「は〜食った食った!」
優に3人分はあろうかという皿をテーブルに重ねて、エドワードは満足げに腹を叩いた。
「・・・・・いったいその身体のどこに、そんなに食べ物が入るのだか・・・。本当に何度見ても不思議な光景だな・・・」」
己より一回りもニ回りも小さい身体に、いっそ手品か魔法かと言う勢いで消えていった食べ物を思い出して、ロイは呆れたように言った。
食欲旺盛な年頃だと言うのは分かっているが、それでもエドワードの食べる量はロイの予想をいつも遥かに上回っていて。
自分が15歳ぐらいの時を思い返しても、いくらなんでもここまでは食べていなかったぞと言い切れるぐらい、エドワードの食欲は凄い。
「んー、でも大佐の作るメシってうまいからさ、いくらでも入るんだよね」
「そんなにおだてても、何も出ないぞ鋼の」
「違うって、本気で褒めてるの!!」
せっかく褒めているのに、クスクスと穏やかに笑って、まるで本気にとってくれない大人に焦れてエドワードは強く言い切る。
雨の日は無能だの、サボり魔だの部下達の間で散々に言われているロイが、ここまで料理が得意だったことはエドワードにとって本当に驚きだった。
初めて手料理をご馳走になると言う話になったときは、こっそりとよく効く胃薬を持参したのは、今となってはエドワードの胸に永遠にしまわれた秘密である。
あれからロイは、エドワードたちがイーストシティに戻ると、こうして自宅で手料理を振舞ってくれている。
なんでもロイが言うには、エドワードがイーストシティに報告に戻るとき、いつも痩せて戻ってくるから、見るに見かねてだと言う。
エドワード自身そう意識したことは無いが、旅先ではどうしても食事が不規則になったり、時には食事を取る時間も無いぐらい調べものに没頭してしまう時もあるので、
確かにロイの言うことには説得力があった。
でもだからって、ここまで親切にする必要はあるのだろうか?とは、もう何度もエドワードの中で繰り返された疑問だ。
一度その疑問をロイにぶつけたとき「せっかく私が自ら見つけてきた私の駒だからな。栄養失調で使い物にならんではこまるからな」と言って笑ったが。
それがロイの本心でないことは、エドワードも薄々気がついている。
ロイの言葉を額面どおり受け取るのであれば、何もロイ自ら忙しい仕事の合い間をぬってエドワードに手料理を振舞わなくても、
お金さえ出せばバランスのバッチリ取れた食事を出してくれる場所はいくらでもある。
それをあえて、自ら行うロイにはいったいどういう思惑があるのだろう。
――――――なぁ、これって少しは期待していいってこと?
エドワードは自分の正面に座るロイを見ながら、心の中で問いかける。
ロイに対するこの思いが、恋心だとエドワードは既に自覚している。
自分はこの目の前に座る、男にしてはいやに整った容姿をもつ男に恋をしているのだ。
「どうした、鋼の?そんなにむきになることでもあるまい?」
しかしロイはエドワードの思いに気づくことは無く、両手を組んだ手の上に顎をのせて笑うばかりだ。
そんな仕草にさえ、どきりとしてしまうのだから、自分は相当末期に違いないとエドワードは己を笑うしかない。
黙りこくってしまったエドワードをどう思ったのか、ロイは不意に立ち上がった。
「そうだ鋼の。今日は美味しいと評判のりんごを貰っていたのだ。せっかくだ。一つ私が剥いてやろう」
そう言って立ち上がったロイは、ソファーに置きっぱなしになっていた紙袋をごそごそとあさり、真っ赤なりんごを一つ取り出した。
「どうだ?美味しそうだろう?」
にこやかに笑いながらロイは、ついでにりんごをむくためのナイフも用意し、再びエドワードが座るテーブルへと戻ってくる。
それだけでふわりと甘い香りが、エドワードの鼻孔をくすぐる。
「ホント。においだけでも美味しそう・・・」
「・・・・においだけって。動物かね、君は・・・」
においだけでその物体の味を評価するエドワードに、動物じみた習性を感じてロイはクスリと笑う。
「ほっとけ!それでも、この嗅覚が役立つ時だってあるからいいんだよ!」
「確かに。ザバイバル生活には便利そうだな」
エドワードを馬鹿にしているのか、褒めているのか微妙な発言をしながらロイは器用にするするとりんごの皮をむいていく。
その鮮やかな手つきに、エドワードはふと昔自分の為にりんごをむいてくれた母を思い出す。
ロイの手は男としては細い方だが、決して女性のように柔らかいわけでもないのに。
だがエドワードは意識するよりも前に、言葉を口に出していた。
「なんか、そうしてるとさ・・・・」
「ん?」
「あんたって、母親みてぇ・・・」
「はぁ!?・・・・ツッ!!」
エドワードの発言は、全くもってロイには予想外だったに違いない。
先ほどまであれほど器用にりんごをむいていた手を滑らせ、ロイは右手の親指を切ってしまった。
「おい!何やってんだよ!!」
「鋼のが、突然変なことを言うからだろう!!」
驚いてつい大声になってしまったエドワードに、ロイもとっさに大声で返す。
が、そうこうしているうちにもロイの白い指からは、みるみる血が溢れてくる。
「大丈夫かよ?もしかして、結構深く切ったんじゃねぇの?」
慌ててロイに近寄ったエドワードは、ロイの手を取り傷口を見つめる。
「だ・・・大丈夫だ、これぐらい・・・」
「ん〜、舐めときゃ平気かな?」
そう言うが早いか、エドワードはパクリとロイの指を銜えてしまった。
途端エドワードの口内に、覚えのある血の味が広がる。
「は・・・・鋼のッ!?」
突然暖かい口腔に包まれて、ロイは驚きの声を上げる。
とっさに手を引こうとしても、がっしりとエドワードに捕まれた手はびくともしない。
「・・・・・・・んッ!」
傷口を丹念に舐められて、そのぴりぴりとした感覚にロイの口から意識せずに声が漏れる。
これはただの消毒だと分かっているのに、指先を這う舌の感触に、背筋をゾクリとした感覚が駆け抜ける。
「・・・・は・・・・鋼のッ!!」
このままでは洒落にならない事態になりそうだと、ロイは慌てて我ながら何処にこんな力があったのだと感心するぐらいの渾身の力で、エドワードを引き剥がした。
「・・・・・何?突然どうしたんだよ?」
いきなり引き剥がされて、驚いて顔を上げれば頬を上気させたロイの姿がエドワードの瞳に映る。
「・・・・・・大佐?」
思わぬ反応にエドワードが訝しげな声をかけると、ロイはハッと我に返り声を荒げる。
「き・・・君は一体何をしてるんだね!!」
「何って、消毒?」
いきなり手を舐めるなんて、恋人同士でもないのに随分大胆な真似をしてしまったという自覚はあるが、いまさらここで動揺を見せるわけにもいかず、
必死に自分に落ち着け落ち着けと言い聞かせて、エドワードは冷静を装って言葉を返す。
「消毒というのは、普通は薬ですればいいんだ!そ・・・それを舐めるなんて・・・」
いつも冷静なロイらしくも無く、はっきりとロイは動揺していた。
「ともかく、この傷は自分で治療する!もう放っておいてくれたまえ!!」
そう言うが早いかロイは右手を押さえたまま、そそくさと出て行ってしまった。
「あ・・・・・・」
止める暇もなく、出て行かれてしまってエドワードの口から思わず間抜けな声が漏れる。
「ちぇ〜・・・」
今更追いかけることも出来なくて、エドワードは諦めたようにドサリと椅子に腰を下ろす。
しかし、それにしても自分はなんと大胆な真似をしてしまったのだろう。
不意に口に含んだロイの指の感触を思い出して、エドワードの血液が沸騰する。
(やべぇ・・・今頃緊張してきた・・・・・)
赤くなってしまった顔を抑えて、エドワードは途方に暮れる。
ロイが指の治療を終えて戻ってきたとき、自分は一体どんな顔をすればいいのだ。
ロイの指から溢れた血は、確かに鉄の味がしたにも関わらずどこか甘く感じられて。
(あー。もう本気で俺ダメかも・・・・)
いかに自分がロイに惚れているかを思い知らされて、エドワードは一人途方に暮れるのだった。
(全く・・・鋼のめ。突然なんてことをするんだ)
一方エドワードから逃げるように、リビングを出てきたロイは自室で救急箱を探しながら、心の中でエドワードをなじっていた。
あんな不意打ちで仕掛けてくるなんて、ずるいではないか。
危うく、自分の感情を吐露してしまうとこだった。
救急箱を探す手を止めて、ロイはじっと自分の指を見つめる。
ナイフで傷つけた指は、既に血は止まっていてうっすらと筋を残すばかりだ。
(この傷を、鋼のが・・・・・)
不意にエドワードの舌の感触を思い出して、ロイはブルブルと首を振る。
エドワードがとっさにこの指を舐めたのも、治療の為だと言い聞かせる。
(きっと私でなくても、鋼のは同じことをしているに違いないのだ)
そう思うと、チクリとロイの胸が痛んだ。
軍に無理矢理引き入れてしまった自分を、エドワードが決して快く思ってないのは知っている。
それでも、最近では誘えば自宅に来てくれるようになっただけでも、随分と進歩したものだと思っている。
この街にエドワードが戻ってきたとき、ほんのひとときでも一緒に過ごせればそれで満足だと思っていたのに・・・。
一緒に過ごす時間を手に入れたら、ますます欲張りになっていく自分をロイは自覚していた。
(あまり煽ってくれるな、鋼の・・・)
これ以上自分の気持ちを持っていかないでくれと。
一回り以上年下の少年に抱くには、些か情けない思いを抱えながら、さてどんな顔でエドワードの下へ戻ればよいのかと、ロイは自室で途方に暮れるのだった。
END
こちらは管理人がリアルに包丁で手を切ったときに、エドロイだったらこんな感じかなーと
妄想していた話しです。
いやだって、傷の割には血がいっぱい出て取り敢えず現実逃避したかったんだもん...( = =) トオイメ
・・・・・馬鹿ですみません。
でも、指を舐めるってなんとなくHっぽく無いですか?
あ、因みに今回の二人は、できてない二人です。
・・・・・思いっきり両思いではあるのですけど(笑)
