「ふぇ〜〜〜。漸く到着・・・・っと」
長時間の汽車の旅から漸く解放され、ホームへと降り立ったエドワードはのびのび身体を伸ばして、
すっかり固くなってしまった身体をほぐし始める。
「今日は特に長旅だったもんね。さすがの兄さんでも疲れたでしょ」
そんな兄の様子を見ながら、アルフォンスはクスクスと笑いを零す。
「なんだよ。その「俺でも」って言い方は・・・・」
穏やかな言葉の中で、随分な言われ方をしたような気がして、エドワードはじとっと
恨めしげに弟を見上げた。
「別に?なにか兄さんの方で思い当たる節があるから、引っ掛かりを覚えるんじゃないの?」
しかし、長年エドワードの弟を勤めてきたアルフォンスは一枚上手のようで、さらりと流されて
エドワードはガクリと肩を落とす。
「なんだか・・・・・・。アル・・・・・・最近かわすのが上手くなったなぁ・・・・・・」
「何言ってるの。マスタング大佐程じゃないよ」
不意に弟の口から出たロイの名に、エドワードの鼓動はドキリと心拍数をあげる。
そんな兄の様子を見ながら、アルフォンスは兄の動揺には気がつかない振りで、言葉を続ける。
「ほんとーに。兄さんと、大佐のやり取りって聞いていて飽きないよねー。ケンカするほど仲が良いって言うけど、
兄さんと大佐もまさにそうだよね。」
「な・・・な・・・な、なな、何を言ってるんだよ!アルッ!!俺は別にあんな嫌味な奴なんかと、
仲良くなんてしてないぞ!!」
あからさまに動揺しているくせに、きっぱりと否定しているエドワードの姿に、アルフォンスは
呆れたようにため息を落とす。
・・・・・・・・・・・・もしかして、兄さん達本当に、僕たちが気がついてないと思ってるのかなぁ・・・・。
あれだけ目と目で会話しておいて、気がつかれていないと思っているほうが、どうかしていると思うんだけど。
分かり易いリアクションを取っていて、気がつかれないと思っていたらある意味凄い。
エドワードが聞いたら卒倒しそうなことを考えながら、アルフォンスはまじまじと兄を見つめる。
「な・・・・なんだよ、アル」
じっと見つめられて、エドワードは僅かに身を引く。
自ら腹芸は得意と自負するエドワードも、長年共にいる弟の前では形無しだ。
どんなに上手く感情を隠したつもりでも、聡い弟に簡単に見抜かれてしまうのは、今までの経験上
嫌というほど分かっている。
挙動不審な兄を見つめ、まあ、兄さんと大佐ならそれもありかもねと、アルフォンスは頷いた。
錬金術には天才的な頭脳を持つエドワードとロイだが、変なところで抜けているのだこの二人は。
「べっつにー、兄さんがそういうなら、それでもいいけど。」
これ以上言っても、兄は認めないだろうとアルフォンスは肩をすくめた。
「いや、アル!俺は本当にだなぁ・・・あんな、無能な奴と仲良くしてなんていないんだぞ!!
誤解するなよ!!」
「はいはい。もう分かったら、いつまでもホームに立っててもしょうがないんだから、そろそろ行こうよ。
今夜の宿も探さなきゃいけないし」
兄の必死の弁解に、適当に相槌を打ちながら、アルフォンスは改札に向かってガシャガシャと音を立てながら、
さっさと歩いていってしまう。
「こら、お前から振って来たくせに、なんだその適当な相槌は!!」
背後に兄の怒鳴り声を聞きながら、アルフォンスがその歩みを止めることはない。
「もー、本当に素直じゃないよね、兄さんは」
小さなアルフォンスの呟きは、幸いにもエドワードの耳に届くことはなかった。
「ったく・・・・なんだよ、アルの奴・・・・・。」
いいように弟にあしらわれて、不貞腐れたようにエドワードは鼻息を荒くする。
「でも・・・・・・。大佐今頃どうしているかな・・・・・・」
名前が出たことによって、否応無しに思い出させられてしまった、遠くに地にいる恋人に
エドワードは思いを馳せる。
また書類溜め込んで、中尉に怒られてなきゃいいけどな。
美貌の副官に睨まれ、青くなりながら書類の決済をするロイの姿を思い出して、エドワードはクスリと笑う。
本当はあんな書類溜め込むまでもなく、処理するだけの能力は十二分に持ち合わせているくせに。
ロイはいつも書類を溜め込んでは、ホークアイに叱られると言うことを繰り返している。
それは敢えて欠点があるように見せて、上層部の奴らを安心させているだけなのだと、もうエドワードは気がついている。
多分、ホークアイもそれを知っていて、ロイに乗せられているのだ。
「ほんっと・・・なんの為にそこまでして、大総統の地位を狙ってんだか知らないけど、無茶なこと
してなきゃいいけど・・・」
冷たいように見えて、その実、誰よりも優し人だから。
自分が大切にしている者たちが傷つかないよう、自ら盾になってしまうような人だから。
だから惹かれたともいえるのだけれど。
やはり自分の見ていないところで、無茶をしていやしないかというエドワードの心配は尽きない。
ロイが聞いたとしたら、その言葉そっくりそのまま君に返すよと苦笑するだろうが。
「兄さーん!本当においていくよー」
考え事にふけっていたエドワードは、アルフォンスの声にハッと我に返る。
気がつけばエドワードより大分大きい弟の姿が、随分と小さくなってしまっている。
「おー悪ィ!今行くー!!」
慌てて傍に置いてあったトランクを引っつかんで、エドワードは弟の元へと駆けていく。
「もー、兄さん、遅いよ!!」
追いついた途端冗談交じりに文句を言う弟に、軽く片手を挙げて謝罪したエドワードは弟より先に改札を抜ける。
「うわ・・・・・・・・・」
改札を出た途端、エドワードは感嘆の声をあげていた。
「どうしたの?兄さん?」
立ち止まってしまったエドワードを見ながら、首をかしげたアルフォンスも、エドワードの見つめる町並みに
視線を向けて納得する。
「凄いや・・・・・・・・・」
同じように感嘆の声を上げる。
この町に来るのははじめてのことではないが、いつも改札を出たときに見える町並みと、
今二人の目に映る町並みは全く違っていた。
そこかしこに飾られた、オーナメント。
暗くなり始めた町並みを彩る、色とりどりの明かり。
家々に置かれた、冬でも豊かな緑をたたえる常緑樹。
それは永遠の命のシンボルともされるモミの木たちで、こちらも各々思い思いの飾り付けがされている。
「そっか、そういえば今日はクリスマス・イブなんだ・・・・・・・」
「ああ・・・・」
独り言のようなアルフォンスの呟きに、エドワードは小さく頷く。
いつも前を見て進むことばかりに夢中で、季節の移り変わりにはどうしても疎くなってしまう自分たち。
気がつかないうちに、世の中は年末最後の大イベントの時期に突入していたらしい。
なんとなく町全体が、このイベントに浮かれているように見えて、二人は気後れしてしまう。
「あ、そうだ兄さん」
町を見つめたまま、アルフォンスが思い出しように手を打った。
「クリスマスと言えば、ボク行ってみたい場所があるんだけど」
「行ってみたい場所?」
鎧ゆえにその表情は分からないが、アルフォンスからわくわくと言った気配を感じ取って
エドワードは首を傾げる。
「うん。この先にあるホテルなんだけど、そこに飾られているクリスマスツリーって、すっごく綺麗なんだって。
機会があったら見てみるといいって、言われてたんだ」
普段は我が侭を言わないアルフォンスの小さな我が侭に、エドワードが反対するするわけなどない。
「そりゃ別に構わないけど・・・・・。なんだったら、今日の宿はそこにするか?」
「え?いいの?」
エドワードの思わぬ提案に、アルフォンスは驚いたようにエドワードを見つめる。
「ああ、アルが泊まりたいって言うなら、俺は別にどこだって構わないからな。
たまには宿を変えて見るのも、面白いしな」
「・・・・・・でも、そのホテルいつも泊まってる宿より高いんだけど・・・・・・」
「何の心配をしてるんだよ・・・・アル・・・・」
どうも気を使う箇所が微妙にズレているアルフォンスに、エドワードは苦笑する。
エドワードは見た目からは想像しがたいが、国家資格を持つ錬金術師だ。
研究費と称して、その資金はたっぷりと支給されているから、たまに贅沢するぐらいはなんら問題はない。
「せっかくのクリスマスだからな!ちょっとぐらい贅沢したって、別に罰は当たらないって」
鎧の身体をバンと叩いて、太鼓判を押すエドワードに、アルフォンスも漸く頷く。
「そうだね。じゃ、兄さんの言葉に甘えて、今日はそこに泊まらせてもらおうかな・・・・」
「よし!そうと決まれば、早速宿に行こうぜ。こんなところで立ち止まってたら、寒くなってきた」
「うん。さすがの兄さんでも、風邪引いちゃうもんね。ボク案内するから、早く行こう」
「だからその「俺でも」ってなんだ・・・・・・って、もう居ないし!」
またしても弟に置いていかれる羽目になったエドワードは、なんだか府に落ちないものを抱えつつ、
慌てて弟の後を追うのだった。
「・・・・・・ところでアル。そのホテルのクリスマスツリーの話って、一体誰に聞いたんだ?」
アルフォンスに追いついたエドワードは、そんな話をした人物に心当たりがなくて、
ふと思いついた疑問を素直に口にした。
「えー?ハボック少尉だよ」
ホテルに向かう道すがら、アルフォンスはエドワードにそう答えた。
アルフォンスの口から出るには意外な名に、エドワードは驚いたようにアルフォンスを見上げてしまう。
「どうかしたの?兄さん?」
エドワードの視線に気がついて、アルフォンスは首を傾げる。
「いや・・・・予想外の名前だったから、ちょっと驚いた」
「そう?だって、兄さんがマスタング大佐のところへ報告書持っていっているとき、ボクは
ハボック少尉たちがいる部屋で待たせてもらうこと多いし」
そういえば東方司令部に行ってエドワードがロイの元へ報告書を提出に行くとき、アルフォンスは
ロイの部下達の居る部屋で待っていることが多い。
何度も訪れているうちに、いつの間にかエドワードの予想を超えて、彼らと弟は馴染んでいるようだ。
「何でも、ガイドブックに載ってたらしいんだけどね。凄く綺麗なツリーだから、オススメの
デートスポットなんだって。ハボック少尉も、彼女と見に行くんだって張り切ってたよ。
あ、勿論、デートスポットって言っても家族連れの人も多いらしいし、とにかく一見の価値はあるみたい」
「彼女って・・・・・・少尉彼女居たの!?」
「・・・・・・・・兄さん。その言い方は失礼だよ・・・・・・・・」
心底驚いているエドワードに、アルフォンスは呆れたように言う。
「いや、だってハボック少尉って、年中彼女に振られたって言ってるから・・・・」
アルフォンスの冷たい視線を感じて、エドワードは慌てて言い訳をするが。
「まぁ、でも。今回は兄さんの言う通りなんだけど。いずれ出来たらって言ってたから」
「出来てから、張り切れよ!そーゆー事は!!」
続くアルフォンスの言葉に、エドワードは力いっぱい反論してしまう。
「相変わらず、可哀相な人生送ってんな・・・・少尉・・・・・。」
思わず遠い目になってしまう、エドワード。
「いや、それについてはボクは何も言えないけど・・・・。あ、確かここだよ、兄さん」
話をしている間に、目的地にはついていたらしく、アルフォンスは一つの建物を指差した。
建物自体がとても大きいというわけではないが、いつもエドワードたちが使う宿と比べれば
大分大きさのある建物だ。
「おお〜〜〜。これは確かに凄いかも・・・・・・」
アルフォンスに言われるままホテルの中へと入ったエドワードは、ロビーの真ん中に飾られた
ツリーの大きさに目を見張る。
2階部分まで吹き抜けになってるため、かなりの高さがあるはずの天井には枝が届きそうなほどで。
まさにそびえ立つという表現がピッタの大きさのだった。
センスよく飾られたオーナメントは、煩すぎずかといって寂しい感じではなく、とても上品に飾られていて。
キラキラと輝くライトは、まるで天空から降り注ぐ雪のようだ。
「うわ〜〜〜やっぱり、噂に聞いていた通り、綺麗だね〜〜〜」
エドワードの後からやってきたアルフォンスも、感激の声を上げる。
「じゃあ、やっぱり宿はここに決まりだな」
「うん」
大きなクリスマスツリーがいたく気に入ったらしいアルフォンスは、エドワードの言葉に即座に頷く。
しかし、物事とはいつもすんなり進むとは限らないわけで。
「・・・・・・・・・申し訳ありませんが・・・・・・」
今日はクリスマス・イブの為、二人部屋は既に予約でいっぱいだと、二人は受付の女性に
言われてしまったのだ。
「まぁ・・・・・それはそうだよね・・・・・」
話を聞いて残念そうに呟くアルフォンス。
「あ、でも、一人部屋でよろしければ、ご用意できるかも・・・・・」
すっかり意気消沈してしまったらしいアルフォンスの声に、受付の女性はどうにかしてあげたいと
思ったのだろうか。
慌てたように付け足した。
「一人部屋かー」
二人で長いこと旅をしているが、常に共にある二人が別々の部屋に泊まることは滅多にない。
離れることも少ないが、かといってたった一晩さえ離れるわけにいかないというわけでもない。
エドワードは弟の思い通りにしてもらおうと、背後に立つアルフォンスを振り返る。
どうする?と振り返って視線で問いかけるエドワードに、しばし考えていたアルフォンスは小さく頷いた。
「それでも、やっぱりボクはここに泊まりたいな・・・・」
「そっか。アルがそう言うなら俺は別に構わないから」
「では、一人部屋をお二つお取りしてよろしいですか?」
兄弟の会話を聞いて確認してくる受付の女性に、エドワードは小さく頷いた。
◆◇◆
「さて・・・・俺はどうしたもんかな・・・・・」
部屋に着き、荷物を放り出したエドワードは、きょろきょろと部屋を見回しながら呟いた。
アルフォンスは一人部屋なら、夜遅くなっても気兼ねがないからと、以前見つけていたという
猫の溜まり場を覘きに行ってしまった。
クリスマスぐらい豪勢なご飯をあげるんだと、出かける弟はとてもうきうきしていて。
ボクはボクで好きなことをしてくるから、兄さんも好きに過ごしていてよね。
にこやかに言われても、エドワードには特に急ぎでしたいことも、急ぎでしなければならないことも
見つからないのだ。
手持ち無沙汰にエドワードは、部屋に設えた窓へと近寄った。
高台に立てられたホテルの窓からは、街が一望できる。
綺麗な光を放つイルミネーション。
路地に行きかう人々の顔は、皆幸せそうで。
特にカップルらしい二人組みは、おしゃれに気合を入れているように見えてしまうのは、
多分エドワードの気のせいではない。
「クリスマスの夜は、特別な人と二人で・・・・・・か」
今の自分には望むべくもない話だと、エドワードは自嘲気味に思う。
確かに自分には、特別な人はいるけれど。
かの人は遠く離れた地、イーストシティの東方司令部にいるのだし。
例え今自分が彼のすぐ傍に居たとしても、自分の為に時間を割いてくれなんて、言うことは出来ないから。
せめて声だけでも聞きたいな・・・・・・・。
窓から町並みを見下ろしながら、エドワードがそう思った瞬間。
不意に部屋に備え付けられた、電話が背後で鳴り響いた。
タイミングの良い電話に、ビックリしたようにエドワードは振り返る。
誰がこんな時にかけてくるのだと首をかしげながら、受話器をエドワードは取った。
交換手から相手先の名前を聞いて、エドワードは微かに目を見開く。
それは正に、今自分が声を聞きたいと思っていた相手からの電話だった。
『やぁ、鋼の。今日は随分と豪勢な宿に泊まっているらしいじゃないか』
電話をかけてきた相手は、そう言ってクスクスと穏やかに受話器の向こうで笑う。
落ち着いた低音。
だけど、誰よりもエドワードの心をかき乱す声。
それは間違えようもない、東方司令部司令官、ロイ・マスタングの声だった。
『・・・・・・・・・・・・・鋼の?』
返事のないエドワードに、どうしたのだとロイは問いかけてくる。
『久しぶりに私の声を聞けて、感激で言葉も出ないのかい?』
からかうようなロイの言葉に、いつもなら応戦するエドワードもあまりの相手のタイミングの良さに、
返す言葉がない。
「ん・・・・だよ・・・・。別に・・・・・感激なんて・・・・・・・・・」
何か言い返してやろうと口を開いても、結局は中途半端な反撃のままエドワードの声は小さくなっていく。
『鋼の?』
様子のおかしなエドワードを訝しむ声さえ、エドワードには愛しくて。
「うん・・・・・・。感激した。丁度大佐の声、聞きたいと思っていたから」
結局自分の気持ちに嘘はつけず、エドワードは素直に心情を吐露した。
「まさか、こんなにタイミングよく声を聞けるは思ってなかったから、スゲー嬉しくてさ」
『・・・・・・・・・・・・・・・・』
素直なエドワードの言葉に、今度は電話の向こうでロイが沈黙してしまう。
「大佐?」
『・・・・・・・・・・・・鋼のから、そんな素直な言葉が聞けるとは思わなかったな・・・・』
多分電話の向こうで赤くなっているであろうロイの姿を想像して、エドワードはクスリと笑う。
「だって、ホントのことだし。ところで、なんで俺がここに居るって、大佐が知ってるの?」
『なに、鋼のの報告書でこの地域に居ることは知っていたし、後は君を見かけたら私に連絡を入れてもらえるよう、
そちらの軍部にお願いしておいたのさ。私は君の後見人でもあるからね。先方も何の疑問も持たず、
協力してくれたよ』
「職権乱用じゃねーか・・・・・」
呆れたように呟くエドワードに、ロイはそうかもなとあっさり認める。
しかし、職権乱用してまで自分に電話をかけてくれたのかと思えば、エドワードとて悪い気はしない。
どんな気まぐれで、自分に電話を掛けてみようと思ったのかは、分からないけど。
今は素直に喜んでいてもいいと思う。
「でも、声聞けて嬉しかった。・・・・・・・・・・・・なぁ。知ってるか大佐。今日は何の日か?」
『さてね。私は今日も忙しくてね、今さっきまで会議に捕まっていた所だからな』
予想どうりの答えに、エドワードは微かに笑う。
季節のイベントに疎いところは、全く自分と一緒だ。
「今日は、クリスマス・イブなんだよ・・・・・・。」
『そうか・・・・もうそんな時期か・・・・・』
電話の向こうで感慨深げに呟く声に、エドワードは今日見た、とびきり綺麗なクリスマスツリーの話を、
ロイに語って聞かせる。
「今日さ・・・・・・凄い綺麗なクリスマスツリーを見たんだ。今俺が泊まってるホテルのツリーなんだけど・・・・。
ホテルのロビーの天井一杯まで高さがあって、綺麗なオーナメントが飾られて、イルミネーションも
すっげー綺麗でさ・・・・・・・・・・・・。」
あんたと一緒に見たかったな・・・・・・とは、口が裂けてもいえないけど。
エドワードは心の中にひっそりと浮かんだ思いに、我ながら馬鹿げた考えだと苦く笑う。
子供じみた我が侭だと分かっている。
ロイが忙しいのは嫌と言うほど知っていて、それでも特別な日には一緒にいて欲しいだなんて。
いつもこんな事は考えない自分が、こんな気持ちになってしまうのは、窓から見た外にいる幸せそうな
恋人達に感化されてしまったせいだろうか。
別に豪華な食事がしたいとか、プレゼントが欲しいとか、そんなことではなくて。
ロイが傍に居てくれればとそれだけでいいのに。
ただ、ロイの声を聞いて共に同じ時を過ごせれば、それだけで。
「今すぐ、あんたに逢えればいいのに・・・・・・」
何を馬鹿なと笑われるかも知れないけれど。
エドワードはそう呟いていた。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「・・・・・・・大佐?」
受話器の向こうで急に静かになってしまった人に、エドワードは首を傾げる。
「・・・・・・・・・・なんてな。悪い、妙な事を言っちまった。忘れて・・・」
困らせるつもりはないから、忘れてくれと言おうとしたエドワードの言葉は、ロイの言葉によって遮られた。
「ああ・・・・・。先端には大きな星がついていて、そこから流れ落ちるように光が降り注ぐ姿は、まるで雪が降るようだな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
エドワードが思い描いていたツリーと、寸分たがわぬロイの表現にエドワードは素直に疑問の声を上げる。
ロイがいるのはエドワードのいる場所から遠く離れた、東方司令部のはず。
エドワードの宿泊するホテルにあるツリーなど、知るはずないのに。
「どうして・・・・・それを・・・・・・・。あんた、今さっきまで会議だったって・・・・・・」
俺の事を報告した軍部の人間とやらは、ご丁寧にホテルのクリスマスツリーまで報告してんのか?
そんな疑問が胸を過ったとき。
『鋼の。私は会議を東方司令部でやっていたとは、一言も言ってないだろう?』
その時、不意にエドワードは電話を通して微かに聞こえてくる音楽に気がついた。
落ち着いた感じのクラッシック。
それはエドワードが、先ほどロビーを通るときに聞いてきたものと、全く同じ音楽だ。
そう思い至った時、エドワードは考えるより先に受話器を放り出して部屋を飛び出していた。
まさかまさかという思いと、期待で胸が破裂しそうなほど高鳴る。
転げ落ちるほどの勢いで、エドワードはホテルの階段を駆け下りていく。
ロビーにたどり着いたとき、目に飛び込んでくるのはたった一人。
どれ程の人がロビーに溢れようとも、その人のはエドワードにとって特別だから。
たとえ背を向けられていたとしても、間違えるはずなどない。
電話の近く、そこに立つ長身で、黒髪の人物はエドワードが誰よりも会いたいと願った人。
「大佐!」
エドワードの呼びかけに、背を向けていた男性の肩がピクリと跳ねる。
ゆっくりと振り返るその人が身に纏うのは、見慣れた軍服ではなくて。
嫌味なぐらいに、黒いスーツを着こなしてる。
「や、鋼の。」
エドワードの姿を視界に捉えた人は、いつものように片手を挙げて挨拶をしてくる。
そのあまりにいつもと変わらない姿は、一瞬ここは東方司令部かと錯覚しそうになるほどだ。
驚いたかい?とイタズラが成功した子供のように、満足そうにロイは笑っている。
階段を下りきったまま、スピードを落とすことなくロイの元へと駆け寄ったエドワードは、
弾む息もそのままにその細い身体に抱きついていた。
◆◇◆
部屋に戻った途端腕を引かれて、ロイは鍵を閉めたドアに押し付けられた。
「ん・・・・・んんッ・・・・・・・」
そのまま唇を塞がれたロイの口から苦しげな吐息が漏れる。
「は・・・・はがね・・・・・、ん・・・んぅ・・・・・・・・・」
抗議の声も、貪るような口付けの中に消えていく。
息継ぎも儘ならなくて、ロイの目に生理的な涙が浮かぶ。
理性を溶かす激しいキスにロイの足から力が抜けて、ロイは壁に押し付けられたまま
ズルズルと崩れ落ちていく。
「・・・・・・・・大佐」
崩れ落ちた身体を抱きしめて、漸く口付けを解いたエドワードがロイの耳元で囁く。
「・・・・・・・んっ」
その慾をはらんだ声に、ゾクリとロイの背を快感が駆け上り、ロイはビクリと身体を震わせる。
「せい・・・・きゅう・・・過ぎるぞ・・・・・鋼の・・・・・・・」
整わない息のまま、ロイはエドワードを恨めしげに見つめる。
「ごめん。だって、大佐の顔見たら我慢できなくなって・・・・・・・。でも、ロビーで押し倒さなかっただけ
マシだろう?」
「当たり前だッ!!そんなところで押し倒されてたまるかッ!って、こら鋼の!!」
とんでもない台詞をさらりと言ってのけたエドワードはロイの抗議もそこそこに、
ドアの前で座りこんでいたその身体をひょいと抱き上げた。
驚いたロイはジタバタとエドワードの腕の中で暴れるが、エドワードはびくともしない。
確かにこの歳の平均身長を下回るエドワードではあるが、厳つい機械鎧を支えるために鍛え上げられた筋肉は
伊達ではない。
ましてや、軍人とは言え細い部類に入ってしまうロイを抱き上げることなど、エドワードにとっては朝飯前だった。
「あんまり暴れるなよ、大佐。落っことしちまうぜ。」
そうは言いつつも、エドワードの足取りはなんら危なげがないまま、ロイをベットへと運び込む。
そっと、まるで宝物を扱うようにエドワードは、ベッドへロイを降ろす。
「鋼の・・・・・・・・」
「・・・・・・俺に抱かれるのは嫌?」
見上げてくる漆黒の瞳に、微かな迷いを感じ取ってエドワードはそっとロイの頬に手を伸ばす。
「いや・・・・・ではないんだが・・・・・」
「だが?」
それでは何がダメなのだと、エドワードは優しく聞き返す。
「アルフォンス君の姿が見えないが、彼はどうしたのだ?」
エドワードとアルフォンスは、宿を取るときは常に同室に居るのだから、ロイの疑問も当然といえば当然といえる。
思いもよらぬロイの疑問に、ぱちぱちと目をしばたいていたエドワードは、ああと小さく笑った。
「今日は、アルとは別部屋なんだ・・・・。今日はクリスマス・イブだろ?二人部屋はいっぱいでさ。
でも、アルが残念そうにしていたら、個室でよければって、ホテルの人が用意してくれたんだ。
アルは一人でもいいから、ここに泊まってみたいって言ってさ。」
「そ・・・そうなのか?」
「そ、だから、今日は遠慮なく声出しても大丈夫だぜ。」
「な・・・・何を言ってるか!」
にっこりと天使のような笑みで言われた言葉とは裏腹の、もの凄い台詞にロイは一瞬にして朱に染まる。
「だって・・・・・俺、大佐の声大好きだもん。普段は低めの声のくせにさ、最中は凄くいい声で啼いてくれるし。」
平然と呟かれたエドワードの言葉に、返す言葉もなくロイが口をパクパクさせていると、
その唇にエドワードは自らの唇で触れる。
ちゅっと、小さく音を立てて離れる唇にロイはきょとんとエドワードを見つめる。
「ね、あんまり焦らさないで。大佐に逢いたいと思っていたところに不意打ちで現れただけでも、
俺かなり限界だったのに。その上、そんな顔されたら我慢できないよ。」
「そんな顔ってどんな・・・・。」
「凄く色っぽい顔。」
そんな顔していないと反論しようとしたロイの言葉は、再びエドワードの唇によって
口を塞がれたことによって、音になる前にエドワードの口内へと消える。
「んん・・・・ッ!」
反論しようと口を開きかけていたため、エドワードの舌は難なくロイの口内へ侵入を果たす。
我が物顔で口内を荒しまわるエドワードに、初めはエドワードを押し返そうとしていたロイの腕から、
少しずつ力が抜けていく。
「ん・・・・ふ・・・・・。」
ロイの口から徐々に甘い吐息が漏れ始める頃。
力なくエドワードに添えられていたロイの両腕が、ゆっくりとエドワードの首筋へと回される。
縋りつくようにぎゅっと抱きついてくるロイに、それを許しの合図と受け取って、エドワードは
口付けたままクスリと笑って。
スーツの下に隠されたロイの肌へと、そっと触れていった。
「ああっ・・!あ・・・・・」
ひくっと、震える首筋に軽く歯を立てると、それさえも快感に繋がるのか、ロイは身体を震わせる。
「・・・・・なんか、今日はいつもより感じてる?」
「そ・・・・そんなことは・・・・・」
ロイは否定するように首を振るが。
「そう?」
「ひゃあ・・・・ん!」
再びエドワードの手がロイの中心に触れて、ロイは悲鳴を上げる。
既にエドワードによって一回達せられた身体は、、ロイの意思ではどうにもならないほど、
敏感になってしまっている。
「も・・・・いつまで、焦らしてる気だ・・・」
散々身体に触れられて高められた身体は限界に達しているのに、いつまでたっても決定的な熱をくれない
エドワードに焦れて、ロイはエドワードのトレードマークのみつ編みを引っ張ってやる。
「いてて、そんなに引っ張るなよ」
そうは言いつつも、あんまり痛くなさそうな声で言いながら、エドワードはロイの手から自分の髪を取り上げる。
「だって、ものには順序があるだろう?いきなりしたら、大佐のココが傷ついちゃうし」
「あっ・・・・」
つと伸びたエドワードの生身の左手が、最奥に触れてロイは身体をすくませる。
「俺だって、あんたが欲しいけど・・・・。傷つけたくはないから」
身体をすくませたロイに、安心させるように微笑むと、エドワードはひょいとロイの身体を裏返した。
「は・・・・・鋼のッ!?」
快楽に溶けた身体では、既に抵抗らしい抵抗も出来ないロイであるが、エドワードの行動の意味を察知して
とっさに暴れだす。
しかし、エドワードはロイの抵抗も難なく抑え込むと、その腰を高く上げさせる。
「鋼のッ!!この格好は嫌だ!!」
猫が伸びをするような格好は、エドワードの眼前に何もかもさらけ出すことになってしまう。
羞恥に既に色づいていたロイの肌は、更に赤く染まっていく。
ロイの抗議の声は聞こえない振りで、エドワードは自分を受け入れてくれる場所へと舌を伸ばす。
「はがね・・・ひゃあ・・・・やぁん!」
ぬるりとした湿った感触に、ロイは背を震わせる。
イタズラに動く舌から逃れようとしても、途切れることなく与えられる快感に、既に身体は
崩れ落ちないように力を入れるだけで精一杯だ。
「あ・・・・んん、や・・・あああッ!」
たっぷりと唾液を送り込みながら、エドワードが指を侵入させればロイの口からは一際高い声が上がる。
「痛く・・・・は、ねーよな?」
エドワードはロイの様子を見ながら、慎重に指を進めていく。
「ふ・・・・うう・・・・ん・・・・」
ロイはエドワードの与える熱に必死に耐えるように、ぎゅっとシーツを握り締める。
僅かな痛みと、それを上回る快感に、意識にどんどん霞がかかっていく。
「は・・・・はがねの・・・・もう・・・・・」
「もう限界?」
どうしようもない熱に翻弄されて、ロイはエドワードの問いかけに、コクコクと素直に頷く。
「これぐらい慣らせばもう大丈夫かな・・・・・」
エドワードとてロイの乱れる姿に、既に中心は何もほどこしていないにもかかわらず、
すっかりと熱を持ってしまっているのだが。
大切な恋人に毛筋ほどの傷も負わせたくないという思いがあるから、どうしても慎重になってしまう。
しかしロイにしてみれば、グズグズに快楽にとけた身体をいつまでも放って置かれることは、焦らしの拷問でしかない。
「もういい・・・・もういいから・・・・・・ッ!」
涙で濡れた目で見つめられて、エドワードもいよいよ我慢がきかなくなる。
離すまいというように絡みつく内壁を振り切って、指を引き抜いたエドワードは、十分な角度をもった自身を
慣らした個所へとあてた。
「あ・・・・・・」
最奥に触れる熱い塊に、ロイは一瞬怯えたように身体をすくませる。
「いい?大佐?」
エドワードは宥めるようにロイを後ろから抱きしめると、耳元でそっと囁く。
その慾に掠れた声に、エドワードも既に限界など気がついたロイは、コクリと頷く。
「・・・・・・ッ!大佐!!」
「ひ・・・・ッ・・・・ああッ・・・!」
ロイの了承を受けて、エドワードは一息にロイの中へと押し入った。
時間をかけてたっぷりと慣らされた秘所は、難なくエドワードを飲み込んでいく。
「あ・・・んん・・・・あぅ・・・・はがね・・・・の」
ゆっくりと律動を始めるとロイは更に、甘い声を上げる。
「んん・・・・あつ・・・い、鋼の・・・・」
「あんたの中も熱い・・・・・よッ!」
熱に浮かされてうわ言のように呟くロイに、エドワードは囁くように、耳元で告げる。
きつく絡みつく内壁に、あっという間にエドワードにも限界がやってくる。
けれど自分だけが先に達くのは避けたくて、快楽の涙を流し続けているロイの中心に、エドワードは手をのばす。
「今度は一緒に・・・・・な?」
「あ・・・・ああ・・・・」
前と後ろを同時に触られて、ロイは何が何だか分からなくなる。
ただエドワードの与える快楽に、飲み込まれそうな意識を必死に繋ぎとめる。
「は・・・鋼の・・・・もう・・・、ダメッ!」
「いいよ・・・・。俺ももう限界だからッ!」
「ああ、鋼の・・・・・・・・・・・・ッ!!」
言葉と共にエドワードが一際強く腰を打ちつけた瞬間、ロイはニ度目の絶頂を迎えていた。
「・・・・・・・・くッ!」
同時にエドワードもまた、ロイの最奥へとすべての熱を解き放った。
◆◇◆
逢いたかったのだと。
行為のあと、ベットにねそべったままロイはそうポツリと呟いた。
「逢いたかったって・・・・・・・俺に?」
ロイらしからぬ台詞に、エドワードはまじまじとロイを見つめてしまう。
「君以外に、誰がいるというんだ。」
さっきまで甘い声で啼いていたロイは、微かに掠れた声のままエドワードを小さく睨んだ。
「だって、大佐がそんなこと言うなんて、今までなかったから・・・・・」
「いつも、いつも、私は君が来るのをイーストシティで待つばかりだからな・・・。たまには私から逢いに行って、
驚かせてやろうと思ったんだ・・・・・・鋼の?」
ロイの言葉に突然かぁぁと赤く染まったエドワードに、ロイは不思議そうに首を傾げる。
まいった・・・・口を機械鎧の手で押さえてエドワードは思う。
年上の恋人はこんな殺し文句を言っておいて、自覚がないのだから性質が悪い。
逢いたかったなんて、それがエドワードにとってどれ程嬉しい言葉だと思っているのだろう。
「でもさ・・・何も、こんな地にまで無理して来なくたってさ・・・・。俺に逢いたきゃ、
呼び戻してくれて構わないのに・・・。」
職権を乱用してまで逢いに来てくれたのは、何よりも嬉しいけど。
無理を重ねて欲しくはないのだ。
エドワードは、先ほどロイを抱き上げた時の重さを思い出して、眉を顰める。
抱き上げたロイは、以前よりも更に軽くなっていた。
「ふふ・・・。そうだな、次に鋼のに逢いたくなったら、遠慮なく呼び戻させてもらおう」
エドワードの言葉に、ロイは素直に頷いた。
しかし、エドワードはロイが自分からエドワードを呼び戻すことは、絶対に無いと確信していた。
賢者の石を探す旅の妨げにはなりたくないと、ロイはエドワードの都合を何よりも優先してくれるから。
逢いたいと思うことは、決して悪いことでは無いと思うけど。
分かりにくくはあるけれども、自分の事を大切に思っていてくれるロイに、エドワードは愛しさが募る。
この人を絶対に失いたくないと、切に願う。
「来年も・・・・・・・・・・・・」
「ん?」
エドワードのポツリと漏れた声に、ロイは視線をエドワードへと向ける。
「こうやって、クリスマスを二人で向かえような」
「鋼の・・・・・・・・・」
エドワードの願いを聞いて、ロイは目を閉じた。
来年も二人でクリスマスを迎える。
ささやかだけれど、エドワードとロイにとっては難しいその願い。
お互いの目指すものが、常に死と隣りあわせだとエドワードもロイも言葉に出さずとも知っていて。
それでも、今更引き返すことも、足を止めることが出来ないことも、痛いほど分かっているから。
「・・・・・・・・・・そうだな」
目を開けて、再びエドワードを見たロイは小さく頷いた。
「来年はきちんと、プレゼントぐらいは用意したいものだな」
冗談めかしたロイの言葉に、エドワードは真顔で答える。
「俺は、大佐がいてくれればそれで充分だけどな」
そう、ただこの人が生きていてくれさえすれば、それだけで。
だから願わずにはいられない。
無神論者の自分ではあるけれど、こんな特別な日には願い事も叶えてもらえそうな気がして。
どうかどうか。
この大切なぬくもりを失いませんように。
どうか、来年もクリスマスを二人で迎えさせてください。
「あ、大佐・・・雪だぜ、雪・・・・・」
すっかり暗くなってしまった外に、ちらちらとふる白い塊に気がついて
エドワードは隣のロイの身体を揺する。
「ああ・・・、今日はホワイト・クリスマスになったな・・・・・」
エドワードの隣で、ゆっくり身体をおこしたロイも外を見て呟く。
はらはらと舞う雪の結晶は、果てることなく降り注ぎ。
それはつきることない、二人の願いのようで。
切ない願いを胸に抱いたまま、飽くことなく二人は雪を見つめ続けていた。
――――――どうか、生きて。
END