流れる涙を乱暴な仕草でぬぐいながら、ロイに背を向けた。
「・・・・・・・・・・・・あなたなんて、地獄に落ちればいい」
背を向けたままウィンリィは小さく呟き、執務室を飛び出していく。
それでも、ロイが扉に目を向けることはなかった。



ウィンリィが飛び出してからも、ロイは動かずにいた。
「・・・地獄に落ちればいい・・・か」
ポツリと呟きが落ちたのは、ウィンリィが飛び出してから随分とたってからのこと。
少女の手とは言え力任せに叩かれた頬もそのままに、ロイは机の後ろにある大きな窓の側に立つ。
外はしとしとと、静かに霧雨が降り続いている。
確かに自分のしてきたことを思えば、自分は地獄に落ちても仕方がない。
自分は多くの罪なき命を奪いすぎた。
『命令だったから』そんな言い訳は、なんの免罪符にもなりはしない。
命令であろうとなかろうと、自分が多くの命を奪った事実に何の代わりもないのだから。
「これですべて終わりだな・・・・・・」
ふと脳裏を過ぎるのは、闇に囚われた自分には眩し過ぎる黄金。
自分を大切にしてくれていた、幼い国家錬金術師。
彼は大切な幼馴染みを傷つけた自分を、きっと許さない。
思えば、最初から彼が自分を選んだことが間違いなのだ。
まっすぐな彼の側にいるには、自分のこの手は血に濡れすぎている。
彼にはウィンリィのような優しい少女が、側にいるほうがよほど似合っている。
人間兵器と呼ばれる国家錬金術師といっても、彼の手はまだ汚れていない。
彼はまだ、引き返せる。
それなのに・・・・・・。
なのに、この胸の痛みはなんなのだろう。
こんな胸の痛みは、知らない---------。
その時。
コンコンと、静かに執務室の扉がノックされた。
はっと我に返ったロイが、入室の許可を与えるよりも早く。
ゆっくりと執務室の扉が開く。
「・・・・・・鋼の・・・・・・・・・」
そこには険しい表情をした、エドワード・エルリックが立っていた。
ああ・・・彼はいよいよ終わりを告げにきたのか・・・・・・。
そう思って、またロイの胸がズキリと痛む。
「・・・・・・・・・・・・ウィンリィに話したんだってな・・・・・・」
長い長い沈黙のあと、ポツリとエドワードが呟く。
「ああ・・・・。いずれ分かるのも時間の問題だったからな・・・。どうせ彼女の耳に入ってしまうなら、せめて私の口から話したかった」
ロイの言葉を聞きながら、ゆっくりとエドワードはロイの元へとやってくる。
「・・・・・・それで、君の用件はなんだ?」
エドワードの口から言われる事を予測しながら、敢えてロイはエドワードに問う。
声が震えないよう、精一杯気を使う自分が可笑しい。
一体自分はいつの間に、こんなに彼に惹かれていたんだろう。
自分の気持ちを、コントロール出来ないほどに強く。
「・・・・・・大佐だって、分かっているだろ?」
ロイを見上げ告げるエドワードの表情は、真剣そのもので。
最後の時を知って、ロイはゆっくりと頷く。
「ああ。私は別に構わない・・・。君は、彼女の元へ行けばいい。鋼の・・・、君の手はまだ汚れてはいないのだから」
だけど次の瞬間エドワード取った行動は、ロイの予測をすべて裏切ったものだった。
「ちょ・・・は、鋼のッ!?」
ロイへと手を伸ばしたエドワードは、ロイの腕を掴むとそのまま自分の元へと引き寄せた。
いきなり抱きしめられて、ロイは戸惑うしかない。
「・・・・・・んだよ」
「え?」
呟かれた言葉が聞き取れなくて、ロイが聞き返す。
「そんなに辛そうな顔で、何言ってんだよッ!!」
「鋼の・・・何を・・・?」
戸惑うロイを無視して、エドワードは呟く。
「・・・確かに、ウィンリィの両親を殺した奴は憎い。俺だってあいつの両親は大好きだった。それを葬ったヤツを赦せるわけがない」
エドワードの言葉に、抱きしめた腕の中でビクリと怯えたようにロイが身体をすくませる。
その身体を更に抱きしめて、エドワードは続ける。
「だけど、それでもあんたが好きなんだッ!!こんな事で、嫌いになれるほど生半可な気持ちじゃないんだよッ!!」
例え自分の選択が、更に幼馴染みを傷つけるとしても。
自分がロイの手を取る事は、ウィンリィにとってどれほど酷い裏切りなのだろう。
それでも。
自分の気持ちに、嘘はつけないとエドワードが叫ぶ。
「はが・・・ね・・・の・・・。何を馬鹿な事を・・・」
「大佐が、過去に何をしていようと、俺には関係ない!罪があるなら俺も一緒に背負うから!!・・・だから・・・・・・だから、そんな辛そうな顔すんなよ・・・」
エドワードの右手が伸びて、そっとロイの頬へと触れる。
冷たいはずの右手が、なぜだが今はとても暖かく感じる。
自分は、彼と共に在ってもいいのだろうか。
彼には輝かしい未来があるかもしれないのに?
自分の感情で、彼をここに留める事が許されるのだろうか。
「私は・・・・・・私には、そんな資格はない・・・」
ロイはただ弱弱しく首を振る。
戦争だったのだから仕方が無い、命令に従っただけなのだから自分に罪はない、そんな都合のいい言葉で大切な者を奪われた人々が、赦してくれるわけが無い。
多くの幸せを奪っておいて、自分は好きなものと共にあるなんてそんな勝手が赦されるはずなど・・・。
「資格だとか、権利だとか・・・・・・人を好きになる気持ちに、必要無いだろ?俺は大佐が好き。大佐は俺が好き。今はそれでいいんじゃないか?」
困ったように微笑んで、エドはロイの瞳から零れだした涙をそっとぬぐった。
「え?」
その時初めて、ロイは自分が泣いていることに気がついた。
「大佐は・・・さ・・・・。十分苦しんだよ。そろそろ、自分を赦してやれよ。過去は消せないけど・・・、だからって未来まで、諦める必要は無いだろう?過去を悔やむなら、自分の出来る償いをしていけばいい」
告げてエドワードは背伸びをしてロイの唇にそっと、自分のそれを重ねる。
ただ触れるだけの優しい口付けは、じんわりとロイの心に浸透していく。
どうして、どうして彼はここまで強くあれるのだろう。
自分の罪は、決して消えることはない。
けれど。
彼は自分を選んでくれた。
そして、彼を想う自分の気持ちに嘘は無い。
だから、もう少しだけこのままの、彼といさせてください-----------。
そう、祈るように願いをこめて、ロイはそっとエドワードの背中へとそっと手を伸ばしていくのだった・・・・・・。





                                             END(2004/02/11up) (2010/01/26再up)




如何でしたでしょうか。初の鋼錬小説のシリアス編です。
テーマが重過ぎて、イマイチまとまってなくてすみません。
こちらの話はアニメ「イシュヴァール虐殺」見て思った話です。
私のサイトはエドロイですが、幼馴染みの両親を殺した大佐をエドはどう思うのかな〜と。
というわけで、ウィンリィが真実を知ったのを前提で、書いてみました。
まぁ、人によって賛否両論、取り方はいろいろあると思いますが、
コイツはこう取ったのね〜ぐらいで、さらりと流していただけるとありがたいです。



と、上記が2004年・・・今から6年前の管理人の率直な気持ちらしいです。
イマイチどころか、全然まとまってませんと過去の自分に突っ込み入れたいです・・・[壁]ノ_<。)グシュ
特に後半流れが急展開過ぎだろ!というのと、エド様の台詞が気障過ぎます・・・(爆死)
決して今だって文章が上達したわけではありませんが、流石に6年も前ともなると見るのも耐えないというか、なんというか。
とはいえ、稚拙な文書を書き直す事は簡単ですが、それでも当時の勢いというものは当時にしか無いわけで。
書き直した事によってその時の情熱を消してしまうのも寂しいかと思って、ここは敢えて原文のままアップです。(因みに壁紙も当時のまま/笑)
この作品をいつサイトから下ろしたのか記憶が定かではありませんが、見たことの無かった方や
最近遊びにきてくださるようになった方に少しでもお楽しみいただければ幸いです。