私の大事な機械鎧を変形させた幼馴染をパイプ椅子で殴りつけて、取り敢えず元の形へと戻させた私は、まだ残っている作業を片付けるため家へと戻ることにする。
家に入る前にチラリと背後を振り返って見れば、変形はさせてはいないものの、やはり弟との組み手はやめていないエドの姿が見える。
今度家に戻ってきたら、もう一度スパナで殴ろうと固く心に決めて、私は一つため息を落とす。
「行っちゃうんだね・・・・・・」
ドアに背を預け、俯いた私の口から無意識に零れた言葉は、予想以上に私の胸を締め付けた。
エドが動けるようになったのは嬉しいけれど、それは同時に彼が旅立つことも告げているから、私は素直に喜べない。
まともに動けるようになる事さえ3年かかるといわれたリハビリを、エドはたったの1年であそこまで自由に動けるようにした。
それがちょっとやそっとの努力でないことは、ずっと傍で見てきた私は知っている。
エドが私達と行うリハビリだけでなく、影で誰にも知られないように一人で努力を続けていたのも気がついていた。
予想を遥かに上回る激痛と、いくら努力しても儘ならない身体に、泣くのを耐えて歯を食いしばりエドは耐え続けてきた。
それはすべて、国家錬金術師の資格を取って、失ったアルの身体を戻すため。
そして・・・・・・多分エド自身まだ気がついていないんだろうけど、あの人に追いつくため。

あの人は、エドを絶望から救ってくれた人。
一度消えてしまった焔を、再び灯してくれた人。
今もあの日の事は鮮明に覚えている。
それだけ、あの人の印象は強烈だった。
アメストリスではとても珍しい漆黒の髪。
冷たい光を放つ黒曜石のような瞳には、揺ぎ無い意思の強さが宿っていて。
あの人は廃人と化していたエドを、容赦なく怒鳴りつけた。
初めは何て冷たい人なんだろうと思った。
これ以上エドを傷つけないでと、叫びたかった。
けれど・・・・・・・。
あの人が帰った後、エドが再び立ち上がる決心をした姿を見て気がついた。
彼のあの冷たい態度も、冷たいように聞こえた言葉も、すべてはエドを再び動かすための言葉だったのだと。
敵わないなぁ・・・と、あのときに私は悟ったのだ。
私にも・・・・・・・血の繋がった兄弟でもあるアルにさえ出来なかったことを、あの人は・・・・マスタング中佐という人はいとも簡単にやってみせたのだ。
あの時から、多分マスタング中佐と言う人はエドにとっての特別だった。
それが寂しくないといえば嘘になる。
生まれた時からずっと傍にいた私達より、いきなりやってきたあの人の方がよりエドに近いところにいるなんて。
でも、あのまま絶望に捕らわれたままのエドなんて見ていられなかったから、今となってはあの人に感謝している。
国家錬金術師の資格を得るための試験が、どれ程難しいものか私には想像もつかないけれど。
例え資格が取れたにしても、その先に待ち受けるのは、もっと過酷な道かも知れないけれど。
これから先どんな困難が待ち受けていようと、どん底を知ったエドだからこそ、諦めることは無いと信じられる。
そう。私の幼馴染は、誰よりも強い自慢の幼馴染なのだから。





・・・・・・・・それにしても。
こんな親切で美人で、しかも機械鎧の整備まで出来る幼馴染には目もくれず、いきなりやってきた年上の人に一目惚れしちゃうなんて、そーとー失礼な話じゃないかしら!
確かに、あのマスタング中佐って人、男の人とは思えないほど美人ではあったけど。
行きたければ勝手に行けばいいのよ!
残される人の気も知らないで。
さっさと告白でも何でもして、振られちゃえばいいのよ。
絶対マスタング中佐は、あんたみたいな豆粒のことなんて相手にしてくれっこないんだから。
本当に勝手よね!!男って生き物は!!
・・・・・・でもさ、幼馴染として出来る限りのサポートはしてやるつもりよ。
仕方無いからね。
あんたが元の身体を取り戻すまで、とことん付き合ってやろうじゃないの。
その変わり・・・・・・。

「うぃ〜動き回ったら、腹減ったぁ〜〜〜〜!!って、あれ?ウィンリィ何してんだそんなところで?」
てっきり家に戻ったと思っていた私が、いまだ家に入ることも無く立っていたことに驚いているんだろう。
エドはアルとの組み手で泥だらけになった顔に、驚きの表情を浮かべて立っている。
あんたと別れるのが辛くて感傷に浸ってたとは、絶対に言いたくないから。
私は話を逸らすように、首を振った。
「べっつにー。それよりもエド・・・・。私があれほど言ったのに、あんたまだ私の機械鎧で組み手してたわね〜〜〜〜〜〜?」
ニヤリと笑いながら詰め寄ると、エドの顔が途端に引きつる。
「いや、別に組み手っていってもなーーーー、あッ!そ、そう、ほとんど左手でやってたから、機械鎧には全ッッッ然傷なんてつけてないぞッッッ!!!!」
しどろもどろに言い訳をするさまは、私の昔から知ってるエドそのもので。
これから国家資格を取得するため旅立つ決意を秘めた男の顔にはとても見えなくて。
なんだか置いていかれる気分に陥っていた私を、少しだけ浮上させてくれる。
「私の言うこと聞かなかったら、またスパナだって・・・言っておいたわよねぇ〜」
うふふと笑いながらスパナを取り出せば、エドはじりっと後ずさる。
「わーーーッ!!待て!!ウィンリィ、落ち着けぇぇぇぇ!!!」
目に涙さえ浮かべて怯えるエドに、クスリと私は笑ってみせて。
「冗談よ」
「え?」
唐突な私の言葉に、エドは鳩が豆鉄砲を食らったような、マヌケな顔を見せる。
「なによ。それともスパナがそんなに欲しいなら、遠慮なくあげるけど」
「いいえ。めっそうもございません」
ぶんぶんと首をふるエドから視線を逸らして、私は遠い青空を見上げながらポツリと呟く。
「・・・・・・・・・・・いつ試験を受けに?」
「・・・・・・・・・・明日には旅立とうと思ってる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう」
簡潔なエドの答えに、私は小さく頷いた。
「ウィンリィ・・・・・」
「言っとくけど!私はあんたみたいな豆粒の一人や二人、いなくなったって、ちっとも寂しくなんて無いからね!」
「・・・・・・・・・・・・・」
禁句を発しても怒らないところを見ると、それなりにエドは私の気持ちを察してくれてるんだろう。
「その・・・いろいろ、ありがと・・・・な」
空気に溶けるような小さい声で、エドらしいぶっきらぼうな礼の言葉に、私は苦笑を浮かべる。
「なーに、あんたらしく無い事言ってんのよ!」
どんと、背中を叩いてやれば、ちょっと強く叩きすぎたのか、エドがゴホっとむせる。
「しおらしいエドなんて、見たくないわよ。そんな調子で試験は本当に大丈夫なの?」
「ってーなッ!!どうしててめぇはそう乱暴なんだ!!」
「乱暴で結構!おしとやかになんてしてたら、あんたの機械鎧技師なんて務まんないわよ!」
「こんの!機械オタッ!!」
「煩い!!極小豆粒!!!」
「ごッ・・・・・!」
売り言葉に買い言葉。
ついついエスカレートする言葉のやり取りで、思わず飛び出してしまった言葉にエドが撃沈する。
そう、私達にはやっぱりこういうのが似合ってる。
しんみりした空気なんて、私達らしくないでしょう?
ましてや、これが永遠の別れって訳でもないんだし。
私は明るく、あんたを見送ってやるわよ。
「ふふ、頑張んなさいよ!未来の国家錬金術師殿!」
エドが怒り出す前にそう言ってやれば、エドは怒りのやり場を失って、ぐっと言葉に詰まった。
「ここまで、人に迷惑かけたんだから!しっかりモノにしなかったら許さないからね!!」
エドにずいっと近寄って、エドの顔を覗き込みながら、更に私はまくしたてた。
「お?・・・・・おお・・・。」
その勢いに押されて、エドはコクコクと頷いてみせる。
「国家錬金術師の資格ぐらい、そんなもん天才の俺様には楽勝だぜ!」
「勿論それもそうだけど!・・・・その他にも・・・・ね。」
あんたには、もう一つ手に入れたいものがあるんでしょうが!とは言ってあげない。
「は?他???」
例えば、マスタング中佐・・・・・とかね。
「分からないなら、分からないでいいわよ、そのうち分かる日が来るでしょうから。」
クスクスと笑い出した私に、エドはますます分からないといういう様に首をひねる。
その顔を見ながら、私は心の中でもう一度がんばりなさいよ!と彼にエールを送る。
きっと、きっと。
エドならばすべて望みを叶えてくれるだろう事を信じて。



 
                                           END
こーんな話を書いといて難ですが、私は実は原作のウィンリィちゃんも
ホークアイ中尉も苦手でございます・・・(-_-;)
ヒロインは好きか嫌いかで、結構両極端な人なのですみません。

さてこの話は、エドが国家試験を受けに行く前の話です。
この話のエドは結構鈍い人らしく、自分の気持ちにまだ気が付いてません(笑)
ラブラブな話もいいけど、たまにはこういう話もいいかと思いながら、結構楽しんで書けました。