私・・・兄様みたいな方が好きなの。ハボックさんは私の好みじゃないので・・・・。
アームストロング少佐に似ても似つかない、可愛い妹はその可憐な容姿とは裏腹に、キッパリとハボックに向けて告げた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
絶叫と共に、ハボックが飛び起きる。
「・・・・・あ?夢か・・・・。」
ぐっしょりと汗のかいた額をぬぐい、ハボックは疲れたようにため息を落とす。
この前も彼女に振られたばかりだし、別にキャスリンに振られたからといって、どうってことはないと思っていた。
思ってはいた・・・・・が。やっぱりアームストロング少佐に男として比べられ、あっさり勝負に負けたという事実は、思っていた以上にハボックの精神に負担をかけていたらしい。
今日も今日とて、悪夢にうなされ飛び起きるという始末だ。
「うう・・・・我ながらなんて女々しい・・・・。」
ベットの上でがっくりとハボックが、肩を落としたとき。
「まったく、ハボック少尉・・・、朝からなんて声を出しているんだ・・・。」
唐突にハボックの横から、呆れたような声がかかった。
「た・・・・た、た、たたたた、大佐ッ!?」
いやというほど聞き覚えのある声に、慌ててハボックが振り返れば、そこに立つのは紛れもない自分の上司。
思いがけないというよりは、予想もつかない人物の突然の登場に、ハボックの声が裏返ってしまうのも、いたしかたがないと言うもの。
驚きのあまりハボックはベットから転げ落ちそうになり、上司の笑いを誘ってしまう。
しかし、いくら悪夢にうなされ飛び起きたとはいえ、今の今まですぐ近くに人がいることさえ気がつかなかったというのも、軍人としてどうなのか。
「何をやっているんだね・・・。」
呆れた様な声をかけながら、その実とても楽しそうに、今回のハボックの悪夢の原因とも言える人物がクスクスと笑う。
「どうしてここに・・・・・・。」
ここは間違いなく自分の部屋だよな?それとも俺はまだ悪夢の中にいる?
そんな疑問が胸の中をよぎって、ハボックは思わず確かめるように自室をきょときょとと見回しながら、ロイへと問いかける。
見慣れた壁紙。物が乱雑に散らかった部屋床。決して広いとは言いがたいこの部屋は、紛れもなく自分の部屋だ。
「なに、少尉の姿を見なくなって随分たつからな。いい加減どうしたものかと様子を見に来ただけだ。」
「・・・・・・すみません。」
今回ばかりは言い訳の仕様がなくて、ハボックは素直に謝る。
自分の記憶が確かなら、多分一週間は自分は出勤していない。
本来であれば無断欠勤で、減給されたって文句の言えない身分だ。
でも、だからといってロイ自ら、ハボックの元に出向いてくるだなんて、意外を通り越して、恐ろしいような気さえしてくる。
「今回は、随分と参ってるみたいだな。」
ハボックのベットに腰を下ろしたロイは、ハボックの前髪をいじくりながら、何が楽しいのだか相変わらずクスクスと笑っている。
「はぁ・・・まぁ・・・・今回は自分なりに思うことがありまして・・・。」
俯いたままハボックが、ボソボソと答える。
「だからって・・・・女性に振られたぐらいで、一週間も勤務を休むのはどうかと思うがね。」
「すみません。」
多分女性に振られた経験など一度としてないであろうロイの言葉に、ハボックはますます気分が沈んでいくのを感じる。
「だいだい・・・・・・私を放って、見合いなどするから、そういう目にあうんだ。」
「・・・・・すみま・・・・・・・・は?」
ポソッと拗ねたように呟かれた言葉に、ハボックから間の抜けた声が上がる。
今、目の前の人物はなんと言った?
自分でハボックに見合いを勧めたはずの、この人物は!?
「ちょっと待って下さいよ、大佐ッ!!そもそも、俺に見合いをしろって言ったのは、アンタでしょーがッ!!」
「勧めはしたが、結婚しろとは言ってないだろうッ!!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
ハボックが思わずどなれば、ハボックの前髪から手を離して、負けじと相手も怒鳴り返してくる。
とても自分より年上で、自分よりずっと高い地位についている人とは思えない、余りの支離滅裂さにハボックはベットの上でがっくりとうなだれる。
そもそも自分が、今回の見合いを受けようと思ったのは、誰のせいだと思っているのか。
いくらアタックしても、全く振り向いてくれない、つれないこの人のためなのに。
「アンタ・・・・言ってることメチャクチャって分ってます?」
あまりにあきれ果てて、ハボックは上司をアンタ呼ばわりしたことさえ、気がつかない。
「滅茶苦茶なことなんて言ってない。男なら好きな相手が振り向くまで、簡単に諦めるなと言ってるだけだ。」
「そんなこといったって・・・・。」
アンタは絶対俺のことなんか、見てくれないくせに。
そう反論しようと思ったハボックの言葉は、ロイの唇が唐突にハボックの唇に触れたことによって途切れる。
えっ?と思うまもなく、ロイの唇は触れただけですぐに離れていく。
「・・・・・・・・すごく、間抜けな顔をしているぞ。ハボック少尉。」
クスリとロイが笑う。
唇を押さえたまま、かぁぁぁぁっと、ハボックが赤くなっていく。
たった今目の前で起きた現象が、信じられない。
自分がロイからキスされるなんて・・・・・・。
「少しは、期待してもいいってことッスか?」
「さてな。」
期待に胸膨らませて訊ねれば、返ってくるのは相変わらずの冷たい返事。
離れれば擦り寄ってくるくせに、近づけば逃げていく。
本当に根っからの天邪鬼な、自分の思い人。
これからもきっと自分は振り回されっぱなしなんだろうけれども、だけどそれは決して不快な感情ではない。
だけどきっと自分は、どんなに振り回されても、最後は許してしまうのだろう。
そこで漸くハボックは、今更他の人物なんか目に入らないぐらいロイに惹かれている自分に気がつく。
結局今回の件だって、別にキャスリンに振られたのがショックなのではなくて、思い人に見合いを勧められたのが本当はショックだったのだと思い当たって、ハボックはがっくりと肩を落とした。
「は〜〜〜。ベタ惚れって言うのは、こういうことを言うんスかねぇ〜。」
諦めとも嘆きともつかない、ハボックの言葉。
わかりにくいくせに、わかりやすい。高いところにいるのかと思えば、不意に自分の隣にいる。
こんな分かりにくい人は願い下げだと思っているのに、絶対に他のヤツには渡したくないと思う自分。
(あああ、なんて厄介なコイゴコロ・・・・・・)
だけど気持ちは先ほどまでの沈んでいた気持ちが、嘘のように軽くなった。
なんだかんだ言っても、結局ロイは自分の元にきてくれた。
それだけでも、ロイは十分に自分のことを、気にかけてくれているということだろう。
今は、それでいいと思った。
「ん?何か言ったか?」
「いいえ!何も言ってません!!せっかく大佐自らお迎えに来てくださったので、自分も今から出勤します!!」
突然元気になったハボックを、驚いたようにロイは見つめて。
「そうか・・・・。ハボック少尉の仕事は心配しなくても全部残してあるからな。出勤できるなら、早々に片した方が良かろう。」
言っていることは鬼のようだが、だけどその表情はどこか嬉しそうで。
全く、この人には敵わない。
そう改めて実感したハボックは、ロイと共に仕事の山積みになっている軍部へと足取りも軽く向かうのであった。
