「ホークアイ中尉・・・・・・・・・。聞きたくない気もするが、これは一体なんだね?」
その日、軍部きっての出世頭、若干29才にして大佐の地位に着き、国家錬金術師の
資格まで有する、女性の羨望の的ロイ・マスタングは、秀麗な眉を顰めて呟いた。
視線は先ほどホークアイより渡された、書類の束の中の一つをじっと見つめている。
「何・・・・・・と言われましても、書いてある通りだと思います。」
相変わらずの何事にも動じない、冷静沈着な部下の姿にロイは一つため息をつく。
「さっきから、一体何見てるわけ?」
どうにも書類の中身が気になったのか、先ほどまで執務室備え付けのソファーの上で、
ハボックと仲良く(?)報告書の作成に取り組んでいたはずのエドワードが、ひょいと
ロイの手から書類を取り上げる。
「なになに・・・・・・・きたる、軍部祭り!・・・・・・・って、何コレ?」
軍部の中を回るには、余りにも軽い内容の書き出しに、思わずエドワードは首を傾げる。
「まもなく行われる、東方司令部設立記念式典のことッスか?」
不思議そうなエドワードとは逆に、東方司令部にある程度の勤務実績のあるハボックには
思い当たる節があるらしい。
「そう。まもなく行われる式典で、あわせてイベントを行うことが、この間の会議で決まったのよ。」
「会議で決まったって、私はそんなこと一言も聞いてないぞッ!」
ホークアイの説明に、ロイは机をドンと叩きながら口を挟む。
「それはこの間の会議を、大佐がおさぼりになられたからでは?」
「すみません。」
ちらりと冷たい視線を向けられて、身に覚えのあるらしいロイは、条件反射のように頭を下げる。
実は軍部において一番の実力者なのではないかと囁かれる、この優秀な部下に逆らうことほど
危険なことはない。
特にロイをはじめロイの元で働くものたちは、身をもってホークアイの恐ろしさを知っていたりするだけに
その反応は、もはや習性といっていいほど定着したものだった。
「軍・・・・・・・って、実はけっこう暇なのか?」
書類を見ながら、呆れたようにエドワードが呟く。
「暇っつーよりは、普段厳しい規則に縛られて真面目に働いている分、たまには派目を外す
こともあると言って欲しいッスね。」
「だからって、税金使って何やってんだか・・・・・。」
普段ってまじめだったっけ?と心の中で突っ込みながら、あえて口に出すことなく、エドワードは
手に持っていた書類をロイへと返却する。
「あら、その点は大丈夫よ。大切な税金を無駄にしないためにも、軍の式典の基本は自給自足だから。」
にっこりと笑って告げられたホークアイの言葉に、なぜかロイの背中を嫌な予感が駆け抜けていく。
「自給自足って・・・・・もうやることは決まってるんスか?」
ハボックの疑問に、はっとした様にロイが先ほどエドワードから返却された書類を繰る。
しかし、こういう場合いやな予感ほど的中するもので。
とあるページでピタリとロイの手が止まり、次の瞬間ガバッと書類を覗き込んだ。
「いくら読み直しても、内容は変わりませんわ。大佐。」
既に書類に記載された内容を知っているらしい、ホークアイが言う。
「一体、何て書いてあったんだよ?」
「こ・・・・こ・・・・・・・こ・・・・・・。」
「こ?」
書類を持つ手をブルブルと振るわせるロイに、エドワードが問い返す。
「こんなこと、本気でさせるつもりかッ!?」
らしくもなく取り乱して大声を上げるロイから、今度はハボックが書類を取り上げる。
「え〜と。ついては東方司令部大ホールにて、記念式典後に演劇鑑賞を行うものとする。
演目は眠り姫。オーロラ姫はロイ・マタングとす。相手は主役が選定のこと・・・・・・・。」
「ふざけるにも程があるだろう!?記念式典は学園祭じゃないんだぞ?」
「え?大佐、眠り姫やるの?」
怒りも露なロイとは対照的に、エドワードがパッと顔を輝かす。
「こんな嫌がらせを考えたのは、どこのどつだ!?大方、私の出世の面白くない
ハクロ将軍あたりかッ!?こうなったら私自ら出向いて・・・・・・・。」
「まあまあ、大佐。ちょっと落ち着いてくださいよ。」
「離せッ!ハボック少尉!!」
今にも発火布の手袋をはめて飛び出していきそうなロイを、ハボックが後ろから
羽交い絞めにして引き止める。
「既に通達にまでなってしまってるイベントを、いまさらハクロのおっさん燃やした
ぐらいで取り消しになんて、出来ませんって。」
「しかしッ!!」
「そのとおりです、大佐。ハクロ将軍なんて小物なんか相手にしてたって、
時間の無駄ですわ。」
サラリとホークアイの口から出たきつい一言に、揉めていたロイとハボックの動きが
一瞬静止する。
「やっぱり、ホークアイ中尉が最強かも・・・・・・。」
つつっーと、冷や汗をだしながら、エドワードが呟く。
「そ・・・・そうだ。そもそも大切な記念式典の日に、こんなふざけたイベントをやるなんて
とても大総統閣下がお許しになるとは・・・・ッ!」
気を取り直したロイが、一縷の望みをかけてそう言ったとき。
りりりりりりりんと、図ったようなタイミングで電話が鳴る。
「はい。」
一番電話の近くにいた、ホークアイがためらうことなく電話を取る。
「大佐、ブラッドレイ大総統より、お電話だそうです。」
交換手より用件を聞いたホークアイが、振り返ってロイに受話器を渡す。
「なに!?大総統閣下からッ!?」
慌てて、ロイが電話に出てみれば。
『はっはっはっ。聞いたよ、マスタング大佐。』
笑いながらも、威厳ある声が聞こえてくる。
「はっ。申し訳ありません。大切な式典の日に、演劇を行う等と埒もない
話を・・・・・・・。」
『何を言うんだ?面白そうじゃないか。』
「・・・・・・・・・・は?」
当然イベントを中止せよ、という用件だと思っていたロイは、ブラッドレイの言葉に
思わず間の抜けた声を上げてしまう。
『さすが東方司令部の面々は、優秀な頭脳がそろうだけあって面白いことを
考える。良い。存分に頑張ってくれたまえ。』
電話の向こうで上機嫌に笑う大総統の言葉に、ロイはがっくりと肩を落とす。
忘れていた。
大総統も、十分ユーモアのセンスを持ち合わせた人物だということを。
当日は私も見に行くから、期待しているよ。と、お気楽な言葉を残して、
ロイが口を挟む間もなく、ブラットレイからの唐突な電話は切れてしまう。
「決まった見たいッスね・・・・・。」
受話器を握りつめたまま呆然と立つロイの姿を、気の毒そうに見つめて、ハボックがホークアイに言う。
「見たいね。」
やれやれといわんばかりに、ホークアイも頷く。
ホークアイとしては、ただでさえ仕事が溜まりがちなロイに、これ以上余分な仕事を
増やさないで欲しいといったところなのだろうが、大総統の許可まで下りた企画に、
反対するつもりはないらしい
「ところで、大佐。王子の役はどうするんすか?」
「あ、それなら俺やりたいッ!!」
ハボックの問いに、いまだ遠くを見つめたままのロイではなく、エドワードが
右手を上げて、ぴょこんと跳ねる。
「はあッ!?豆に大佐の相手役が務まるわけないだろ?ここは、大佐との背の
釣り合いもバッチリの俺がやる!!」」
「豆って言うなッ!!つか、それこそ、はぁ!?だぜッ!!大佐は俺の
恋人なの!恋人でもない、ただ大佐の部下っつーだけで、何でハボック少尉が
王子になるんだよッ!!」
「なっ!ただの部下だと?俺がどれ程大佐の為に、今まで尽くしてきたと思ってんだ!!
それを横からかっさらっといて、よくもぬけぬけとッ!!せめて、こんな時ぐらい譲ったって
罰は当たらないだろ!?減るもんじゃなしッ!!」
「いーや。減るね!!大事な恋人を、下心みえみえの男なんかに任せられるかよッ!!」
「つったって、お前姫より背の低い王子だなんて、眠り姫をギャグにするつもりか!?」
当の本人を抜きにして、エドワードとハボックの言い争いはどんどんヒートアップしていく。
「というより・・・・・私が姫ということに、疑問はないのか、君たちは・・・・。」
「「ないッ(ッス)!!」」
漸く現実に戻ってきたらしいロイの呟きに、こんな時ばかり仲良く振り向いたエドワードと
ハボックが同時に断言する。
がくうッと、再び肩を落として、本日何度目になるか分らないため息をロイがの口から零れる。
「あああ〜何もかもが間違ってる・・・・・・。」
泣きたい気持ちでロイが頭を抱える。
と、その時。
「よ〜ロイッ!!今度は女装すんだってな〜。」
バーンというけたたましい音と共に、執務室の扉が開かれ、よく見知った人物が登場する。
「あら、ヒューズ中佐いらしてたんですか?」
騒がしい登場にはもう慣れきっているのか、ホークアイは眉一つ動かすことなく、
ヒューズを向かいいれる。
「よ、中尉。相変わらずの美人さんだねぇ〜。」
そんなホークアイを見ながら、ヒューズはニコニコと笑う。
まぁ、うちの奥さんも中尉に負けないぐらいの、美人だけどな、と付け足すあたりは、
さすが愛妻家と名高いヒューズ中佐といったところか。
「ところで・・・・・アレは一体何してるんだ?」
言いながら、ヒューズが振り返った先には、顔を付き合わせたままにらみ合ってる
エドワードとハボックの姿がある。
「ああ・・・・・あれですか。」
ため息をつきながらも、ホークアイは律儀に質問に答える。
「ある程度の予想はされてらっしゃるかと思いますが、今度の式典の
イベントで誰が王子をやるかで揉めているところです。」
「くっくっく。しょ〜がねぇなぁ。若いモンは血気盛んで。」
とは言うものの、あくまでヒューズの顔は楽しそうだ。
「よし、ここは一つ俺がビシッと言ってやろう。」
何か妙案があるのか、ヒューズはまかしとけと言わんばかりに、自分の胸を
叩くと、エドワードとハボックの元へと歩いていく。
「まあまあ、お二人さん。ちょっと落ち着けよ。」
ぽんと二人の肩を叩きながら、ヒューズが二人の間に割って入れば。
「ヒューズ中佐!邪魔しないで下さい!」
「んだよ!いま大事な話の最中だ!」
途端に鬼気迫る二人が、ヒューズを睨む。
「おいおい。そんな怖い顔するなよ。安心しろ、お兄さんにいい案があるから。」
誰がお兄さんか誰が。
お兄さんを強調して言うヒューズに、二人の間に割ってはいることも出来ず、ただ
見ていることしか出来なかったロイが、心の中で密かに突っ込む。
「「いい案?」」
しかし頭に血が上ってる二人は気にもならないのか、妙に自信満々なヒューズの様子に、
多少気勢をそがれて聞き返す。
「おうよ。王子の役はこの大人の魅力あふれる俺がやる。これでエドとハボック少尉も
争うことはなくなる。どおだ?万事解決だろ?」
「どこが解決かーーーーーーッ!!?」
ビシッ!と言い切ったヒューズに、今度こそ声に出してロイが突っ込む。
突飛なヒューズの案に、あっけに取られていたエドワードとハボックも、
ロイの言葉に我にかえる。
「そうだぜ、ヒューズ中佐。妻子持ちがなに図々しいこと、ぬかしてんだよ。」
「自分も、ひげ面の王子はどうかと思うッス!!」
「あ、テメッ!!自分たちがちょっと若いからって!!俺はロイの親友だぞ!」
「親友だからって、恋人役やるのと、何の関係があんだよッ!!」
「そうッスよ!年寄りは黙っててください。やっぱり、ここは年も身長も、
一番大佐と釣り合う俺が・・・・・。」
「誰が年寄りだッ!少尉ごときが大佐と同等の役をやろうだなんて、それこそ図々しいぞ!
やっぱり最低でも中佐の位置についている俺ぐらいが、相応しいってもんだ。」
「はん!錬金術師の資格も持たない、普通の人間二人が何言ってんだよ!
やっぱり国家錬金術師の相手には、国家錬金術師が一番相応しいんだよ!!」
「あのなぁ!いい加減に・・・・・。」
騒ぎを収めるどころか、かえって騒ぎを広げたヒューズに、いい加減我慢の限界に
達したロイが怒鳴ろうとするのを遮って。
不意にロイの横で、カチリと静かに安全装置の外される音がする。
え?っと思ったロイがとめる暇もあらばこそ。
ガウン、ガウン、ガウンと、容赦なくホークアイの銃が火を吹く。
銃弾はエドワードの頬、ハボックの脇、ヒューズの目の前を突き抜けて、
壁へと突き刺さる。
「ホ・・・・・・ホークアイ中尉・・・・・・・」
完全に沈黙した三人が、きぎぃと固まったまま首だけをホークアイに向ける。
「皆さん、分っているとは思いますが、余り時間がないんです。いつまでそんなことで
揉めてるつもりですか?」
にっこりと笑ってはいるけれど、その瞳は全然笑ってなくて。
情けなくも、男4人の背を冷たい汗が流れていく。
「あ・・・・・・あの、ホークアイ中尉余り時間がないというのは・・・・・。」
どうにか、勇気を振り絞ったロイが、恐る恐る問いかける。
「任務といわれたからには、完璧に成し遂げるのが私の主義です。早く
練習に入らなければ、本番に間に合わなくなってしまうでしょう?」
「任務ったって・・・・・。」
一体なにがそこまで中尉を動かすのやら・・・・そう思いながら、エドワードが呟くが。
「何か?」
微笑んだまま再びカチャリと銃の安全装置を外されて、慌てたように
エドワードが大きく首を振る。
「いいえッ!!何でもありませんッ!!」
怯えたように後ずさるエドワードに代わって、今度はハボックが
ビクビクしながら口を開く。
「あ・・・・・あの〜中尉・・・・・時間がないのは分ったんスけど、結局
王子の役は誰が・・・・・・。」
ハボックの問いに、しばしホークアイは考え込んで。
「そうですね・・・・・・・。私に、いい案がありますわ。」
そう言ってホークアイは、再びにっこりと微笑んだ。



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「あ〜あ。俺が王子の役やりたかったなぁ〜。」
舞台を見つめながら、大きなため息と共にエドワードが呟く。
「元はと言えば、お前が素直に譲らないから、こういうことになるんだぞ。」
そのエドワードの隣で、ハボックがブツブツと呟く。
「んだと!?そもそもなんも関係ない少尉が、首を突っ込むからややこしい
ことになったんだろうがッ!!」
上演中につき大きな声は出せないが、エドワードもコソコソと負けじと言い返す。
「ああ〜。ロイ〜綺麗だぞ〜〜〜〜。さすが俺の親友だ〜。」
更にハボックの隣では、滝の涙を流しながら舞台を見つめるヒューズがいたりする。
「んも〜、兄さんたちうるさいよ。せっかくの舞台なんだから、静かに見ていてよ。」
エドワードの隣で、アルフォンスが呆れたように、大人気ない3人を注意する。
「おお、スマン。」
しっかりものの弟の注意に、騒がしい自覚はあるのか、エドワードは素直に詫びる。
「でも、兄さんの悔しい気持ちも分らないでもないけどね。大佐ホントに綺麗だもんね〜。」
そういってアルフォンスの向けた視線の先には、純白のドレスに身を包み演技をこなす
ロイの姿がある。
もともと、整った顔立ちだと思っていたけど。
ここまで化粧栄えするとは、思っていなかった。
うっすらと化粧を施したロイの顔は、いつもの不敵な表情はすっかりなりを潜めていて、
何処から見ても可憐な女性そのもので。
超満員のホールは水を打ったように静まり返っていて、誰もがロイに見とれているのが
分るだけに、エドワードはとてつもなく面白くなかったりする。
「くそ〜今頃、ハクロのおっさんも、鼻の下のばして大佐のこと見てるんだろうな〜。」
視線はロイを追ったまま、ハボックが悔しげに呟く。
こうなってくると、ハクロ将軍も嫌がらせがしたかったのではなく、単にロイの女装した姿を
見たかっただけなのでは?という疑問さえエドワードの中には浮上してくる。
だとすれば、それだけロイに執着を示しているというわけで。
エドワードは本日、ブラックリストにハクロ将軍の名前はしっかりと刻みこむことにする。
男たちの熱い視線を受けるなか物語は進み、やがて眠りについた姫を救うため
一人の王子が登場する。
「この茨の中に、私の運命の人が眠っている・・・・・」
朗々とした声で告げながら、王子の衣装に身を包み現れたのはホークアイ中尉。
「おおッ!?」と、意外なキャスティングに場内が微かにどよめく。
髪をりりしく結い上げ、きりっと立つホークアイは中々の美男子っぷり。
ああ、本当はあそこに立つのは、俺だったはずなのに。
心の中で呟いて、がっくりとエドワードとハボックとヒューズは肩を落とす。
羨望の眼差しで見つめられる中、物語はクライマックスを向かえ、ついに
オーロラ姫への元へと王子はたどり着く。
眠り続ける姫の手をじっと見つめ、そっと手を取り囁く。
「おお、我が運命の人よ、どうか、私のこの口付けで目を覚ましてください。」
そっと、二人の唇が重なり(ホークアイ曰く、口付けた様に見せてるだけで、実際には
触れていません)離れると、ゆっくりと眠り続けていた姫の目が開く。
恥らいつつも、うっとりと微笑むロイの微笑に誰もが魅了される。
「うわー!!兄さん凄いね!本当に大佐ってこんなに綺麗な人だったんだ!!」
珍しく興奮気味に騒ぐアルフォンスに、ガクガクと肩を揺さぶられながら。
(くっそーーーーッ!!!来年は、絶対俺がッ!!)
エドワードは固く心に誓いを立てる。
そんなエドワードの決心をよそに、大団円を向かえた舞台は、拍手喝采のまま幕を閉じたのであった。







-----後日-------。
女装したロイの写真が、裏で物凄く高価な値段で取引されたのは言うまでもない。





END


すみません。ちょっと調子に乗りすぎました(笑)
企画だし、少しぐらい皆様の人格崩しても大丈夫かな〜と思ったのが間違いの元。
ほとんどの方が、人格崩壊してるよ(^^;
そして、アイロイでエドロイで、ハボロイでヒューロイでもあるという・・・・。
大佐総受け・・・・。
だって、大佐可愛いんだも〜ん。
なんだが、凄くギャグに走ってしまいましたが、当サイトの30000hit記念企画、
少しでも楽しんでいただけたなら良いのですが。
ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございました。