僅かに開けた窓から吹き込む風が、真っ白なカーテンをさらさらと揺らす。
イタズラな風にその身を揺らすカーテンの隙間から、きらきらとやわらかな日の光が、ベットに寄り添って眠る二人へと降り注ぐ。
穏やかな朝日は、二人の睡眠を邪魔することもなく、ただ優しく包み込んでいた。
遠くで聞こえるのは、朝が来たことを告げる鳥のさえずり。
可愛らしいその鳴き声は、規則正しい寝息を立てていた青年を覚醒へと導く。
「ん・・・・・・」
微かな声と共に、金色の髪を持つ青年の瞼がゆっくりと持ち上がる。
「ふぁ・・・、もう朝か・・・」
ごしごしとまだ眠さの残る目をこすりながら身を起こした青年は、朝の日の光の中でより一層眩く輝く黄金の髪を無造作に掻き上げて、きょろきょろとさ迷わせた視線の先に傍らに眠る人物を見つけ、にへりとその整った相貌を崩した。
「ロイ・・・・・・」
小さく呟いて、エドワードはいまだ夢の世界の住人である恋人へと手を伸ばす。
ただ静かに、音もたてず眠る恋人は、本当に呼吸しているのかと心配になるけれども。
耳を近づけてみれば、確かにくぅくぅと小さな寝息を立てていて。
ここまで近づいても、青年の眠りの妨げにならない自分は、彼にとってそれほど許された存在なのだと、改めて実感させてくれる。
そうっと両手を伸ばして、彼に触れてみても彼が起きる気配は無く。
幸せそうに微笑んだエドワードは、その細い身体を己の腕の中へと抱き込んだ。
ずっと大きいと信じて疑わなかったその人は、こうして成長した自分が抱きしめてみれば、その身体は驚くほど細く。
いっそ華奢とも言えるその身体で、自分たち兄弟を守り続けてくれたのかと思えば、一生をかけてでも彼の力になりたいと思う。
「ねぇ?あんたは俺と一緒にいて幸せ?」
そう問いかければ、「もちろんだとも」と、そういってふわりと笑ってくれるのは分っているけれども。
それでも何度でも問いかけてしまうのは、きっと今が幸福すぎるからだ。
「俺は・・・こうして、あんたと一緒に朝が向かえられるだけで、スゲー幸せ・・・」
滑らかなロイの頬を撫でながら、エドワードはロイに囁いた。
ただその存在を感じているだけで。
同じ空間に居られるというだけで、言いようのない幸福がエドワードを満たす。
こんなに好きになれる人は、後にも先にももう無いだろうと言い切れるぐらいに。
それほどにエドワードにとってロイの存在は唯一であり、絶対だった。
そんな存在に触れたい時に触れられる幸せに浸りながら、エドワードはそっとロイの頬へ口付けを落とす。
「んぅ・・・」
頬に触れた感触に、むずがるような声を上げたロイにエドワードはクスリと笑って。
「もっと寝かせてやりたいのは山々だけど・・・。そろそろ起きる時間だぜ?ロイ」
今度こそ覚醒するように、己の唇でロイの唇に触れようとした、その時。
バンッッッ!!!!
と、けたたましい音がしてロイの寝室のドアが開いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・兄さん」
背後から聞こえてくる地の底から響くような低い声に、ギクリとロイに口付けようとしていたエドワードの動きが止まる。
「ア・・・・・・・・アルフォンスさん・・・・・・」
怒気を含んだアルフォンスの呼びかけに、ロイを抱きしめたままのエドワードから、たらりと冷や汗が流れる。
ぎぎぃ・・・と音が出そうな勢いで、恐る恐る振り返ってみれば、そこには腕を組んだまま仁王立ちをし、怒りのオーラを撒き散らしている弟の姿があった。
はっきり言って、こういう状態の時のアルフォンスは、とてつもなく怖い。
もはや、これは条件反射のようなもの。
兄の威厳もなにもあったものではないが、昔からエドワードはアルフォンスとケンカをして勝った例が無いのだ。
それはアルフォンスが人間の姿を取り戻した今でも、変わることが無く。
念願の人間の姿を取り戻したアルフォンスは、その時こそエドワードより背も低く、華奢な体つきであったのだが。
兄の立場が守れたとエドワードが喜んだのも束の間。
今までの時間を取り戻すかのように急成長を遂げたアルフォンスの身体は、いとも簡単にエドワードの身長を抜き去ってしまい。
やはりいくら組み手を取ろうとも、エドワードがアルフォンスに敵うことは無かったのだ。
「兄さん・・・・・・・また勝手に、ロイさんの部屋に忍び込んだんだね・・・・」
「し・・・・・・忍び込んだって人聞きが悪いな!ロイに内緒でこっそりお邪魔しただけだッ!」
「そういうのを忍び込んだって言うんだよ!!!・・・・・全く目を離すとろくな事しないんだから」
呆れたようにため息をつくアルフォンスに、エドワードはカチンと来たのか負けじと食って掛かる。
「ろくな事ってなぁ・・・・ッ!俺はロイの恋人だぞ!恋人の部屋に居て何が悪いんだ!」
「・・・・・・・・・だから。僕はまだ認めてないって言ってるでしょう」
「すみません」
ギロリと睨みつけてくる弟の迫力に、思わず頭を下げてしまうエドワード。
それほどにアルフォンスの表情は、凄い迫力だったのだ。
うんうん。お前もやっぱり師匠に鍛えられただけの事はあるよな。その気迫、師匠にも引けをとらないぜ!
等と、呑気に頷いてる場合ではない。
元々短気なエドワードと違って、普段穏やかな分、アルフォンスの方が怒らせたら手がつけられないのだから。
「僕だって、ロイさんのこと好きなんだから、まだまだ兄さんに譲るつもりはないよ」
不機嫌そうな顔のまま、スタスタとベッドに近寄ったアルフォンスは、弟の迫力に気圧されて、すっかり固まっているエドワードの手からロイを奪い取ると、その身を優しく揺すった。
「ロイさん、朝ですよ・・・。そろそろ起きてください・・・・」
その声は先ほど兄を怯えさせた迫力はどこに行った!?と、まじまじと顔を見つめたくなるほど、愛情に満ち溢れた優しいものだった。
・・・・・というか、この騒ぎで起きないロイも、ある意味凄いかもしれない。
いいのかその危機感の無さで軍人やってて!
等と突っ込んではいけない。
もはや朝のエルリック兄弟の一騒動は、日常茶飯事だから、いい加減慣れてしまっているのだ。
兄弟げんかに付き合ってるぐらいなら、一分一秒でも多く寝ていたいというのが、ロイの本音らしい。
「ん・・・・・アルフォンス?」
優しいアルフォンスの呼びかけに(しつこいようだが、兄に接するときとはえらい違いである)、ロイはうっすらと目を開く。
「ええ・・・、朝食の準備も出来てますよ?」
クスリと笑ってロイの顔を上げさせたアルフォンスは、まだ半分夢の世界を漂っているロイの唇を、何の前触れも無く自分の唇で塞ぐ。
「ちょ・・・・・・ッ!?アル・・・・・ッ!お前ッ!!!」
突然のアルフォンスの行動に、エドワードは怒りの声を上げるが、アルフォンスは全くお構い無しだ。
ロイの抵抗が無いのをいいことに、するりと舌を差し入れ、ロイの舌を思いっきり吸い上げる。
「ふぅ・・・・んっ・・・・・・・」
されるがままのロイからは、ただ甘い吐息だけが上がる。
「アル・・・・・ッ!俺だってまだおはようのちゅうしてないのに、ふざけんなーッ!!!」
ギャーギャーと怒り狂うエドワードをよそに、アルフォンスは熱心にロイへ口付けを施している。
「うん・・・・ふぅ・・・・・・」
肝心のロイはといえば、拒絶するどころかアルフォンスのシャツを握り締め、アルフォンスの口付けに応えている。
時折ロイの唇から漏れる声が、なんとも言えず色っぽい。
朝からするにはあまりに濃厚な口付けを披露したアルフォンスは、最後にロイの下唇を甘噛みして漸く唇を解放した。
「はふ・・・・・」
激しい口付けにすっかり全身から力が抜けてしまったのか、解放されてもロイはくったりとアルフォンスに倒れ掛かっている。
「おはようキスです。目、覚めました?」
自らロイの呼吸を乱しておきながら、宥めるようにロイの背をさすり、にこにこと告げるアルフォンスに、ぷっちんとエドワードの堪忍袋の緒がきれる。
「ふ・・・・ふざけんなー!!!今の濃厚なキスのどこが、おはようのキスなんだーーーッ!!!爽やかからはかけ離れてるじゃねーか!!」
断固として抗議する!と騒ぐエドワードに、アルフォンスはちらりと視線を向けると、冷たく言い放つ。
「もう、兄さんてば。さっきからギャーギャー煩いよ」
「煩くさせてるのはお前だアル!!!いい加減、人の恋人に手を出すのはやめろよな!!!」
「だから、誰がロイさんは兄さんの恋人って決めたのさ」
しれっと応える弟に、エドワードは頭を抱える。
「ロイ!!あんたからもはっきりと言ってやってくれ!!あんたは俺の恋人だと!!」
一縷の望みをかけて、エドワードはロイに泣き付いてみるが。
アルフォンスに甘いロイに、そんな期待を抱くだけ無駄というものである。
「そんな事言われても・・・・」
案の定、ロイははっきりとした回答をしてくれない。
「もー!!!あんた結局、俺とアルと、どっちが大事なんだよ!!」
今日こそははっきりとした答えを貰いたいと、エドワードはアルフォンスを押しのけロイへと詰め寄るが。
ロイは困ったように、首を傾げるばかりだ。
「だって、仕方が無いではないか。二人とも私にとって、とても大切なのだから。どちらか選べといわれても・・・・・」
本当に困ったように眉根を寄せるロイに、エドワードはがくぅと肩を落とす。
「ほらね。僕にだってまだ勝機はあるでしょう?」
ロイの言葉にさらに勢いづいて、アルフォンスは勝ち誇ったように言い放つ。
「そうやって、あんたがはっきりとしねぇーから、俺はいつまでたっても、あんたと二人で過ごせねーんだよーーー!!!」
絶叫しじたばたと暴れるエドワードを、ロイは悲しそうに見つめる。
「う・・・・・」
漆黒の瞳に、じっと見つめられて、エドワードは言葉に詰まる。
「二人とも大事というのは、そんなにいけないことなのかい?」
ここでそうだと頷けたのなら、きっと兄弟でロイを取り合うなんて不毛な関係にはならなかったのだろうが。
所詮ロイが幸せならば、それでもいいかもと思ってしまう甘さが、エドワードの敗因だった。
「・・・・・・・・・・・いけないことじゃないです」
くっと、心の中で泣きながら、エドワードは結局ロイの意見を受け入れてしまう。
確かに恋人と二人きりになれないのは悔しいが。
だが3人で過ごす時間も、エドワードにとっても大切なものなのだ。
恋敵ではあるけれども、アルフォンスは、エドワードにとって大切な弟に変わりは無いわけで。
「はいはい。じゃあ、兄さんも納得したところで、朝ごはんにしましょう?」
「へーへー」
ちっとも納得してないんですけど!と、心の中で突っ込みつつ、これ以上進展のない会話を続けていても仕方ないと悟ったエドワードが、諦めたようにベットから降りる。
「うっ。アルフォンス、私は朝はあまり食欲がないのだが・・・。コーヒーだけでは・・・・」
「ダメです。体が資本の軍人が、そんな不摂生許されるわけないでしょう?」
にっこり。
そんな我侭は絶対に許しませんと顔にでかでかと書きながら、アルフォンスが微笑む。
「・・・すみません」
やはりアルフォンスの迫力に押されて、素直に頭を下げたロイはいそいそと朝食の用意されたリビングへと向かう。
その後にアルフォンスが続くのを見送って。
自分と同じようにアルフォンスに頭の上がらない家主の姿に少しだけ同情しながら、エドワードもロイの後を追うようにリビングへと向かう。
すると先にリビングについた弟から、とんでもない申し出が聞こえてくる。
「兄さーん。早く来ないとコーヒーをカフェオレにしちゃうよー」
「ぎゃーッ!!何の嫌がらせだそれは!!」
慌ててリビングへと向かうエドワードに追い討ちをかけるように、ロイの楽しそうな声が聞こえてくる。
「・・・確かに朝っぱらからコーヒーは胃に悪そうだしな・・・。よし、アルフォンス、カフェオレにしてしまえ」
「ロイまで何言ってんだー!!」
ロイの家からは常に騒ぎ声と、笑い声が途絶えることはない。
それは、日々繰り返される何気ない日常。
だけどそういう日々の積み重ねこそが、何よりも大切なことだと誰もがわかっているから。
まぁ、こういう生活も悪くないか。
皆が笑顔でいられるのならば、きっとこれもまた幸せのカタチなのだとそう結論付けて、エドワードは自分の為に用意されたコーヒーを死守するため、リビングへと駆け出すのだった。
END
これはヒノさんが運営する兄弟×ロイの同盟に加入したときに書いた小説です。
この頃から急速に兄弟×ロイとか言い出して、アルの登場する小説が増えてきた気がします。
一見品行方正に見えるのに、実は腹の中真っ黒って人物は大好きです。
アルフォンスはそういうキャラだと信じて疑ってません(笑)黒アル万歳です。