生きている以上は、どうしても自分の思い通りにならないことはあって。
いや、むしろ自分の思い通りにならないことの方が多いぐらいで。
今、目の前で繰り広げられている光景も、エドワードとって、まさしくどうにもならないことの一つだった。
(くそッ!・・・俺はどうして、あと10年・・・、せめて後5年早く生まれてこなかったんだッ!!)
イライラと苦虫を噛み潰したような顔で、エドワードは自分の上司兼恋人でもあるロイと、その部下であるハボックの言い争いを見つめていた。
「ハボック少尉!私は一人でも歩けるといっているだろう!!離したまえッ!!」
「い・い・えッ!!離しません!!大体その足で、どうやって歩いて帰るって言うんですか!!」
ロイとハボックの押し問答は、先ほどから幾度となく繰り返されている。
そこに加われない我が身が、エドワードにとって何よりも歯痒い。
「う・・・。そ、それは・・・・・・・。」
ハボックにもっともな事を指摘されたロイが、困ったように口籠もる。
ロイの腕を掴んだまま、一歩も譲らないハボックの言うその足とは、ロイの右足のことで。
軍服のズボンから覗くロイの足には、まかれたばかりの白い包帯が見えている。
その原因は今日の昼間、テロ組織の一味だと思われる男を捕まえるため、エドワードとロイが出向いた先で起こった出来事。
追い詰められて、やけになった犯人の反撃をくらい、ロイは階段から転落してしまったのだ。
エドワードは、毛筋ほどの怪我も負わせたくない大切な恋人に怪我をさせてしまっただけでなく、抱きかかえて連れて帰ることもできなかった自分に、腹を立てずにはいられない。
エドワードの身体では、ロイに肩を貸すことさえ儘ならなくて、結局ロイはたいしたことは無いからと、足を引きずったまま軍部に戻ってきた。
軍部についてからも、まだたいしたことはないと言い張るロイを、半ば無理矢理引きずるようにしてエドワードが医務室に連れて行けば、確かに骨には異常は無いが、捻挫はしていると軍医に言い渡されてしまった。
「ああ、こんな足で歩いてくるなんて、マスタング大佐も我慢強いね。」
等と、のんきに笑う軍医に、傍で聞いていたエドワードが青ざめたのは、言うまでも無い。
意地っ張りな恋人の性格を知っていて、どうして素直に言うことを聞いて、歩かせてしまったのか。
自分で連れ帰るのがむりなら、誰か助けを呼んでくるとかいくらでも、方法はあったはずなのに。
捻挫とはいえ症状はピンきりで、軽いものから重いものまで色々あるのは分かっている。
だけど、改めて手当てされた足首の腫れ具合と、軍医の言葉から判断するに、ロイの捻挫の症状はけっこうな重症とエドワードは推測していた。
歩かせてしまったことによって、より悪化した可能性もあるかと思えば、エドワードとしてはいくら後悔しても、したりないぐらいだ。
その後ロイの怪我の報告を受けたホークアイに、今日は安静にしているよう言い渡され、ロイは自宅へ帰宅することになったわけだが。
どうやって自宅まで戻るかで、先ほどからハボックとロイは揉めているのである。
自宅まで送ると言い張るハボックと、一人で歩けると言い張るロイ。
本当は今すぐにでもロイとハボックの間に入って、ハボックからロイを引き離してやりたくても、それもできずにエドワードは悔しげに見ていることしかできない。
エドワードとて大事な恋人を、ハボックなんかに預けたくはないが、捻挫をしている足になるべく負担をかけ無いようにロイを自宅まで送り届けることは、自分には不可能だと嫌と言うほど分かっていた。
それぐらいの冷静な判断力は残っている。
自分の我侭を押し通すより、ハボックに任せたほうがロイにとって、より負担が少なく手すむであろうことも。
こういう時に、エドワードは思うのだ。
後もう少し、もう少し早く生まれてきていたら。
せめて(認めたくはないが)もう少し、自分に身長があったのなら。
筋肉自体は鍛え上げているから、腕力には自身があるし、それにロイは男としては軽い部類に入るから、楽々抱き上げる自信があるのに。
悔しがった所でどうにもならない状況に、ジレンマを抱えながらエドワードは、大きなため息を落とした。
「しかし、元々私の不注意で招いた怪我だ・・・。その件でハボック少尉に迷惑をかけるわけには・・・。」
迷惑になんて思う訳がない。
まだ遠慮を続けるロイの言葉を聞きながら、エドワードは即座に思う。
ハボックがロイに好意を寄せているのは、多分好意を寄せられている本人以外、誰もが気がついていた。
誰の目から見ても、ハボックがロイに付き従う姿は、上司と部下の一線を遠のむかしにブッちぎっている。
普段はこき使われることに文句を言っていても、その実ハボックは身を粉にしてロイに尽くしていたし、書類の受け渡し等で無意識にロイと触れ合った時、微かに赤くなる顔は如実にハボックの心境を語っていた。
どちらかと言うと、あそこまであからさまな好意を寄せられて、気がつかないロイの方がどうかしていると、エドワードは思っていた。
今はエドワードの恋人でいてくれるロイも、いつ横から掠め取られるかと思うと、本当はエドワードとしては気が気ではない。
実際エドワードの目から見ても、ハボックは普段あんな飄々とした姿しか見せなくても、仕事はできるし、見目は悪いどころか精悍な部類に入る2枚目だし、ロイとつりあう高身長まで持ち合わせ、そしてなにより自分とは違い大人だ。
子供の我が侭でロイを振り回すことしかできない自分と、ハボックはあきらかに違う。
(あ、いけね。ホントに落ち込んできた・・・・。)
うっかり深みにはまって本気で落ち込むエドワードに、追い討ちをかけるようにハボックの言い聞かせるような声が聞こえてくる。
「別に迷惑だなんて思いませんって。それに捻挫とは言え、馬鹿にできないのは大佐だって分かっているでしょう?これで無理をして悪化させて業務に支障がてできたら、ホークアイ中尉にだって迷惑がかかりますよ?」
まるで言い聞かせるようなハボックの声。
敢えて仕事に差し支えるからと、仕事のせいにするのはハボックの優しさだ。
「だが・・・・・・。」
「あーもうッ!じれったい人ですね!!分かりました。それなら、無理にでも俺がお送りします!」
「「っなッ!!?」」
なかなか決断できないロイに、ついにハボックの我慢は限界を超えたらしい。
掴んだままのロイの腕を引っ張り自分の方に引き寄せると、そのままハボックは軽々とロイを抱き上げてしまった。
突然のハボックの行動に、ロイとエドワードから同時に驚きの声が上がる。
「ちょっ・・・!降ろしたまえ、ハボック少尉!!」
いち早く我に返ったロイが慌てたように、ハボックの腕の中で暴れる。
しかし、どんなに暴れようとも、しっかりとロイを抱えたハボックはびくともしない。
足をじたばたさせるロイはとてつもなく可愛くて、そんな場合じゃないというのに、一瞬エドワードはその姿に見蕩れてしまう。
「嫌です。絶対に下ろしません」
「な・・・上官命令だぞ!」
ロイの言葉をきっぱりとはねつけたハボックに、怒りもあらわにくってかかるロイの言葉に、はっとエドワードは我に返る。
「こんな時になにいってるんすか。足引きずって歩いてる大佐の姿なんて、俺はこれ以上見ていたくないんで勝手にさせていただきます。」
悔しい。と、思いながらエドワードは唇をかみ締める。
ハボックの言うことはもっともで、そしてハボックしていることは、もっともエドワードがロイにしてやりたいことだ。
自分には逆立ちをしても無理なことを、簡単にこなせてしまうハボックが、エドワードには酷く羨ましく、俺が連れて行くと言えないわが身が悲しかった。
「・・・・・・・・・・だったら、せめて自分で歩くから、肩をかしてくれたまえよ、ハボック少尉。」
こんな女性のような格好で、抱きかかえられるのは勘弁してくれと言わんばかりにロイが言う。
「嫌です。それだったら、足を引きずって歩くのとかわらないじゃないですか。」
呆れたように、再びハボックはロイの言葉をはねつけた。
「だからって・・・・ッ!」
「いーじゃん。大佐。ハボック少尉に送ってもらえよ。」
まだ何か言いたげな、ロイの言葉を遮ったのはエドワードだった。
「鋼の?」
今まで一言も口を挟まなかったエドワードの意外な一言に、動きを止めたロイが、不思議そうにエドワードを見つめた。
「本当は仕事中のハボック少尉より、俺が送っていけたら一番いいんだろうけどさ。俺じゃ大佐を抱えてやれねーし。それに車も運転できねーしな。」
そういって、エドワードはなんでもないことのように、笑ってみせる。
自分の言葉に傷ついた内心の感情は、押し殺すしかなかった。
「ほら、大将もああいってますし、いい加減観念してくださいって。」
我が意を得たりと言わんばかりのハボックに、しぶしぶといった様子で、ロイは漸く大人しくなった。
この体勢には大きな抵抗はあるが、二人がかりで言い含められてしまえば、これ以上の抵抗は無駄だと悟る。
「・・・・・・・・・・・・・せめて、あまり人のいない所を通ってくれたまえ。」
腕の中で赤くなりながらも、あくまでも上官でいようとするロイの態度に、ハボックはクスリと笑いを零す。
「了解っす。あーところで・・・・。」
不意に思い出したように、ハボックがロイを抱えたままエドワードの方を向く。
「俺はこのまま大佐を送っていくけど、大将はどうするんだ?」
エドワードとロイの関係は、勿論誰にも知られていないのだから、ハボックの質問はもっともだった。
連日ロイの自宅に入り浸ってるエドワードは、表向きは弟アルフォンスと共に、宿をとっていることになっている。
「なんなら、一緒に宿まで送ってやろうか?」
「あー・・・・いや・・・・・・。」
自分まで気遣ってくれるハボックに、エドワードはどうしたものかと思う。
実は宿に送ってもらっても、弟はいなかったりするのだ。
口には出さずとも、ロイに会えなくて日々覇気を失っていく兄に呆れて、そんなに大佐不足なら十分補給するまで帰ってくるな、とアルフォンスはエドワードを、現在間借りしているイズミ夫妻の家から追い出していた。
だから、実際にアルフォンスがいるのはダブリスだったりするわけで。
まぁ、適当な宿で下ろしてもらって、後からロイの自宅に行けばいっか、とエドワードが考えたとき。
意外にも、ロイが口を挟んできた。
「いや、鋼のも私の家に送ってくれ。」
「え?」
予想外のロイの申し出に、驚いたようにハボックは腕の中の人物を見下ろした。
ロイの申し出に驚いたのはエドワードも同様で、大きく目を見開きながら、ロイを見る。
「何をそんなに驚いているんだ。私はこの足では有事の時には、迅速には動けないだろう?鋼のは、万が一の時の連絡係だ。」
「いえ、それだったら自分が・・・・・。」
「ありがとう、ハボック少尉。だが、君は今日は夜勤の日だろう?これ以上少尉に迷惑をかけたくないんだ。なに、どうせ鋼のは暇を持て余しているんたでから、今日ぐらいは構わないだろう。」
やんわりとした断りに、ハボックは目に見えて残念そうな顔をするが、ロイがそう言っている以上、ハボックにこれ以上言う権利はない。
「な・・・・んだよ・・・・。俺は、お手伝いじゃねぇぞ。」
さりげなくロイがフォローしてくれただけで、先ほどまでの落ち込んでいた気分も吹き飛んでしまうあたり、なんて単純なと思いつつ、ハボックに二人の関係がばれない様にするためにも、あくまで表面は仏頂面でエドワードは答える。
残念そうなハボックには心より申し訳ないと思うが、こればっかりは譲れない。
ロイを抱き上げるという特権を今日は素直に譲っただけでも、エドワードとしては、もの凄い譲歩しているつもりなのだ。
「何を言っているんだ。いつも賢者の石について、一番に情報を回してやっているのだから、こういう時ぐらい役に立ちたまえ。」
エドワードの仏頂面にあわせるように、ロイはいつもの口調でエドワードをからかい始める。
「厄介ごとのおまけ付きの情報しか寄越さないくせに、よく言うよ。」
「おや、心外な言葉だね。厄介ごとにまで発展するのは、鋼のが自分で事を大きくするからだろう?」
「んだとッ!?元はと言えば・・・・」
「あ〜もう、分かった!分かったっす!!大将も大佐の家に連れて行けばいいんでしょう?大将もこうなったら諦めて、今日は大佐の家に泊まっていってくださいよ。」
放って置けばいつまでたっても続いていきそうな口げんかを、ハボックが呆れたように遮る。
「ちぇッ!!・・・・・ま、しゃ〜ないか。」
「じゃ、話がまとまったところで、車まで案内するからついてきてくださいよ。」
しぶしぶと言った様子でも、了解の意を表したエドワードにそう告げて、ロイを抱えたままハボックは踵を返す。
「と、待ってくれよ。」
スタスタと歩き出すハボックに、慌てたようにエドワードがその後を追う。
「いいか!あくまで目立たないように連れて行くんだぞ。」
ハボックの腕の中の人は、諦めたとたん開き直ったらしく、相変わらずな態度に戻ってるが。
踵を返したときの、ハボックの一瞬見せた切ない表情をエドワードは見逃さなかった。
(・・・・・・もしかするとハボック少尉は、俺たちのこと薄々感ずいているのかも知れないな・・・・・・・。)
それでも、エドワードに接する態度は今までと変わらないハボックは、やっぱり精神面でも大人なのだろう。
改めてハボックは強力な、ライバルなのだとエドワードは認識する。
でも、負ける気も、譲る気もエドワードにはない。
百年に一度の恋だと言ったら、人は笑うのかもしれないけど。
だけどエドワードにとって、ロイは初めて出合った時から、ずっと特別な存在だったから。
人の道を踏み外した自分たちを、連れ戻してくれた人。
絶望に打ちひしがれて、一歩も前に進めなかった自分を、もう一度歩かせてくれた人。
多分彼がいなければ、自分は絶望の淵から這い上がって来れなかった。
(絶対に負けらんねぇ!)
前を行くハボックの背を見つめながら、エドワードは心の中で闘志を燃やすのだった。
+ + + + +
ロイの自宅に送り届けられたエドワードは、高級そうな黒いソファーの上に所在無さげに座っていた。
ソファーの持ち主、家の主でもあるロイは、自分を送ってくれた部下を玄関で見送っている。
なにもせずじっとしていると、昼間の出来ことが思い出したくも無いのに、浮かんでくる。
ロイが階段から落下したのは、ほんの一瞬の出来事だった。
犯人の突進をくらい、バランスを崩したロイ。
エドワードはとっさにロイに向かって手を伸ばしたけれど、それはむなしく空を切るばかりで。
エドワードの見ている前で、ロイは階段の下へと転落していた。
あの一瞬の背筋も凍るような恐怖。
鮮明に思い出してぎゅっと、エドワードは自分の右手を握り締める。
自分は、あんなに近くにいたのに、ロイを守りきれなかった。
どうして、どうして自分は肝心な時に、こうも無力なのだと、苦い後悔ばかりが押し寄せる。
大切な人一人守れない、無力な子供だと思い知らされる。
「鋼の?」
不意に名前を呼ばれて、エドワードは我に返る。
知らず詰めていた息を、ふうと吐き出す。
振り返れば、ハボックの見送りを済ませたらしいロイが、ドアのところに立っていた。
「鋼の一体どうしたと言うのだ?先ほどから随分大人しいが・・・・。」
エドワードの様子が変なのには、ロイはずっと気がついていたらしい。
「執務室でも、ほとんど口を利かなかったしな・・・。どうした?らしくもなく、疲れたのか?」
ロイはひょこひょこと足を引きずりながら、エドワードの元へと近づいて行く。
勤務中の厳しい口調からは、打って変った柔らかな口調は、エドワードのみが聞くことを許された特権だ。
「鋼の?・・・・うわッ!?」
肩に手を置いてもう一度エドワードの名を呼んだロイは、逆にその腕を掴まれて思いっきり引っ張られる。
突然の出来事にバランスを崩したロイが、ドサッとエドワードの上に倒れこむ。
「と・・・突然君は何を・・・・!」
突拍子もないエドワードの行動に、ロイは厳しい口調でエドワードを見上げる。
しかし、怒っているような今にも泣き出しそうなような、なんとも複雑な表情をしているエドワードに言葉は途中で途切れた。
「鋼の・・・・・?」
「ごめん・・・・・・。」
ロイに、エドワードは一言告げた。
突然の謝罪の言葉の意味が分からなくて、ロイはきょとんとエドワードを見つめる。
「俺が、ちゃんと大佐の手を掴めていたら、こんなことにはならなかったのに・・・・・・。」
悔しそうに唇を噛みながら、エドワードはロイの右足首にまかれた包帯にそっと触れる。
「ああ・・・・。」
納得のいったロイは、そんなことかと言わんばかりに、そっと微笑む。
「別にこれは鋼ののせいじゃないだろう?それに怪我といってもただの捻挫だ。そんなに深刻になることも・・・。」
「だって、俺の手がちゃんと届けば、こんな怪我しないで済んだのに!」
「鋼の・・・・・。」
「俺、悔しいよ!!あんたを守れなかったことも。ハボック少尉にあんたを預けなきゃならなかったことも・・・ッ!!」
「なんだ。大人しいと思ったら、そんなことで落ち込んでいたのか・・・・・・・。」
顔を歪めるエドワードの頭に、そっと手を伸ばして。
ポンポンと優しくあやす様に叩きながら、ロイはクスクスと笑った。
「そんなことってなんだよ!?俺には、重要な問題なんだよ!!」
真剣に怒り出すエドワードに、ますますロイの笑みは深くなる。
むき出しの独占欲が、こんなに心地よいものだとは思わなかった。
どちらかというと、自分は束縛を嫌う人間だと思っていたのに。
子供のような我が侭を振りかざしながら、それでも自分を、自分だけを求めてくれる年下の恋人。
これは思っていた以上に絆されてるなと思いつつ、愛しさにかられてロイはエドワードの頭においてあった手に力を込めて引き寄せると、そっと自らの唇を、エドワードの唇に重ねた。
「た・・・・た、た、た、大佐ッ!?」
不意打ちの口付けに、エドワードは面白いほどの動揺をみせる。
触れるだけの口付けとはとはいえ、めったにロイの方からする事は無いだけに、エドワードの驚きは決して大げさではない。
「あいにくだが鋼の。私だって一人の軍人だ。君に守ってもらわなければならないほど、弱くは無いよ。」
「それはそうだけど・・・・。」
「だから、ゆっくり大人になりなさい。焦る必要もないし、無理をして誰かの真似をする必要はない。君は君らしくあればそれでいいんだ。」
天才錬金術師の名を欲しいままにしている、エドワードの不意に見せる幼さを、ロイは嫌いではなかった。
過去が過去だけに、同い年の子供たちと比べても、変に老成した部分をもつエドワード。
せめて自分の傍にいるときぐらい、年相応の子供でいさせてやりたいと、甘えさせてしまうのは、大人のエゴなのだろうか。
「・・・・・・・・・・・・・・・・俺って、もしかしてめちゃめちゃ愛されてる?」
あるがままを受け止めてやるからというロイの言葉に、エドワードは戸惑ったように自分の膝の上に乗っている人物を見る。
「今頃気がついたのか?」
勝ち誇ったように言ってのける、一回り以上年上の恋人に、エドワードは完全に白旗を上げる。
どうしてこの人物は、普段厳しいくせに最後はこんなに甘いのか。
もうこれ以上好きになることは出来ないと思っていたのに、気持ちはボーダーラインを振り切って膨らむばかりだ。
パッタリとロイの上に倒れこんだエドワードは、恨めしげに呟く。
「そーゆー不意打ちってずるい・・・・。普段は中々言葉なんてくれないくせに。」
「子供は調子に乗ると、すぐ図に乗るからな。」
「どうせ、俺は子供ですよ。」
ロイの胸から顔を上げたエドワードは、拗ねた口調で言う。
「でも・・・・・・、あんたを思う気持ちは、誰にも負けないから。」
不意に真剣になった眼差しが、ロイを見つめる。
強い光を宿す瞳は、いつみても美しいとロイは思う。
「ああ・・・・・・分かっているさ。」
艶やかな誰もが見蕩れそうな笑みを浮かべながら、ロイは頷いて。
微笑みに引き寄せられるように、近づいてきたエドワードの唇を受け止めた。
「・・・・・・ん。」
ついばむ様に唇に触れた後、額に頬に目元にと次々と唇で触れてくるエドワードに、くすぐったそうにロイは肩をすくめる。
「鋼の・・・くすぐったい・・・・。」
クスクス笑いながら抗議をすると、エドワードの唇は再びロイの唇へと落ちてくる。
「・・・・ん・・・・・う・・・・。」
唇を甘噛みされて、甘い痺れがロイの背を駆け抜ける。
キスがここまで気持ちいいと思うのは、やはり相手がエドワードだからだろうかと、ぼんやりとした意識の底で思う。
「・・・・・・大佐・・・・・気持ちいい?」
唇を離して、頬に手を添えたエドワードが嬉しそうに問いかけてくる。
熱を持たない機械鎧の手が、火照り始めた頬にはとても気持ちが良くて。
ロイは無意識にエドワードの右手に頬を寄せる。
まるで猫が擦り寄るような、甘えた仕草に否応無しにエドワードの熱は、煽られていく。
しかしエドワードの問いかけに、素直に気持ちがいいといえるほど、ロイの意識はあやふやになってはいない。
「・・・・・鋼の、そういうことは、面と向かって聞くもんじゃないぞ・・・・。」
「すみませんねぇ。子供なもので・・・・。」
しっかりと釘を刺すロイに、エドワードはしれっと答える。
「都合のいい時だけ、子供に戻る・・・・な・・・・ん・・・・・んんッ!!」
まだ何か言いたげなロイの言葉は、唇を塞ぐことで遮って、エドワードは口付けを深めていく。
歯列を割り、奥へ逃げ込もうとする舌を絡め取る。
「あ・・・・・ふぁ・・・・・。」
吐息さえも奪うような口付けに、しばし二人で酔いしれる。
「はがね・・・・の、も・・・・いい加減に・・・・。」
いよいよロイが苦しくなってエドワードの肩を掴むと、エドワードは名残惜しげに唇を離す。
口付を解いたエドワードは、膝の上に乗せたままのロイをソファーの上にそっと寝かせてやる。
キスで潤んだ漆黒の瞳が、じっとエドワードを見つめる。
「ここでするのか・・・・・・?」
赤く染まった目元からたまらない色香を放ちながら、ロイは瞳に微かな不安を浮かべたまま、エドワードに問いかける。
「ごめん・・・・・俺が限界みたい・・・・・。」
「ちょっ・・・・鋼のッ!!」
組み敷かれて不意に足に触れたエドワードの下肢の熱さに、ロイはビクリと身体を震わせる。
「な・・・・なんで、そんなことになってるんだ・・・・ッ!?」
「あー、なんでって、そりゃあ、大佐のこんなに色っぽい姿みせられちゃあ・・・・。」
普段の冷静な彼らしくも無い、余裕の無い姿にエドワードは苦笑しながら答える。
「い・・・色っぽくなんて・・・・・。」
「自覚が無い分、余計に性質が悪いよあんた・・・・・。」
「んッ!」
耳元で囁くと、吐息が触れる刺激にロイは震える。
「なるべく足に負担かけないようにするからさ・・・・・。」
ダメか?と問いかけてくる真っ直ぐな瞳に、ロイは困ったように微笑む。
「大佐?」
そんな真摯な瞳で見つめないで欲しい。
どんな我が侭だって、受け入れてしまいそうになってしまうから。
ロイは、エドワードが思っている以上に、エドワードに甘い。
「仕方ないな・・・・・。私は怪我人なのだから、大事に扱いたまえよ。」
ロイは微かに微笑んで、了解の意を表した。
「あ・・・あんッ!!やぁ!!はがね・・・・の、もうダメ・・・・はなし・・・・ッ。」
熱く立ち上がった下肢を咥内に含まれて、ロイが悲鳴を上げる。
下肢に頭を埋めるエドワードを必死に引き離そうとしても、既に力の入らないロイの腕ではエドワードはびくともしない。
「やっ・・・・・あ、あっん・・・ッ!!」
逆に更に強く舌を絡められて、ロイは絶頂に達する。
「ふ・・・う・・・・。はッ・・・あ・・・・。」
漸く顔を上げたエドワードは、ぐったりと力の抜けてソファーの背もたれに寄りかかるロイを、満足げに見つめた。
白い肌をうっすらとピンクに染めたロイは、艶めかしくエドワードを誘う。
「良かった?大佐?」
呼吸の整わないロイの前髪をかきあげ、エドワードはロイの唇に唇を寄せる。
「ん・・・・。」
甘く鳴るロイ喉に、エドワードはうっすらと微笑む。
「ねぇ、大佐?俺が欲しい?」
達しても引かない甘い熱に、ロイは戸惑ったようにエドワードを見る。
この熱を引かせるためには、決定的な熱が足りないのは分かっている。
だけど、それを自ら望む事はできなくて。
困ったようにエドワードを見つめるロイに、クスリと笑ってエドワードは耳元で囁く。
「欲しかったら・・・・・・大佐が・・・・って?」
「ッ!?無理・・・・だッ!!出来ない!!」
囁かれた言葉に、羞恥に赤く染まりながら、ロイは即座に否定する。
「じゃないと、ずっとこのままだよ?大丈夫。俺も手伝うから・・・・・。」
やんわりとした言葉は、しかし従わなければずっとこのままだという、残酷さも秘めていて。
どうやらエドワードに従わない限りはこのままらしいと悟って、ロイは諦めたようにエドワードの手を借りて身を起こす。
力の入らない身体を叱責して、恐る恐るロイはエドワードの上に乗り上げる。
「そう・・・・そのままゆっくりと腰を落として。・・・・・・怖い?」
微かに震えるロイの姿に、チクリと良心の呵責を覚えながらエドワードが問う。
「・・・・・・平気・・・・だ。」
年下に負けてなるものかという、妙なところが負けず嫌いなロイは、そう答えてゆっくりとエドワードの上に腰を落としていく。
「ふ・・・・あ・・・あァ、あああ!!」
ゆっくりと秘所に侵入してくるエドワードに、ロイからあえかな声が上がる。
あきらかに感じているロイの声に、エドワードの中心がドクリと脈打つ。
「あ・・・・あ、は・・・・・うぅ・・・・。」
詰めていた息を吐きながらロイは漸く、エドワードすべてを飲み込むことに成功する。
いつも抱きあう時と体勢が違うために、いつもと違う場所を刺激されて、ロイの意識は混乱を極めていく。
「大佐?大丈夫?動ける?」
優しく問いかけるエドワードに、ロイはフルフルと力なく首を振る。
年下に負けたくないとここまで頑張ってみても、もう限界だった。
「も・・・・限界・・・・鋼のッ!!・・・・お願い・・・・動いてッ!!」
追い詰められてプライドも無くなったロイは、素直にエドワードにすがりつく。
「ん・・・分かった。俺もいい加減限界だから。」
ずっと年上のはずの恋人を心から可愛いと思って、これ以上焦らしてはさすがに可哀相かと思いながら、エドワードは鍛え上げられた腹筋を使って身を起こす。
「・・・・・・・っ・・・はぁ、あ・・・や・・・・。」
身を起こした瞬間に、また別の場所を刺激されたらしく、ロイはため息のような声を漏らす。
「動くよ。」
短く告げて、エドワードはロイの腰を掴んだまま、下から突き上げていく。
「・・・・あぁ・・・は・・・鋼のッ!!・・・や・・・・んんッ!!」
待ちわびた刺激に、ロイは声を抑えることも出来ず、ただ高ぶっていく。
「大佐・・・・好きだ、好きだよ。絶対に誰にも渡さないからッ!!」
「あ・・・・・鋼のッ!!もぅ・・・・あぁ・・・はッ」
快楽に何もかも分からなくなっていきながら、ロイは自分を抱きしめるエドワードの頭を掻き抱く。
最後に一際強く突き上げられて、瞬間ロイの意識は真っ白に染まる。
同時に最奥に熱いエドワードの欲を感じて、ロイの意識はゆっくりと薄れていった。
ソファーの上で眠るロイの頭を、エドワードは優しく撫でていた。
行為が終わると同時に気を失ったロイに、ちょっとやりすぎたかと思わないでもないが・・・。
最中のロイはこの世のものとは思えないほど美しく、艶っぽくて色めいていて。
ついつい加減を忘れてしまう。
でも、一応足を気遣ったつもりのエドワードしては、そこのところは汲んで欲しいと思っている。
きっと目が覚めたら、無茶をさせた自分を怒り出すであろう恋人をどうやって宥めようかと思いながら、それさえも楽しいと思っている自分に、エドワードは苦笑する。
(まぁ、取り敢えず今日は俺が夕食でも作って、ご機嫌をとりますか。)
クスクス笑いながらエドワードは、そっと安らかな寝顔を見せるロイの額に口付けを落とすのだった。
END(2004/05/19UP)