多分それは予感ではなく、----------確信。



汽車を下りた俺が一番にしたこと。
それはまず電話を探すことだった。


俺の予感が正しければ、俺は絶対に言わなくてはならない事がある。
耳に当てた受話器からコール音が聞こえる。
一回・・・・二回・・・・・・三回・・・・・・。
早く出てくれという思いと、真実を確認したくないが為に出ないでくれと言う思いとが、複雑に胸で交錯する。

交換手に用件を伝え、電話を取り次いでもらう。
待たされれた時間は、ほんのわずかだったと思う。
だけど、俺にとっては永遠とも言えるような長い時間だった。
自分の言いたいことを、どう伝えればいいかもまとまらないまま、ただ声だけを早く聞きたい。
手遅れになる前に、一刻も早く彼の声を聞いて、安心したかった。

不意に音が途切れ、俺の待ち望んだ声が聞こえる。
『・・・・・・・やあ、鋼の。君から電話をかけてくるなんて、珍しいじゃないか?何かあったのかい?』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、いつもと変わらない飄々とした声。
それはともすれば、いつもとなんら変わらない様に聞こえるけれど。

・・・・・・・嘘つき。

口には出せぬまま、俺は心の中でそっと呟く。
『鋼の・・・・・・?』
電話をかけてきたというのに、一向にしゃべりださない俺を不思議に思ったのか、大佐は訝しげな声を上げる。
『君が大人しいと、なんだか気味が悪いな・・・。どうした?何かやましいことでも・・・・・・』
「ヒューズ中佐に何かあった?」
大佐の言葉を遮り、俺は単刀直入に問いかける。

『・・・・・・・・・・。』
俺の突然の質問に、大佐の声が途切れる。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
そのまま大佐は何も答えない。
俺もそれ以上問いかけられなくて、お互いの間に重苦しい沈黙が落ちる。

一つ大きなため息をついて、沈黙を先に破ったのは大佐だった。
『ヒューズは、今は准将だ・・・・。』
「・・・・・・・ッ!? ・・・・・・・・・・そうか・・・・・・。」
簡潔な答えに、俺の中の予感が確信に変わる。
そんな・・・という思いと、やはり・・・・という思いと、一言では言い表せない重い感情が俺にのしかかる。

何で俺がヒューズ中佐の身に起きた事を知っているのかとか、何で大佐が中央にいるのを疑問に思わないのかとか、そんな疑問を口にすることもなく、大佐は淡々と事実のみを告げてくる。
大佐の口調からは何の感情も伝わってこない。
それが余計に大佐の悲しみが深いことを現しているようで、胸が締め付けられる。
ぎゅっと、無意識に俺は自分の胸元を握りしめていた。

「・・・・・・・・・・・・大丈夫なのかよ・・・・。」
本当は他に言いたい言葉があるはずなのに。
どんな言葉も、大佐にとって慰めになんてならないと分かってしまったから。
結局頭の中をめぐった言葉は何一つ口にできず、簡潔な問いかけのみを俺は発する。

『何がだね・・・・・?』
きっと心の中はボロボロのはずの彼の人は、それでも俺の前で虚勢を張り続ける。

「・・・・・・・・・・・・。」
俺では・・・俺では役不足なんだ。
俺相手では、大佐は胸のうち一つ、俺に見せてはくれない。

確かに大佐から見れば俺は子供なのかも知れないけど。
あんたを想う気持ちは、決してヒューズ中佐に負けない自信があるのに。
でも俺が手を伸ばすよりも早く、あんたは俺の手を拒むんだね。

敵わない。
と、思い知らされる。
俺では決してヒューズ中佐に勝てない。

だけど、こんなに分の悪い勝負があるかよ?
ヒューズ中佐はいつまでも、大佐の心の中で生き続けるんだ。
それは、決して誰も踏み込めない、二人だけの聖域として。
心の中に住まう人物に、現実に生きる俺が太刀打ちできるわけが無い。

突きつけられた現実にめまいさえ覚える。
でも大佐を、ヒューズ中佐の元に行かせるわけには行かないから。

引くこともできないんだ。
俺だって、いまさら。
大佐が生きている限り、俺は諦めたくない。
だから、俺には伝えなければならない、言葉がある。
大佐をここへ留めるため。

「馬鹿なことは考えるなよ・・・・・・。」
ボソッと告げた俺の言葉で、ヒュッと向こうで大佐が息を呑むのが聞こえる。
何を・・・と告げなくても、俺の指し示す物が分かったのだろう。
その反応に俺は、俺の予想が当たっていたことを知る。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何のことかね?』
あくまでも大佐は、白を切ろうとしている。
「・・・・・・あんたなら・・・・あんたなら禁忌を犯すことの愚かさを分かってるはずだ。・・・・俺たちと同じ過ちを繰り返しちゃだめだ。」
伝える言葉は情けなくも、語尾が震えた。
同じ錬金術師だからこそ分かる。
大佐が成そうとしていたこと。
それは錬金術師にとって最大の禁忌。
神の領域を侵す大罪。

--------人体錬成---------

『・・・・・・・・・・・・・・。』
再び大佐は沈黙する。
沈黙がやけに長く感じる。
もしこれで大佐を止められなければ、電話の向こう、遠くの地にいる大佐を俺に止める術は無い。

『・・・・・・なにを馬鹿な事を・・・・・。』
長い沈黙を破って、ようやく大佐が声を出した。
『私には、君たちのような勇気は無いよ・・・・・・・。』
疲れたように告げる言葉に、張り詰めていた俺の神経が緩む。
思いとどまってくれた・・・・・と考えてよいのだろうか。

「ん・・・・・・なら、いいんだ。」
余分な事は言わず、俺も小さく頷く。
「余計なお世話なら、それでいい。ごめん。突然電話して。・・・・・じゃあ、俺アルたちが待っているから・・・・。」
『・・・・・鋼の。』
電話を切ろうとした俺を、大佐の声が呼び止める。
「ん?」
『・・・・・・・・・・・・・・・気をつけて・・・・・。』
不意に大佐からかけられた言葉は、切ない響きをもって俺に届く。
たった五文字の言葉に込められた思い。
俺も、大佐の中の大切な人間の中に数えられてると、自惚れてもいいのだろうか?

「分かってる・・・・・。俺が頑丈にできてるのは、あんたも良く分かっているだろう?」
俺は絶対にあんたを残していったりしない。そう言外に告げる。
『・・・・そうだったな。』
「じゃあ・・・・・俺、行くから・・・・・。」
『ああ。』
受話器から伝わった大佐の微かな苦笑に、多分に安堵しながら俺はそっと受話器を置いた。





駅から外に出ると、どこまでも澄み渡った空と、眩しいばかりの太陽が光り輝いていた。
俺は眩しさに目を眇めながら、右手で光を遮り空を仰ぎ見る。
こうして見上げた空は、昨日となんら変わりなく目に映るのに。
今聞いた現実も、性質の悪い白昼夢だったかのような錯覚に囚われるのに。
もう、この空の下いくら探しても、マース・ヒューズという人物には会えないんだ。

「これでいいんだろ?中佐?」
俺は空を見上げたまま問いかける。
多分中佐が俺に会いに来てくれたのは、大佐の人体錬成を止めさせるため。

「ばかやろう・・・・・。心配なら、そんなに心配なら、大佐一人のこしていくんじゃねぇよ・・・・・・。」
不意に。
にこやかに、いかにもヒューズ中佐らしい、別れの挨拶が俺の胸の中を過ぎる。

なぁ、それでも、俺に会いに来てくれたって事は、大佐のことは俺に任せるって解釈してもいいのか?
今の俺では、ヒューズ中佐の変わりになんてならないけど。

いつか、身体が元に戻せたら。
俺の腕が、大佐を抱きしめられるぐらい大きくなったら、あんたの変わりに俺が大佐の傍にいてもいいのかい?


「エド、おっそ〜〜〜いッ!!」
不意に耳に飛び込んできたウィンリィの声に、俺は現実へと引き戻される。
視線を地上に戻せば、駅より大分離れたところでウィンリィが大きく手を振る姿が見える。
その傍には、やっぱり目立つアルの姿。

「お〜、悪ィ悪ィ。電話に手間取った!!」
大きく叫んで、俺は二人の元へと駆け出す。
「も〜こっちは早いとこオートメイル見に行きたくって、うずうずしてるってのに〜。」
「大丈夫、兄さん?何か問題でもあったの?」
既に頭の中は自分の興味あるものでいっぱいのウィンリィとは違い、勘のいい弟は鋭い質問を投げてくる。
「・・・・・・・・・・・・・。」
「兄さん?」
「エド?」
不意に沈黙してしまった俺を、二人が不思議そうに見つめてくる。

「・・・・・・いや。なんでもない。」
一瞬二人にも訃報を告げるべきかと考えたが、結局告げぬまま、俺は緩く首を振る。
「ほら、ウィンリィはなんだかの、オートメイルが見たいって言ってただろ?早く行こうぜ。」
「あ、そうだった!!あっちにゴッズの11年モデルがあるらしいのよ〜〜〜。早くいきましょ〜〜〜ッ!!」
途端に目を輝かせて、ウィンリィはさっさと駆け出していってしまう。
「・・・・・・兄さん?」
「ほら、アル。俺たちも行こうぜ。」
「・・・・う・・・・うん。」
いまいち腑に落ちないらしいアルを押して、俺は歩き出す。

俺はまだまだ、経験不足だから。
もっともっと世界を回って、色んな事を知りたい。
そのためには、ここで立ち止まってるわけには、行かないんだ。

経験をつんで、もっと大佐に相応しいぐらいの大人になれたら。
絶対にヒューズ中佐以上の右腕として、俺が大佐の事を支えて見せるから。
心の中で固く誓いながら、俺は歩いていく。

この一歩一歩が、大佐との距離を縮める一歩だと信じて。





                                    END(2004/04/07)UP