エドワードから贈られた大量の薔薇の花を、ロイは家中の花瓶を総動員して飾っていく。
そこかしこに飾られた薔薇の花から、甘い香りが漂いロイの鼻腔ををくすぐる。
「ふむ・・・。これでよし・・・・・・っと。」
最後の花を花瓶に生け終えて、ロイは満足げに微笑む。
「終わったのか?」
ロイの後ろ、リビングのソファーに腰掛け、いささか手持ち無沙汰で、花を生けるロイの姿を見ていたエドワードが問いかける。
本当は先ほどから、今すぐ抱きたい衝動に駆られていたのに。
ロイに花を飾ってからと言い渡されてしまったため、今まで待ち続ける羽目になっていたのだ。
約束を守らないでロイを怒らせたときの恐ろしさは、身にしみて分かっているから、エドワードは大人しく待つしかない。
以前もう限界だと言っていたロイを、無理矢理もう一度抱いてしまった時。
一週間に渡って口も聞いて貰えないどころか、目もあわせてもらえなかった報復は、思い出すだけで涙が出そうになる。
好きな人に相手にされないと言うことが、ここまで辛いなんて初めて知ったけど、もう二度と経験したくないとも思い知らされた。
しかも、自分達が不仲になったと感づいた途端、ロイにちょっかいを仕掛けてくる輩は沢山いて。
大親友の位置にいる人や、いざという時とても頼りになる部下なんて、なまじロイが大切にしている存在だけにエドワードにとっては、脅威でしかなかったことを苦々しく思い出す。
「ああ。鋼ののおかげで、この部屋も随分明るい雰囲気になった。」
多分そう待たせた自覚もないであろうロイは、エドワードの心の葛藤なんて知る由もない。
問いかけに、にこやかに答える。
「それじゃあ・・・。」
エドワードはゆっくりとソファーから立ち上がると、ロイの元へと歩いていく。
「鋼の?」
不意に手を取られて、ロイは不思議そうにエドワードを見つめる。
「約束どうりあんたを抱いていい?」
手の甲にイタズラっぽく口付けて、エドワードが問う。
「鋼の・・・・・・。」
エドワードなストレートな言葉に、戸惑ったようにロイはエドワードを見つめる。
かぁっと赤くなる頬は、とても恋多き男だと噂されさる人物には見えない。
「今更止めたってのはナシだぜ?」
言外にもう待つのも限界だと訴えれば、ロイはフイッと目線をそらせて小さく呟く。
「別に・・・・・・。今更逃げようなんて思ってない。」
「大佐・・・・・。」
エドワードは右手を伸ばして、そっとロイの頬へ触れた。
左手は先ほど口付けたロイの右手に絡ませると、視線を逸らしていたロイが、再びエドワードへと視線をもどす。
漆黒の瞳にエドワードが映る。
まるでその人の生き様を表すように、何者にも染まらない黒が、じっとエドワードを見つめる。
「好き・・・だよ。」
その瞳に、エドワードは囁くように告げる。
言葉じゃ言い尽くせないほどの気持ちが、少しでも伝わればいいと願いを込めて。
ロイは何も答えない代わりに、そっとエドワードの唇に自分の唇を重ねた。
突然の口付けにエドワードは少しだけ驚いたように目を見開くが、先ほどのような動揺はみせない。
ロイの後頭部に手を差し入れて、ロイを引き寄せると、より口付けを深いものへと変えていく。
「ん・・・・・。」
徐々に深くなっていく口付けに、ロイの喉が甘くなる。
誘われるように薄く開かれたロイの唇から、口腔内に舌を忍び込ませ、エドワードはおずおずと差し出されたロイの舌を絡め取る。
ザラリとした舌の感触に、どうしようもなくエドワードの熱は煽られていく。
「ふ・・・・・あふ・・・・。」
至近距離で聞こえるロイの声も、間違いなく快感を帯びている。
絡ませた指先に、どちらともなく力がこもる。
それはまるで、お互いに離したくないという意思表示のようで。
「あ・・・・・・は・・・・・。」
長い口付けを終えると、どちらのものともつかない甘いため息が漏れる。
「ね?抱いていい?」
吐息さえも触れる至近距離で、もう一度エドワードはロイの意思を確認する。
確かに抱きたいとは思うけれど。それはロイが許してくれなければ、エドワードには意味がない。
報復がどうとかそういうことではなくて、ロイが自らの意思によってエドワードを受け入れてくれなければ。
「・・・・・・いやだ。」
「・・・・・・・大佐。」
逡巡した後キッパリと告げられた言葉に、エドワードは困ったように微笑む。
そんなエドワードを抱きしめて、ロイは耳元で囁く。
「・・・・・ここではね。」
「大佐?」
「せめて寝室に連れて行ってくれたまえ。」
恥ずかしそうに、でも精一杯の虚勢で、いつもどおりの尊大な態度を取ろうとする、恋人の姿にエドワードはクスリと笑って。
「了解。大佐。」
頬に軽い口付けとともに、了解の意を表した。
エドワードはロイの手を引いて寝室へと向かう。
ロイもエドワードに手を引かれるまま、黙って後に従っていた。
カチャ・・・と微かな音を立ててエドワードが寝室の扉を開けると、やはり寝室からも薔薇の芳香が漂う。
月明かりが唯一の光の中、ロイの手を引いたエドワードは、ロイをそっとベット上へと座らせる。
ロイが座ったことによって、スプリングのきいたベットがキシっと小さく音を立てた。
白銀の光の下、月明かりに照らされたロイは、恋人の欲目などではなく文句なく美しい。
白い肌はよりいっそう白く輝き、エドワードを誘う。
エドワードは誘われるまま、ロイの首筋に唇を落とす。
「・・・・ッ!鋼の、そこに痕はつけるなよ!」
「・・・・・・・分かってるって。」
首筋に走った小さな痛みに、キスマークをつけられることを懸念してロイがエドワードに先手必勝で静止をかける。
名残惜しげに首筋から唇を離しながら、エドワードがしぶしぶと頷く。
まぁ、もう少し快楽で意識がとけたら絶対に痕を刻んでやろうと、心の中で悪巧みをしつつエドワードはゆっくりとロイをベットに押し倒す。
パサッっと微かな音を立てて、ロイの瞳と同じ色の漆黒の髪が、真っ白いシーツに散らばる。
「今日は幻じゃないんだよな。」
愛しげにロイの頬を撫でながら、エドワードが独り言のように呟く。
「君は時々面白い事を言うな。」
突拍子もない事を言い出すエドワードに、ロイがクスクスと笑い出す。
「・・・・・・悪かったな。それだけあんたにあいたかったって事だよ!」
不貞腐れたように言うエドワードに、クスクスと笑っていたロイの笑い声が止まる。
「そうか。鋼のは幻を見るほど、私に夢中なのか。」
「そう。ずっと、ずっとあんたに会いたかったんだよ。」
あまりにエドワードが真剣に見つめてくるから、茶化すつもりで言った言葉をあっさりと肯定されて、ロイは今度こそどう反応を返していいか分からなくなる。
「本当はホワイトデーなんて、どうでも良かったんだ。ただ、あんたに会いたくて・・・・。」
エドワードは言いながら、ゆっくりとロイのシャツのボタンを外していく。
徐々にあらわになる肌は、男の肌とは思えないほど白く、そしてきめが細かい。
軍人としての彼が、傷一つ負わずにいままでいれたことは、もはや奇跡に近いのではないかと、エドワードはロイの肌を目にするたびに思う。
「こうして触れたかった。」
ぎゅっと、まるで縋りつくようにエドワードはロイの身体を抱きしめる。
「鋼の・・・・。」
ロイは困ったように、エドワードの頭に手を置いた。
エドワードの言葉は真っ直ぐすぎて、直接ロイの心を揺さぶる。
その思いは普段は隠しているはずの、ロイのエドワードに対する思いを簡単に引きずり出していく。
困惑したように、エドワードの頭に手を置いていたロイは、小さく苦笑した。
今回は完全にやられた。
不意打ちの訪問も、突然の告白も何もかもが、ロイの心深くに浸透してしまった。
この真摯な想いをくれる相手に、自分も何か返せたらと不意にロイは思う。
「大佐?」
縋りつくエドワードを押しのけて、ロイはベットから起き上がった。
不思議そうに自分を見つめる相手に、ロイは小さく笑ってみせた。
「鋼の。逢いたいと思っていのは、君だけじゃないんだぞ?」
「え?」
「幻なんかより、私の方がよっぽどいいってことを、教えてあげるよ。」
言いながら、ロイはエドワードの唇に軽く触れると、その右手をエドワードの中心へと持っていく。
「たまには、私がシテあげよう・・・・。」
「して・・・・って何を・・・って、ちょっと、大佐ッ!?」
慌てるエドワードをよそに、ロイはとっととエドワードのベルトを外す。
カチャリと、微かな音を立ててベルトが外される頃には、エドワードは何をされるか想像がついて焦りだす。
「ちょっと待ってッ!!大佐!!あんたはそんなことしなくていいからッ!!」
「何を言う。いつも君が私にしていることだろう?」
「いやしてるけど・・・・してるけど、あんたはそんなことしなくていいんだよッ!!」
こともあろうに、ロイはエドワード自身を口で愛撫してやるといっているのだ。
エドワードがロイの為にしていることは多くても、エドワードがロイにその行為を強要したことは今までにない。
エドワードとて、して欲しくないわけではないのだが、なんだかロイの口が穢れそうな気がして、今までしてもらおうとは思えなかったのだ。
「初めてだからな。あんまり上手くなくても文句は言うなよ。」
「いや・・・・だから無理にしてくれなくって・・・・・。」
エドワードの言葉は聞こえない振りで、ロイは既に熱を持ち始めているエドワード自身に唇を寄せた。
(う・・・・・わッ・・・・)
暖かいロイの口腔に向かえ入れられて、容赦のない快感がエドワードの背を駆け抜けていく。
腰を高く上げて、エドワードに奉仕するロイの姿は、どうしようもなく淫らだ。
ロイの愛撫は決して巧みとはいえなかったけれども。
相手がロイだということだけで、エドワードに途方もない快感をもたらしていた。
「ふぅ・・・・・ん、んん・・・・・。」
苦しげな声を上げながらも、エドワードの熱を高めようと懸命になっているロイの頭をエドワードはそっと撫でててやる。
「スゲェー気持ちいいよ・・・。大佐ッ・・・!」
情欲に掠れたエドワードの声を聞きながら、ロイは満足げに目を細める。
口の中に広がる苦味は決して気持ちのいいものではなかったけれど、エドワードの快楽に乱れた表情というのは悪くない。
いつもは、あっという間に快楽の波にさらわれて、エドワードの表情なんて見ている余裕はなかったから。
「でも・・・・悪ィ。もう限界だから離してくんない?」
簡単に限界まで高められて、それを告白するのは抵抗があった。
しかしだからといってこのまま、ロイに口の中に放ってしまうのは、もっと抵抗があったから、エドワードは諦めて己の限界を告げた。
「ん、ん、んんー。」
しかしロイはフルフルと小さく首を振って、エドワードの望みを却下する。
「ちょッ!!何してんだよ大佐ッ!!これ以上無理しなくていいって!!」
本当に、ここまでしてくれただけで、エドワードとしては十分なのだ。
ロイを引き剥がそうとエドワードが腰を引けば、ロイは更に顔を寄せてくる。
エドワードの下肢に顔を埋めたロイの、苦しそうな表情が、赤く染まった目元が、自身に絡みつく細くて白い指先が、耳に届く淫猥な音すべてが、視覚聴覚からエドワードをどんどん限界へと導いていく。
「大佐ッ!もう・・・・出ッ・・・・・・ツッ!!」
ロイが一際強く吸い上げた瞬間。
ついに耐え切れずエドワードは、ロイの口内で昇りつめてしまう。
「ふぐッ!!んん・・・んぅ・・・・・・。」
口内に叩きつけられたエドワードの欲望に、一瞬ロイは形のいい眉を顰めるが、コクリと小さく喉をならしてそのすべてを飲み込んでいく。
「ケホッ」
小さくむせつつすべてを飲み込んだロイが顔を、あげるとそこには、なんとも複雑な顔をしたエドワードがいる。
「何も飲んでくれなくても良かったのに・・・・。」
「どうだ?幻なんかより、よっぽど私の方がよかっただろう?」
ロイの言葉に、エドワードは少しだけ驚いたような表情を見せる。
急にこんなことをするなんて、一体どういう風の吹き回しかと思ったけれど。
もしかして、妬いていたのだろうか?
エドワードの作り上げた、虚像のロイに。
「大佐・・・・・それ反則。」
あまりの可愛らしい思考回路に、エドワードは眩暈さえ感じてくる。
例えエドワードの中のロイがどんな姿をしていようと、本物のロイに敵うわけなどないのに。
「・・・・・・・なにがだね?」
全く分かっていない恋人の額に、エドワードは、優しく口付けを落とす。
「ありがと、大佐。さっきのはすご〜〜〜く、気持ちよかったぜ。」
ニカッと明るい微笑を見せて、エドワードは再びロイをベットの上へと押し倒す。
「お礼に、俺も大佐のこと目一杯気持ちよくしてやるからな。」
「ちょ・・・・ちょっと待て、鋼の。一体私の何が反則なんだね?」
エドワードに組み敷かれても、ロイの気になるところは別にあるらしい。
「ん〜俺は誰よりも大佐が好きってこと。」
「なんだ・・・・それは!意味が分から・・・・・・んんッ!」
おしゃべりな唇は自分の唇で塞いで、エドワードはロイの言葉を封じ込める。
「当分は忘れられない夜にしてやるぜ。」
じっと見下ろす瞳は、とても一回り以上も年下の少年と思えない。
そこにあるのは、ロイを求める男の情欲に濡れた瞳だ。
「お手柔らかに頼むよ。鋼の。」
これから訪れるであろう熱を思って、少しだけ身体を震わせながらロイはエドワードの首筋にそっと両腕を回した。
「ん・・・・・・。」
自分の掠れた声に、ロイは閉じていたまぶたをそっと開ける。
身体をゆっくりと起こせば腰に響く鈍痛に、眉を眇めながら横を見ると、そこには満足そうに眠るエドワードの姿がある。
「全く・・・・本当に好き勝手にしてくれたな・・・・。」
宣言どおりエドワードは、これでもかと言うほど丁寧にロイを抱いた。
それこそ、限界に達したロイが早く挿れてくれと懇願するほど、丁寧に。
自分の乱れた姿を思い出して、ロイはかあぁぁと一人赤くなる。
全く無茶はしてくれるし、世界中を旅している為に中々姿は見せないし、どうしてこんな彼が好きなのかといつも疑問に思うけれど。
自分に向かって真っ直ぐ伸ばされる手を、振り解こうと思ったことは一度もない。
「んーーーーー。」
ぼんやりとロイがエドワードを見つめていると、不意にエドワードが身じろいだ。
起したかと思いながらロイが見つめる先で、エドワードはもぞもぞと何かを探し始める。
(・・・・・・・・寝ぼけているのか?)
決して目を開けることはなく、ただ右手を彷徨わせるエドワードをロイはじっと見ていた。
しかしよく見ると、エドワードの口がパクパクと動いているにロイは気がつく。
気になってロイが耳をエドワードの傍に近づけると。
「・・・・・・・・・ロイ」
それは微かな呟きだったが、確かにエドワードはロイの名を呼んでいた。
予想外の呟きに「え?」と思っているうちに、不意に伸びたエドワードの手がロイの腕を掴む。
「うわっ・・・・!ちょ・・・・・ッ!?」
そのままグイっと引っ張られて、ロイはドサッとエドワードの上に倒れこむ。
「ん〜俺から離れんなよ・・・・・。」
エドワードはそういって、自分の身体の上に倒れてきたロイをぎゅっと抱きしめる。
「ちょっ・・・鋼の。離したまえ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ぎゅっと抱きしめられてロイは慌てるが、エドワードからかえってくるのは静かな寝息ばかりだ。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
抱きしめられた窮屈な体勢のまま、ロイは呆れたようにエドワードを見る。
どうやらエドワードが夢うつつで探していたものは、ロイらしい。
全く。寝てる間も離そうとしないなんて、なんて独占欲なのか。
「本当に、君には恐れ入るよ・・・・・・。」
ロイはクスクス笑いながら呟く。
だけどその独占欲が、今は心地よいから。
だからもう少しだけこの穏やかな時間に、身を任せてもいいかと思う。
「今度帰ってきたときは、こんなに甘やかさないからな。」
そう心に決めて。
ロイはエドワードに抱きしめられたまま、その身体に身をあずける。
程なく訪れる眠りは、久しぶりに穏やかなものだった。
END
