キッチンには甘い香りが満遍なく漂っていた。
その中心でボウルに入った生クリームを泡立てながら、ロイは先ほどから鬱陶しいまでに熱い視線を投げかけてくる青年の名を呼んだ。
「・・・・・・・鋼の」
可愛らしいピンクのエプロンを纏ったその姿にはまるで不釣合いな、不機嫌そのものの声にも、呼ばれたエドワードのほうはなんら動じる様子が無い。
キッチンに置かれたテーブルに頬杖をつきながら、ニコニコとこれ以上ないほど上機嫌でロイを見つめていた。
もしも人の目で、その人物の纏うオーラが見えたなら。
エドワードからは、さぞかし沢山のハートマークが飛びだして見えることだろう。
「鋼のッ!!」
呼んでも一向に返事をしようとしないエドワードに焦れて、ついにロイの方が大声を上げてその二つ名を呼ぶ。
「え!?なにロイ?」
「何じゃないぞ!!そこでのんびりと見ている暇があったら、ちょっとは手伝おうとか思わないのかね?」
ギロリと睨まれても、ピンクのエプロンを身に纏った姿では可愛い以外の何物でもなく、いつも仕事で見せているような迫力は欠片も無い姿は、
エドワードをより上機嫌にするだけの効果しかもたらさなかった。
それでも手伝えと言われた以上、手伝う気はあるらしくエドワードは、素直にテーブルから立ち上がるとロイの隣へと立つ。
「手伝うのは構わないけどさ・・・。あのさぁ・・・ロイ。いい加減その『鋼の』って呼び方何とかならない?」
苦笑と共にロイに言えば、ロイは困ったようにうっと言葉に詰まる。
「・・・・・・だって、鋼のは、鋼のだろう・・・」
「確かに、二つ名が変わる事は無いけどさ・・・、俺もう鋼じゃないんだけど?」
そういってエドワードがロイに見せる右手は、エドワードの言うとおり冷たい鋼の腕ではなく、生身の、血の通った人間の腕だった。
エドワードとその弟アルフォンスが、賢者の石という伝説とも言われたその真理にたどり着いて、早2年の月日が流れている。
無事に身体を取り戻したエドワードとアルフォンスではあるが、何よりもロイを驚かせたのは。
生身の右手と左足を手に入れてからのエドワードの、驚異的なまでの成長だった。

身体の割りに重い機械鎧が成長を妨げているのかもというドミニクの見立てに間違いはなかったらしく、機械鎧をはずしてからと言うもの、
エドワードの身長はグングンと伸び始め、今ではロイより頭一つ分大きかったりする。
「しかし・・・すっかり、鋼ので呼びなれてしまってるからなぁ・・・」
今更違う名では呼びにくいと言いながら、ロイは自分が泡立てていたクリームの入ったボウルをエドワードに渡す。
本当は単にエドワードと呼ぶのが照れくさいだけなのだが、そんな事を言えば、エドワードが調子に乗るのは目に見えているので、取り敢えずは黙っておく。
「ちぇ・・・」
残念そうに言いながらも、ロイからボウルを受け取ったエドワードは、これを泡立てればいいんだよな?と確認しながら、ロイの指示にしたがってクリームをかき回していく。
「ああ、あんまり固くなるまで混ぜなくていいぞ」
エドワードの手元を見ながら、ロイが細かく指示をだす。
何しろ繊細な作業とは程遠い所にいるエドワードに任せていては、せっかくのクリームも固くなるぐらいならばまだ良いが、普通に分離するところまでかき回されそうだから笑えない。
「え?そういうもんなの?こんなもんでいいかなぁ・・・」
ロイの指示にエドワードは慌てて手を止めた。
「こら、指を突っ込むんじゃない!」
クリームの中に指を入れて固さを確かめるエドワードの行儀の悪さに、ロイが注意する間もなく、エドワードは自分の指についたクリームペロリと舐めている。
「ん。んまい」
「・・・・どうして、そう君は行儀が悪いんだ・・・」
呆れるロイに構わず、エドワードは再びボウルに指を入れると、クリームをすくってロイへと差し出す。
「だって、ホントにこれ美味いって。ロイも舐めてみて?」
屈託なく指を差し出すエドワードに、自分の作ったものを美味しいと褒められた嬉しさも手伝って、ロイはつい素直に従ってしまう。
薄く唇を開いて、ロイはエドワードの指についたクリームを舐め取っていく。
その赤い舌が指に絡みつく様は、見るものにどんな効果を与えているかなど、ロイは考えもしないのだろう。
「ん・・・・確かに」
エドワードの指についたクリームを舐め終わったロイは、満足げに頷く。
クリームは、エドワードの言う通りほど良い甘さで、甘いものがあまり得意でないロイでも十分に美味しいと思える出来だった。
「これなら、美味しいお菓子が出来そうだな・・・って、鋼の?」
ロイに差し出した手をそのままに、不自然に黙り込んでしまったエドワードをロイは不思議そうに見上げる。
「・・・・・って言うか、あんたも美味しそう・・・・」
「・・・・・・・・・・・・は?」
ボソリと告げられた不審な言葉に、ロイは聞き違いであって欲しいと切に祈りつつ問い返す。
「つーかッ!どうしてあんたはそんなに仕草が誘ってるんだーッ!!」
「うわッ!?ちょ・・・ちょっと待て!!そもそも、クリームを舐めてみろと言ったのは君で・・・・ッ!」

ボールをキッチンに置き、突然抱きついてくるエドワードに、ロイは慌てて押し返そうと両腕に力を込める。
が、元々純粋な力比べでは分の悪かったロイに、身長でも負けた今、エドワードを押し返すことなど出来るはずも無い。
突っぱねる両腕ごと、しっかりと抱きとめられて身動き出来なくなる。
「ホント・・・あんたって、色っぽすぎ・・・」
耳元で熱く囁かれれば、エドワードに散々抱かれてきた身体が勝手に反応を返してしまう。
ビクリと身体をすくませたロイに、エドワードはクスリと笑いを漏らす。
「ダメだ・・・鋼の。まだ、料理の途中なのに・・・」
ふるふると首を振る可愛らしい仕草が、またエドワードの熱を煽る。
「だって・・・いま作ってくれてるのだって、俺の為のバレンタインデーのチョコだろう?後でちゃんと俺も手伝うからさ。先にあんたを、俺に頂戴?」
真剣に言い募るエドワードに、ロイはがっくりとため息をつく。
こんなに我が侭を言われていると言うのに。
それでも全く嫌な気がしないのは、完全に自分もエドワードに骨抜きにされてしまっているからだろう。
「・・・・・・ロイ?」
大きくため息をついたロイをどう思ったのか、不安げに自分を見つめる黄金の眼差しにロイは小さく笑う。
身体ばかり大きくなっても、こうやってロイの機嫌を伺う姿は、少年だったあの頃とちっとも変わっていない。
「本当に鋼の、君の我が侭は昔から変わらないな」
「だって・・・・それは・・・」
「私はまだ君の為のチョコを作らねばならないのだから、程々にだぞ!」
エドワードの言葉を遮って、ロイが許しの言葉を呟けば、エドワードは嬉しそうに顔を輝かす。
「うんうん。約束する!」
「それと。私はこんなところで、抱かれるつもりは無いぞ。ちゃんとベットにぐらい連れて行ってくれたまえよ」
つんと偉そうに言って言ってやっても、エドワードには可愛い我が侭ぐらいにしか映らないようで。
「りょ〜かいっと」
言葉と共に、軽々とロイの身体を抱き上げる。
その満面の笑みを見つめて、やっぱり今日はこ以上のチョコレート作りは無理かも知れないとロイは小さくため息をつくのだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・HAPPY END?



・・・・・・・・超無理矢理、バレンタイン企画でした(笑)
しかも、今回中原初!!大豆仕様!!にしてみたり。
エドは小っさいのが、私の萌えなんですけど、たまに大豆が書きたくなるのです。
しかし、大急ぎで書いてしまったので、なんだかよく分からないものを書いてしまったような気が、ふつふつと。
(いつにもましての)お目汚し、失礼しました〜(−−;