「大佐〜」
背後から聞き覚えのある声に呼び止められて、ロイは司令部の階段を上っていたその足を止めた。
振り返れば、予想通りの姿がぶんぶんと元気に手を振りながら駆け寄ってくる。
まったく・・・子供というのは、どうしてああも無駄に元気なんだろう・・・そう年寄りじみた事を思いながら、ロイはその少年の銘を呼ぶ。
「鋼の・・・戻ってきていたのか」
「よぉ、大佐、久しぶり」
よほど急いできたのだろう、エドワードの息は完全に上がっている。
いったいこの少年は何をそんなに急いでいるのか。
そんな疑問が過るが、それでもロイの前にたどり着いた途端破顔するエドワードに、ロイもつられる様に笑う。
この少年とこんなに穏やかに笑いあえるようになったのは、いつからだろう。
エドワードが国家錬金術師としての資格を取ったばかりの頃は、誰もに犬猿の仲といわれるほど二人の関係はぎすぎすとしたものだったのに。
それはエドワードの方が一方的にロイに突っかかってくるから、ロイは適当に受け流しているというだけではあったけれども。
誰の目から見てもあきらかにエドワードはロイを嫌っている、それだけは明確な事実として存在していた。
顔をあわせれば噛み付いてくるエドワードに、もはや自分の何がそこまで彼に嫌われているのか、皆目検討もつかなかったロイだが
それでもこちらの方が大人である以上、ある程度譲歩をしてやるのはこちらだといい聞かせ、エドワードの賢者の石の情報集めに協力してやったり、
時にはお茶にまで誘ってやったりもしたものだ。
その努力を清々しいほど片っ端から打ち砕いていくエドワードに、さすがのロイもさじを投げ始めた頃。
おそらくこのまま行けば、二人の関係は最悪なまま終ったであろうぎりぎりのところで、突然転機は訪れたのだ。
あれは・・・今からどれぐらい前の話しになるのだろう。
明確な日付としてロイは覚えてはいないが、少なくとも一年以上前の話であるのは間違いない。
その日少年はいつもと違う様子で、ロイの執務室へ訪れた。
どこからみても憔悴しきった身体に、途方に暮れましたとでかでかと顔に書いてあるエドワードにただならぬ気配を感じて、
一体何をやらかして帰ってきたのだと、ロイが恐る恐るたずねてみれば。
少年は困ったように首を傾げるだけで、中々その理由を話そうとしない。
これはいよいよ自分の出世に関わる一大事をしでかしてくれたんじゃないかと、ロイが青ざめ始めたとき。
少年は本当になんともいえない表情で言ったのだ。

「俺、どうやらあんたのことが好きみたい」と。

その時のロイの顔といったら、本来は初めて本気で好きになった人間に必死の思いで告白を果たし、真っ赤になるべきであろう姿が正しいであろうエドワードが、
思わず脱力するほどの間抜けな顔をしいてたという。
だがそれはそうだろう。
どこから見ても、自分の事を嫌っていると信じて疑わなかった相手から、突然の告白を受ければ誰だって動揺して当たり前だ。
ロイにしてみれば、エドワードの抱いていた想いは青天の霹靂としかいいようがなかった。
それで?あんたは俺のことどう思っているのと、気を取り直したエドワードに聞かれても「どうして・・・・君はそう極端なんだと」ロイが頭を抱えても仕方のないことだ。
恋愛とは徐々にステップアップして、最終的に気持ちを通わせるのが当たり前のロイにとって、一足飛びで嫌いから好きに飛んでくるエドワードが理解出来なかったのだ。
ましてロイからみればエドワードは、自分が見つけてきた手駒の一つでしかなくて。
国家錬金術師に推薦したからには、成人するまで後見人の役目を果たすのが自分の務めだろうとぐらいにしか思っていなかった。
それが気がつけば、なにやら自分たちは世間一般で言うところの、恋人と称してもおかしくないところまで発展しているのだから、世の中は不思議がいっぱいとしか言いようがない。
ロイとて錬金術師である以上、理屈の通らない非科学的なことは信じない性質なのだが・・・。
エドワードと自分の関係は、まさに不思議としかいいようが無かった。
世の中すべて理屈が通るわけではないということを、まさか自分が身をもってそんな事を知る羽目になるとは、エドワードを見つけたときには予想もしてなかった。
それでも。
自分の気持ちに気がついた途端、今までの邪険な扱いはどこへやら熱烈にアタックしてくるエドワードを、一度たりとも不快だと思ったことはなかったのだから、
案外自分も最初から彼のことは気にいっていたのかもしれない。

だからほら、今日の思いがけない再会に自分の心はこんなにも弾んでいる。
まぁ、大人としてのプライドがある以上、そう簡単にこの気持ちを伝えてやったりはしないけれど。
内心の嬉しい気持ちをポーカーフェイスの下に隠したロイと違って、自分の気持ちに素直なエドワードは、
司令部を訪れた途端ロイに会えたことを喜んでいようで、口調も自然に弾んだものになっている。
「でも・・・珍しいね、大佐が外にいるなんてさ」
「ああ・・・・今日は市街の視察の日でね・・・、丁度今戻ってきたところなんだ」
「視察って・・・・護衛もなしでか?」
視察といえばいつもならば、ホークアイかハボック辺りが付き添っているはずなのにとエドワードは首を傾げる。
「護衛のものとは、さっき入り口で別れてきたよ。3人もあんなゴツイのに張り付かれてたらうっとおしくてかなわん。おかけで視察も物々しいったらなかったぞ」
だからさっさと別れてきたんだと、ロイは疲れたようにため息を落とす。
「まぁ・・・・でも、用心に越したことはないし・・・・・」
あんたって一人で放っておけないじゃん、とはさすがにいえずエドワードは言葉を濁す。
しかし自分の考えに賛同してもらえなかったロイとしては、いたく不満らしくむっとした顔でエドワードを見下ろす。
「なんだ・・・・鋼のまで、そういうことを言うのか」
「俺まで・・・って、他に誰が言うんだよ?」
大方そんなことをいう人物には一人しか心当たりがないけど、取り敢えずエドワードはたずねてみる。
「ホークアイ中尉だ」
ああやっぱり。
自分の予想通りの名に、エドワードは小さく苦笑を漏らす。
あの美貌の副官は、どうも上司に対して過保護すぎるきらいがある。
それもすべてはロイの身を案じてのことだと、わかってはいるけれども。
勿論ホークアイとて、ロイが護衛をつけなければならないほど弱くないのはわかってる。
仮にも国軍大佐の肩書きを持つロイだ。
射撃の腕だって確かだし、体術だってこの身体にはしっかりと叩き込まれている。
それよりなによりも、ロイには自由自在に操れる焔がある。
普通に考えれば、護衛など全く必要ない。
それでも放って置けないと思うのは、ロイの性格ゆえだろうか。
この一見冷徹に見える上司は、根底にもつものは誰よりも優しい。
時折自分の命を顧みない決断を平気でくだしてくれるので、部下としては危なっかしくて目を離せないのだ。
そんな部下の気苦労に多分気がついていないであろうロイは、私だって自分の身ぐらい自分で守れるぞとブツブツ文句を言っている。
「そういえば・・・、鋼のは今日は一体どうしたんだ?何やら随分と急いで戻ってきたようだが・・・?」
一通り文句を言って満足したのか、ロイはそういえばというようにエドワードに問いかけた。
すっかり話しが逸れてしまったが、ロイにしてみればエドワードが突然やってきた理由が全く分からない。
ここしばらくエドワードが大きな問題を起こしたというような報告も聞いてないし、いったい何があったというのか。
ロイの疑問を浮かべた表情に、エドワードは少しだけ照れたように笑いながら、逆にロイに問いかけた。
「今日は特別な日だから・・・さ。・・・大佐は何の日か覚えて無いの?」
「特別な日?」
期待に満ちたエドワードの眼差しを受けて、ロイはしばし考え込む。
特別な日・・・と言えば、まず思い浮かんでくるのは誕生日という言葉だが・・・、ロイの記憶の中には今日が誕生日という条件に合致するものは誰も思い浮かんでこない。
ならば何かの記念日かと思うが・・・やっぱり思い浮かんでくるものは何一つ無い。
「・・・・・・・・やっぱり覚えてないか・・・」
あきらかにがっかりしたように呟くエドワードに、ロイは少しだけ慌ててしまう。
わざわざ旅から戻ってくるほどの、『特別な日』。
これだけエドワードが大切に思っている日ならば、きっとエドワードにとってはとても重要な日なのだろう。
一体何の日だったか・・・と、雲ひとつ無い青空を見つめながらロイは真剣に思い出そうと取り組むが、やはりどんなに記憶を探っても、
今日という日に該当するような出来事は何一つ思い出せなかった。
「・・・・・・・・すまない、鋼の。やはり私には今日が何の日なのか思いあたることがない」
「そっか・・・・」
あまり見ることのないロイのすまなそう顔と、聞いたことのないロイの謝罪を聞いて、エドワードはそれほどがっかりした様子もなく頷いた。
「それで鋼の・・・。今日は一体何の日だったんだ?」
「・・・・・・・聞きたい?」
「鋼のがわざわざイーストシティに戻ってくるほどの大切な日なんだ、是非聞かせてもらいたいね」
ロイの言葉に満足そうな笑みを浮かべて、エドワードは誇らしげに言う。
「今日はね、一年前はじめて大佐が俺に好きだっていってくれた日」
それはそれれは幸せそうに、エドワードは一言一言をかみ締めるようにそう答えた。
一年前のロイの様子でも思い出したのか、ロイの目に映るエドワードは限りなく幸せそうだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
周囲にハートマークを散らしてそうなエドワードとは違い、ロイは思わず聞き返す。
自分を散々悩ませた問題の回答にしては、これはあんまりではないだろうか。
思わず聞き違いでありますようにと、ロイが願ってしまったとしても、それは誰にも責められないだろう。
「だからぁ、一年前大佐が初めて俺に好きだって意思表示してくれた日だってば」
ロイの祈り虚しく、エドワードは再び同じ事を繰り返す。

「・・・・・・・・・鋼の・・・・それは、特別な日というのか?」
もはやそんな出来事はエドワードに言われるまで記憶の彼方だったロイは、エドワードの考え方が理解できない。
そうか・・・この子供に好きだと言われてからは随分たつような気もするが、自分が初めてそれに答えたのは一年前の今日だったのか・・・。
あれから一年・・・月日のたつのは早いものだと、思わず感慨深くなってしまう。
「あったりまえだろ!好きな人から初めて告白されて、嬉しくない人間なんているかっての!!」
「わ・・・・分かったから、取り敢えず落ち着きなさい」
なんであんたはこの気持ちが分からないんだと怒り出されても、相手の感情に振り回されて一喜一憂する恋愛なんて、とっくの昔に卒業してしまったロイには理解できないことなのだ。
「当然他にもあるんだぜ?大佐と初めてデートした日とか、初めてキスした日とか・・・・、初めて抱いた日とか?」
慌てるロイをみて調子に乗ったエドワードが、更にとんでもない事を言い出しす。
「ば・・・馬鹿者!!昼間からこんな場所でなんて事言い出すんだ!君は!!」
声を潜めてニヤリと人の悪い笑みを浮かべるエドワードに、ロイは思わず怒鳴る。
しかし赤くなってしまった顔は、隠しようがない。
「馬鹿ってなんだよ・・・。好きな人との思い出を特別って思うのは悪いことなわけ?」
「う・・・・。そ、そんなことは言ってないが・・・・」
真剣に見つめてくるエドワードに、ロイは思わず圧倒されて口ごもる。
「そんなわけで大佐、俺、せっかく戻ってきたんだからさ、二人でお祝いしようよ」
「うう・・・わざわざ祝う程の事ではないような気がするが・・・・」
「まだ言うか。・・・・・・大佐がどう思ってても、俺にとっては大切な大切な日なの。ね?せっかくだから付き合ってよ?」
じっと自分を見上げる黄金の眼差し。
実はこれにとても弱いロイに、エドワードを拒絶できるはずもなく。
「・・・・・・・・・分かった」
結局はエドワードの求めるまま、承諾の意を示してしまう。
「やったね」
素直に喜ぶエドワードに、ロイはまぁいいかと思う。
色々もったいぶってみたところで、ロイとてエドワードと共に過ごす時間が楽しいのは誤魔化しようもない事実なのだから。
「ところで鋼の。祝うって、一体何をする気なんだ?」
既に共に過ごす事を了解してしまってから聞いても、仕方ない気はするが。
取り敢えず気になってしまったので、ロイはエドワードに問いかけた。
「もちろん、大佐ご馳走作ってくれるでしょ?」
「・・・・・・そういうのは、普通祝いたいヤツが用意するものなんじゃないか?」
あっけらかんとロイの手料理をねだってくるエドワードに、ロイはあきれるしかない。
「んーまぁ・・・・そりゃそうなんだけどさぁ・・・。俺としてはせっかくの特別な日だし、誰かが作ったもんじゃなくて、大佐の手作り料理で祝えたらなぁ・・・とか。・・・・・・ダメ?」
姑息にも押してだめなら引いてみろという手法を身につけてきたらしい子供に、ロイは小さくため息を落とした。
自分でもエドワードに対して甘すぎるという意識は当然あるのだが。
「・・・・・・・・・仕方ないな・・・・」
そこまで望まれてしまっては、ロイとて断わりずらい。
大人は子供と動物には弱いのだ、とは本人を目の前にして言えはしないけれども。
「その代わり。今日は私の仕事を手伝いたまえよ、鋼の。そうでもしなければ、とても料理なんてしてる時間は取れないからな」
「おう。それぐらいお安い御用だぜ」
ロイの言葉にエドワードは二つ返事で頷いた。
「そうと決まれば、早速行こうぜ。仕事終ったら、俺ケーキ買いに行きたいし」
話しは決まったとばかりにエドワードはロイを追い越して、階段を上がり始める。
その背中は完全に浮かれていて、ロイは思わず笑ってしまう。
子供とは本当に感情表現が豊かだと感心する。
心なしか、トレードマークのみつ編みまで弾んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
今日は特別な日だと言い切ったエドワード。
たかだが自分が初めて告白したくらいで、これほど喜べるとは。
そこまで考えて、ふとロイの心にイタズラ心がわいた。
ならば。
もっと初めての事を増やしたらどうなるのだろうか。
心に浮かんだ疑問を解消すべく、さっそくロイは行動を起こす。
「鋼の。せっかくだから、もう少し項目を加えておけ」
「え?」
突然のロイの言葉の意味が分からず、振り返って思わず聞き返すエドワードを無視して。
エドワードの襟元を掴んだロイは、その小柄な身体を引き寄せた。
次の瞬間。
ふわりとエドワードの唇に、ロイの唇が重なる。
それはすぐに離れてしまったけれども、エドワードには十分過ぎるほどの衝撃を与えたようだ。
驚愕に大きな瞳を更に見開くエドワードに、クスリと笑ったロイは至近距離のまま言葉を紡いだ。
「大きいケーキを頼むよ、エドワード」
「・・・・・・・・・・・・え?」
「さて・・・、それではそろそろ戻ろうか、書類を早く片さなければどんどん帰るのが遅くなってしまう」
何事もなかったようにロイは身体を離すと、エドワードに背を向けてさっさと執務室へと向かってしまった。
去っていくロイの背を見つめながら、エドワードは完全に固まっていた。
「今はじめて・・・・・・・・」
呆然と呟きながら、エドワードは左手で己の唇に触れる。
初めてのロイからのキスと。
初めての銘ではなく、名前を呼ばれたこと。
あまりの突然の出来事ではあったけれども、唇に残る感触と、耳に残るロイの声が。
間違いなく今の出来事が、現実である事をエドワードにしっかりと告げてくれて。
「うわぁ・・・、大佐ってばサービス良すぎ・・・・・」
思わず緩む口元と、赤くなる頬。
どうしてどうして、年上の恋人はこうも自分を喜ばせることが上手いのか。
きっと本人は意識してのことでは無いだろうけど。
「どうしよう・・・・ただでさえ特別な日が・・・・更にスペシャルに幸運な日に・・・」
こんな幸せな日につけられる名前を、自分は知らない。
心に満ちる暖かい思い。
それはすべてロイだけが与えてくれる。
「よーし、早いとこ書類片付けて、店一番大きいケーキを買いに行きますか!」
まぁ、二人とも甘党ではないから、そんな大きいケーキを買っても余ることは必至だけれども。
残りは軍部に勤務するメンバーに、差し入れとでもして届ければいいだろう。
これから訪れるであろう楽しい時間に思いを馳せながら、エドワードはロイの書類の片づけを手伝うため、執務室へ向けて歩き出すのだった。




ロイのちょっとしたイタズラ心が、じゃれ付いてきた子犬を狼に豹変させてしまったことを身を持って知る羽目になると言うのは、この数時間後のことである。


END



小説の内容については、もう語ることもないという感じですが。
相変わらずうちの二人は、馬鹿ップル全開な感じで。
大佐っていつも大人っぽく書きたいと思いつつ、管理人が基本的に天然な受け大好きなもので、いつもお子様になってしまう・・・。
こう同人誌とかで、原作のそのままの格好いい大佐を書ける方たちにいつも憧れます〜。
強くて大人な大佐受け〜憧れるけど、自分では展開できなーい(><)
い・・・・いいんだ、それでもこういう馬鹿ップルでもいいと言ってくださる、心優しい方たちは存在するんだから。
いつも駄文ばかりしか作成出来ない管理人ですが、見捨てずにいてくださって本当にありがとうございます。
いつも同じようなパターンで申し訳ない限りですが、少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
呼んでくださった皆様、どうもありがとうございました。