「・・・・・・・・・・・・・・・・・メシ」
切ない声を出しながら、(これでも)シンの皇子リンは今日も今日とて、道のど真ん中で行き倒れていた。
(うーーーーん。それにしても、毎度行き倒れている皇子っていうのもどうなんだロ)
皇子としてのありがたみは無いよナ・・・と、行き倒れにしては余裕のあることを考えながら、リンはどうしたものかと考える。
取り敢えず、少しでも物を食べれば動けるようになるとは思うのだが。
道端で転がっているだけでは、食べ物など手に入るはずも無い。
せめて自分の知っている人物に見つけてもらえれば、食べ物をわけてもらえるかも知れない。
しかし、知り合いが極端に少ないこの国で、誰か見知った人物に見つけて貰える偶然なんて、無きに等しい。
(・・・・・え?ということは、じいかランファンに見つけてもらうまで、このままカッ!!?)
ガーーーーンと、地面に這いつくばったまま途方に暮れていると。
不意に頭上から、声が降ってきたのはそのときだった。
「おい・・・・。どうした?大丈夫か?」
声色に心配そうな雰囲気をのせて、落ち着いた低音が問いかけてくる。
何か食べ物でももらえればと、顔を上げたリンの目に映るのは鮮やかな青。
視線を徐々に上に向ければ、色は違えどどこかで見たようなデザインの洋服が飛び込んでくる。
次の瞬間、リンは驚いたように顔を上げていた。
それは間違えようも無く、セントラルで自分を拘束した挙句、留置所に放り込んでくれた軍の制服だ。
「じ・・・冗談!また捕まったら、たまらないヨ!」
「お・・・おいッ!!」
またしても自分を捕らえに来たものと思い込んだリンは、慌てたように立ち上がると、自分に声をかけてくれた人物の制止を振り切って駆け出した。
が。
もともと、空腹で倒れていたリンに、そんなに長い距離を駆けることなど、出来るはずもない。
「あ、やっぱり走れないカ・・・」
数メートル走ったところで、リンは力尽きて、パッタリと再び地にひれ伏す。
「・・・・・やれやれ。」
先ほど声をかけてきた人物が、呆れたように笑っているのが聞こえる。
動けないリンの傍に、スタスタとやってきた人物は、しゃがみこむと言い聞かせるように告げる。
「何も、私が君を捕まえるとはいってないだろう・・・。こんなところで倒れていたら、歩行の邪魔だから声をかけただけだよ。」
「それは、悪かったナ。何か食べ物くれたら、すぐ動くヨ」
どうやら相手に自分を捕まえる気が無いと知ったリンは、顔をあげてそこで初めて相手の顔を見ることとなった。
相手は、随分と整った容姿を持つ男だった。
金髪の多いこのアメストリスでは珍しい、黒髪に切れ長の漆黒の瞳。
軍服を着てなければ、とても軍人とは思えないようなほっそりとした体躯。
瞬きどころか、息をすることさえわすれて、リンはその男に見入ってしまった。
「どうかしたのか?」
あまりにじっと見つめてしまったため、相手は自分の顔に何か付いているのかと首を傾げる。
「いや・・・別に・・・」
「 ? そうか?ああ、君は腹が減っているんだったな。これでよければ食べるといい」
そういいながら、男は自分の手に持った紙袋をごそごそとあさると、野菜とソーセージの挟まったパンを取り出して、リンに差し出した。
「いいのカ?」
「どうせ何か食べなきゃ動けないんだろう?」
「悪いナ・・・。」
遠慮はするなと言ってくれる相手の言葉に甘えて、身を起こしたリンは男からパンを受け取る。
あっという間に平らげれば、よっぽど腹が減っていてんだなと相手の男は穏やかに笑った。
随分と綺麗な笑い方をする男だと、リンは思う。
こんなに穏やかな笑顔を見るのは、久しぶりかもしれない。
自分の国では既に各族の覇権争いが始まっていて、誰の顔からも笑顔は消えていた。
いつもピリピリとした、気の休まることのない生活を送っていたリンには、男の笑顔は一際鮮やかに映った。
「それで?差し支えが無ければ聞かせてもらいたいんだが?なんで君はこんなところに倒れていたんだ?」
「別にたいした理由じゃなイ・・・。連れとはぐれてしまったんダ」
言いながら、いつまで地面に座っているのもと、埃を落としながらリンは立ち上がる。
「連れと?君はいくつなんだ?」
同じように立ち上がった男は、驚いたようにリンを見つめる。
「15だヨ」
「15ッ!?」
大げさなほど驚く男に、リンは面白くなさそうに言う。
「そんなに驚かなくてモ・・・」
どうも自分は年齢どうりに見てもらえないらしいと、心の中でため息をつくが相手の驚きはどうやらそこではないらしい。
「15にしては・・・、随分と大きくないか?」
男はリンと自分の身長を比べて呟く。
「別に・・・・、普通だと思うヨ?」
「そ・・・・そうか?」
まだ信じられないというように自分を見つめる相手に、一体目の前の男は何を基準にしているんだと思ったとき。
「大佐!!どこで道草食ってんだよ!!」
リンの耳に、聞きなれた声が飛び込んできた。
声の主はリンのことなど目にも入らない様子で、リンの目の前を通り過ぎると男に飛びつく。
「こ、こら!!鋼の!!そんなに引っ付いてきたら、荷物が落ちるだろうが!!」
前からぎゅうと抱きしめられて、相手の男は焦ったように飛びついてきた人物を引き剥がしにかかる。
というか、引き剥がす理由はそこでは無いと思うのだが。
どうやら、二人には人目はあまり気にならないらしい。
「買い物に行くって行ったきり帰って来ないから、心配してたんだぞ?だから俺も付いていくっていったじゃねぇか・・・。全く人が目を離した隙に何をやって・・・・・・・・って、あ゛ーーーーーーーーーッ!!」
身体を離してロイの背後に視線を向けた少年は、そこで漸くリンの存在に気が付いたか、ビシッ!!と指差し大声を上げる。
突然二人の会話に割り込んできた騒々しい少年は、言うまでもなく国家資格を最年少で取得した天才と誉れ高き(ただし多少正確に難アリ)エドワード・エルリックだ。
「テメーーーーッ!!リン!!こんなところで、俺の大佐と何やってんだーッ!?」
「誰が君のか。誰が」
間髪いれずポカリとエドワードを殴って、大佐と呼ばれた男が・・・ロイが再びリンを見る。
「何だ。君は鋼のの知り合いだったのか」
「というか・・・・そっちが、エドワードと知り合いだった方が、驚いたヨ」
どうりでリンの年齢を聞いて驚くはずだと、漸くリンは合点が行く。
ロイにとって15の少年の身長といったら、エドワードが基準なのだろう。
どう考えてもエドワードは、平均じゃないだろうと突っ込みたいところだが、取り敢えずそこは黙っておくのが賢明というものである。
「まぁ・・・・鋼のの知り合いだったら、話が早い。今日は鋼のが私の家で食事をすることになっていてね、良かったら君も来るかい?」
「いいのカ?」
「いいわけねーだろ!!何図々しいこと言ってるんだ!!お前はとっとと、ランファンのところに帰ればいいだ・・・モガッ!!」
「どっちにしろ、あれだけじゃ足りないだろう?」
わめき散らすエドワードの口を押さえて、ロイは遠慮するなといってくれる。
「大佐!!どうしてあんたは俺以外に、そんなに甘いんだぁ〜!」
ロイの手をはずして、エドワードが悲しげな声を上げる姿を見て、リンは何故だが少し嬉しくなる。
「そうだナ・・・。それじゃあ、お邪魔させてもらう事にするヨ」
ロイの料理を食べてみたいと言うのもあるのだが、なんとなくこのままエドワードとロイを見送る気分にはなれなくって、リンは小さく頷いた。
「マジかよ・・・・・・」
「決まりだな」
まるでこの世の終わりとばかりにがっくりと肩を落とすエドワードと、ニヤリと楽しげに笑うロイ。
対照的な二人を見て、リンは思う。
(もしかすると・・・、オレはシンに持って帰りたいものが、一つ増えたかも知れないネ・・・)
それは、もしかするとシンの皇帝になるよりも、前途多難な望みだと言うことを、リンはこの時点で知る由も無かった。





「それでは私は支度にかかるから、君たちはお茶でも飲んでくつろいでいてくれ」
エドワードとリンを自宅のリビングへと案内したロイは、二人の前に紅茶の入ったカップを置くと、さっさとキッチンへと行ってしまった。
「あ、オレも何か手伝うヨ・・・・・・」
「お前は行かなくていいッ!」
立ち上がってロイの後を追おうとしたリンの姿を横目でチラリとみたエドワードは、その襟足を掴むと問答無用でソファーへと引き倒した。
「ウワッ!!?」
予想外の出来事だっただけに、エドワードに引っ張られるまま、リンは簡単にソファーに転がって悲鳴を上げる。
「いきなり何をするんだヨッ!!」
「うるせぇッ!!てめぇ・・・どういうつもりだよ?」
抗議するリンを無視して、バキバキと指を鳴らしながらエドワードはリンへと詰め寄った。
もはやその目は完全に据わっており、罪人を裁く地獄の番人さえも裸足で逃げたすであろう凄まじい形相だ。
地の底から響くような低い声は、エドワードの機嫌がすこぶる悪いことを、如実に表している。
「何のことダ?」
エドワードの機嫌が悪いことは百も承知しているであろうに、しれっと答えるリンにぷちっとエドワードの堪忍袋の緒が切れる。
「っざけんなよ!!!せっかくの、俺と大佐の楽しい時間を、お前は一体なんの権利があって邪魔するんだぁ〜〜〜〜〜!!!」
胸元を掴んでガクガクとリンを揺さぶりながら、エドワードが絶叫する。
しかし、揺さぶられたリンはといえば、慌てず騒がず。
「楽しい時間って、別に俺が邪魔しようとしたんじゃ無いだロ?」
「う・・・・・っ」
「それに誘ってくれたのは、彼の方だシ」
「うう・・・・」
「そもそも、彼の方は君が俺のだって言ったら、即行否定していたシ・・・・」
「うううううう・・・・・」
冷静なリンの言葉に返す言葉も無くて、ヨロヨロとリンから離れたエドワードは、部屋の隅っこで両手をついて打ちひしがれてしまった。
「いや、そんなすみっこで泣かなくてモ・・・・」
確かに。確かに、リンの言う通りではあるのだ。
いつも好きだと告げるのは、エドワードの方で。
身体を繋ぐ関係ではあるけれど、それもどちらかというとエドワードが押し切ってロイは引きずられているだけと言えなくもない。
決してロイから望まれて、身体を繋いでいるわけではないのだ。
もしかして・・・・・俺って愛されてない?恋人同士だと思ってたのって、俺の一人よがり・・・だったりしちゃうわけ!?
「お〜〜〜い、エドワード?」
さすがに言い過ぎたかと思いながら、リンは部屋の片隅で悶々と悩み続けるエドワードに呼びかけるが、当の本人は呼ばれたのにも気がつかず一人の世界に入ってしまっている。
「何を一人で百面相しているんだカ・・・・」
一人顔をしかめたり、青くなってるエドワードに呆れながら、呼んでも無駄だと悟ったリンは改めてロイの部屋を見渡した。
目に映るのは男が一人で住んでいるにも関わらず、とても綺麗に整頓された部屋だった。
置いてあるものはシンプルではあるが、どことなく気品が漂っていて、それなりに高価なものだろうと容易に想像が出来た。
それでも、過度にインテリアが煩くなっていないのは、選んでくる本人の趣味の良さの表れなのだろう。
その中でふと、気になるものがリンの瞳に飛び込んでくる。
きちんと整頓されたサイドボードの上、あえて伏せられたフォトスタンド。
これだけ掃除が行き届いた部屋で、たった一つだけ倒れたフォトスタンドはあきらかに不自然だ。
となれば、この家の主があえて倒したものだと考えて間違いない。
(なんでだロ・・・・・)
気になってリンは立ち上がるが、立ち上がったところで背後から声をかけられ、その行動は中途半端に終る。
「待たせたな、夕食の準備が出来たぞ・・・・・・ん?何してるんだ?」
入り口からリビングの中をのぞいたロイは、部屋の隅で小さな身体を更に小さく丸めてるエドワードと、中途半端に立ち上がりかけたリンをみて首を傾げる。
「何でもな・・・・」
「大佐ッ!!やっぱり、大佐って、俺のこと愛してないの!?好きなのは俺だけなのッ!!?」
「はぁ?」
何でもないヨと言いかけたリンを遮って、突然立ち上がったエドワードは鬼気迫る様子でロイに詰め寄るが、脈絡もなく突然質問されたロイから返るのは意味が分からないといった返事で。
「突然何を馬鹿な事を言ってるんだ?」
どうやらエドワードは、一人で悶々と悩んでいるうちに、とんでもない方向に話を飛躍させてしまったらしいが、いままでの経過を知らないロイには冷たくあしらわれてしまった。
「ば・・・・・馬鹿って言われた・・・・・」
「なんだかよく分からないが、冷めないうちに夕食にしようじゃないか。さ、運ぶのを手伝ってくれたまえ」
ごーんと一人落ち込むエドワードを置き去りに、にこやかに笑ってロイは夕食の準備ができたことを告げる。
「わかった、手伝うヨ」
その様子を少々可哀相に思いながら、リンは夕飯を運ぶのを手伝うためロイの後へと続いた。



「で、そういう場合は、こう対処しろって教わったヨ」
「ふむ・・・なるほど、中々シンの兵法も面白いな・・・」
「そう、相手の裏をかくためには、4手も5手も先を読む。たとえその方法が通用しなかったにしても、対処できる方法をいくつも用意しておく。
一つでも多くの方法を用意しておけば、それだけ犠牲者を出す確立は減る。戦いに犠牲はつきものだけど、『民なくして、王はありえない』オレはそう思ってル」
握り締めた右手を見つめて、リンはキッパリと言った。
この自分の手で守れるものは、限られているのは分かっている。
すべてを守りきれるほど自分が強くないのも分かっている。
それでも自分を信じてついてきてくれる者たちがいる。
今は自分に出来る精一杯を、怠るつもりは無かった。
「・・・・・・・そうか」
決意を秘めた強い眼差しの中に同じ思いを感じたのか、ロイはリンを穏やかな瞳で見つめて小さく頷いた。
その優しいロイの眼差しを、エドワードは複雑な思いで見つめていた。
兵法について語り合うとは、夕飯の席には少々相応しく無い気もするが、二人はそんなことお構い無しに楽しそうだ。
出会ったばかりの二人がかもし出すにしては親密な空気に、ロイのせっかくの手料理も、エドワードは既に味わうどころではなくなってしまっている。
出来ることなら自分だって二人の会話に割り込みたいとは思っているのだが、いくら天才と誉れ高いエドワードとて歴とした軍人であるロイと渡り合えるほどの兵法の知識は持ち合わせていないのだ。
シンの皇族としてみっちりと兵法を叩き込まれたリンに、文献で読んだ知識程度の兵法しか知らないエドワードが敵うわがけない。
「しかし。さすが国軍大佐、兵法についても流石ダ」
「いや、君もその若さで良く学んでいると思うよ」
「どうかな?いっそのこと、オレとシンで本格的に皇帝の座を目指さないカ?」
「ブッ!!!」
どさくさに紛れて、プロポーズまがいの言葉を言い出すリンに、飲んでいた水をエドワードは盛大に吹き出す。
「きっと貴方となら、シンの皇帝の座も夢じゃない気がすル。二人で覇権を握ろウ!!」
隣で吹き出したエドワードを気にも留めず、いつもは閉じている目をしっかりと開いてリンは真剣な眼差してロイを見つめる。
さり気なくロイの両手を握りしめているあたりは、抜け目が無いとしか言いようが無い。
しかし、言われた当の本人はといえば、本気にしていないのか。
「それも面白そうだね」
とにっこりと笑うばかりだ。
「ほんとにそう思うカッ!?」
「思うわけねーだろッ!!」
ロイの両手を握り締めて迫るリンに、いい加減にしろとばかりにエドワードは立ち上がると、リンの手からロイを奪い取り渡さないとばかりに背後にロイを隠した。
「大佐にはこの国でトップに上り詰めるっていう、大胆にも腹黒い野望があるんだよッ!!シンになんか、行くわけねーだろッ!!」
「・・・・・・・・腹黒いって・・・・。それは酷いぞ鋼の・・・・・」
さりげなく暴言を吐くエドワードに、ロイは小声で抗議するが熱くなったエドワードには聞こえない。
「大体!!アルの身体を元に戻したら、大佐は俺が貰うことになってるんだ!お前の出る幕なんて無いから、引っ込んでろ!!」
「それは横暴というもダ!誰のお嫁になるかは彼が自分で決めることだロ?」
「やかましい!!大佐をサポートできるのは、俺だけなんだよ!!」
「そんなの、オレだってやってみなきゃ分からないだロッ!?」
そもそも、紛れも無く成人男性であるロイが「嫁」という時点でかなり間違っている気もするのだが、ギャーギャーと言い合いを続ける少年達は気にならないらしい。
やれやれと、ため息をついたロイは二人の言い争いを止めるべく口を開く。
「まあまあ、二人とも落ち着きたまえよ」
「「今、取り込み中だ(ダ)!!」」
ロイが口を挟んだ途端、争っていたのが嘘のように、ピッタリと同じ呼吸で返答をする二人にロイは思わず笑ってしまう。
反目しあっていても、案外二人はいいコンビなのかも知れない。
「まぁ、言い争いはそれぐらいにして。食事が終ったのなら私はコーヒーでも貰いたいのだが。悪いが鋼の、淹れてもらえないかね?」
「え?」
突然のロイの申し出に、エドワードは驚いたようにロイを見つめるが、やがて小さく頷いた。
「・・・・・分かったよ」
まだリンに対して言い足りないことは山とあるのだが、ロイからの申し出を断るわけにはいかない。
「俺はコーヒーを淹れに行ってくるけど!!大佐に変なことするんじゃねーぞ!!!」
そのまま出て行くかとおもいきや、クルリと振り返ってしっかりとリンに釘をさしてから、エドワードはリビングを出ていたった。
「やれやれ。騒々しくってすまないね」
エドワードの姿が見えなくなると、ロイは苦笑を浮かべてリンを見た。
「別に・・・。エドワードが騒々しいのはいつもの事ダ」
「そう・・・なのかい?」
別に珍しいことじゃないと言うリンに、ロイは小さく首を傾げた。
「・・・・・何か、オレはへんな事を言ったカ?」
「いや、鋼のもいつのまにか親しい友達を増やしていたんだなと思ってね」
一つの場所に留まらない旅暮らしのせいということもあるけれど。
国家錬金術師という少年が背負うには重い肩書きと、大人たちの中で生きていかねばならなかった状況で身についてしまった妙に老成してしてしまったエドワードの性格は、同い年のぐらいの少年達には近寄りがたいものがあるのか、エドワードに親しい友人と呼べる存在はいないと聞いていた。
しかし、いつの間にか騒々しいのはいつものことだと、言い切るぐらい同じ時間を過ごす友が出来ていたらしい。
共にいる時間が圧倒的に少ないのだから、相手の知らない面などいくらでもあるのだけれど。
だけどこうして相手の知らない面を知らされるのは、少しだけ寂しい。
微かに表情を曇らせるロイを、意外そうにリンは見つめる。
先ほどからの言動を見ていると、相手に惚れこんでいるのはエドワードばかりと思っていたが・・・。
「なあ、さっきの話。オレは冗談で言ったつもりはないんだけド?」
確信に近い思いを抱きつつ、リンはそうロイに告げた。
「ああ。一緒にシンにこないかという話か?申し訳ないが、遠慮させてもらうよ。私にはこの国でやらなければならない目的がある。それに・・・」
「それニ?」
「私は、既に鋼ののものなんでね」
リンに促されるまま、照れるわけでなくさらりと言い切ったロイに、リンの方がかえって驚いてしまう。
「どうかしたのかい?」
瞬きすら忘れてロイを凝視するリンに、爆弾発言をした張本人は何事も無かったかのように問いかける。
「いや・・・・・・・。ちょっと驚いただけだヨ・・・・・・」
どうやら自分は予想以上に大きい地雷を踏んでしまったらしいと、リンは遠い目で思う。
あてられるとは、正にこのことだ。
ここまであからさまに相思相愛ぶりを見せつけてられてしまっては、もはや冷やかしさえも無意味だ。
「ただ、そんなに相手のことを好きな割には、接する態度はあっさりしてるな・・・と思っテ」
せめてもの反撃にと、エドワードに対するそっけなさを責めてみても。
「ふふふ、恋人は甘やかさない主義なんだ」
鋼のにはもっといい男になってほしいからなと、ロイはクスリと人の悪い笑みを浮かべるばかりだ。
「・・・・・・・・・・」
返す言葉も無くリンはがくりと項垂れた。
本人に自覚は無いのだろうが、エドワードはなんて楽しい恋をさせてもらっているのだろう。
恋愛の楽しさを余すところ無く楽しませてもらっておいて、しかもその相手を完全に手に入れいるなんて、羨ましすぎる話ではないか。
心の底からリンがエドワードを羨ましがっていると、不意にドアが開き、コーヒーを淹れに行っていたエドワードが戻ってくる。
「大佐、コーヒー淹れてやったぞ」
「ああ、ありがとう」
口では偉そうに言いながらも、エドワードはそっとロイの前にコーヒーカップを差し出す。
「ほら、仕方ないからお前の分も入れてやったぞ」
対してリンにはぞんざいな扱いで、コーヒーカップを置く。
あまりにはっきりとした態度の違いに、リンは苦笑いを浮かべるしかない。
無理矢理ついてきたことを、エドワードはまだ根に持っているのだろうか。
このうえなく上等な恋人を手に入れておいて、少しぐらい邪魔が入った事ぐらいなんだというのだ。
再び面白くない思いがわいてきて、リンはせめてもの仕返しを思いつく。
「いや。せっかく淹れてもらったところを悪いけど、オレはそろそろ戻るヨ」
「ホントか!?」
リンの言葉にパッと顔を輝かせるエドワードに、今に見てろとリンは心の中で舌を出す。
「今日は本当にありがとウ。こんなにうまいメシを食べたのは久しぶりだっタ」
ロイの前まで進み出たリンは、優雅に礼をしてみせる。
「いや、たいした物が出せなくてすまなかったな。良ければまた遊びに来ればいい」
「このお礼はいつか必ズ」
そう言って顔を上げたリンは、不意にロイの腕を取ると自分の方へと引き寄せ・・・。
近づいたロイの頬に、そっと口付けた。
「あ゛ーーーーーーーーッ!!!」
後ろで絶叫するエドワードを無視して、リンはきょとんと自分を見つめるロイに不敵に笑ってみせた。
「オレはシンの皇帝になる男ダ。欲しいものは必ず手に入れて見せるヨ」
それは、いつかエドワードから貴方を奪い取って見せるという、大胆不敵な宣戦布告。
パチパチと目を瞬いていたロイも、リンの言葉にふと笑を浮かべる。
「面白い。やってみればいい」
「ふざけんなーッ!!欲しいものを手に入れる前に俺が今すぐお前の息の根を止めてやるーーーーー!!!」
頬とはいえ他の男に触れさせてしまった悔しさに、怒りを瞳に滾らせてエドワードが吠える。
いつの間に錬成をしたのやら、既に機械鎧を鋭い刃に変えてリンへと飛び掛る。
「鋼のッ!!私の家の中で暴れるな!!」
「悪いけど大佐、こいつだけはぜってーここで殺さなければ俺の気が治まらない!!」
「冗談。お礼しただけで殺されちゃたまらないヨ」
飛び掛ってくるエドワードをヒラリとかわし、リンは一目散に部屋からの脱出を図る。
あれのどこが礼なんだ!!とかなんとか、騒ぐエドワードの声を背後に聞きながら、リンはさっさとロイの自宅から飛び出した。
自慢じゃないが逃げ足ならば、誰にも負けない自信がある。
ある程度走ったところで、リンはエドワードが追ってこないのを確認すると足を止める。
「まったく、エドワードは心が狭い・・・たったアレぐらいのことであんなに怒っテ」
呟きながら、怒り狂っていたエドワードの姿を思い出してリンはクスクスと笑う。
あの人の心は完全に手に入れているのだから、あれぐらいでは嫌がらせにもならないというのに。
そうとは知らないエドワードは、必死にロイを渡さないようにとしているのだ。
「そういえば・・・」
一つ確認するのを忘れてしまったけれど。
あの一つだけ倒れたフォトスタンドに、飾られていたのは誰だったのだろう。
(多分、エドワード・・・なんだろうナ・・・)
そう思って、リンはがっくりと項垂れた。
あああ、せっかく初めて手に入れたいと思う人に出会えたのに。
既にその人には、決まった相手がいるなんて。
「くっそー、でも負けないからナーーーッ!!」
それでも、このまま黙って手を引くのは面白くない。
例え分の悪い勝負でも。
諦めなければきっと、逆転のチャンスはあるはずだ。
もともと、困難なものに挑むのにはなれている。
そうでなければ、シンの皇帝になろうなんて途方も無い夢は抱かない。
今に見てろと再びエドワードへの闘志を燃やしながら、リンは次はどんな作戦でロイに迫ろうか、早速考え始めるのだった。



END

こちらは元々日記で書いていたリンロイもどき小説に、加筆修正をして拍手のお礼用として使っていたものです。
エドロイ前提のリンロイを書き始めたはずなのに、気がつけばリンロイの面影ないし・・・(^▽^;)
ただのエドロイで終るのであった(ノ_-;)ハア…
大佐も大人なんだから、いつもエドに振り回されてるわけじゃないのよーという、私にしては珍しいタイプ大佐を書きたかったのですが。
どうでしょう?いつもと変わらなかったかな・・・?
小悪魔な大佐は難しいね・・・(゜-Å)