夜の帳が下りて、静寂が支配する真夜中。
漆黒の闇にぽかりと浮かぶのは、冴え冴えとした光を放つ上弦の月。

自宅のバルコニーで月明かりを受けながら、ロイはぼんやりと月を見上げていた。
ロイの背後に位置する窓から繋がる寝室のベットの上には、彼の愛しいものが我が物顔でベットを占領し
安らかな寝息を立てている。

春が近いとはいえ、まだまだ夜は冷え込むこの時期に。
薄着で外に居るロイは、夜風に吹かれその冷たさに、小さく身体を震わせた。

(・・・・・・・・さっきまで、あんなに熱かったのが嘘のようだな・・・・・)

先ほどエドワードに抱かれていたときは、このまま身体が溶けてしまうのではないかと錯覚してしまうほどの熱を帯びていたと言うのに。
今では、あの熱さが幻のようだ。
だけど、目を閉じれば蘇るエドワードの声が、それが決して幻などではないと告げている。

・・・・・・・好き・・・・大好きだよ・・・ロイ・・・・。

切ないまでに、ありったけの思いを込めて耳元で囁かれる言葉。
思い出すだけでロイの心はざわめきたち、自分がどれ程エドワードに囚われているかを思い知らされる。

「だめなのに・・・・これ以上、彼に惹かれてはいけないのに・・・・」
目を開けて、自分に言い聞かせるようにロイが呟く。
この関係にいずれ終わりがやってくることは、目に見えているから。

「どんなに好きになっても、無駄なんだ・・・・・」
ぎゅっと自分の身体を抱きしめ、ロイは苦しげに呟く。
どんなに彼を想っていても、どんなに彼に想われていても、自分たちの関係には未来がない。
同姓の自分たちでは、皆に祝福されることもなければ、自分の血を引く子を成すこともできないから。

結婚を人生のゴールだと例えるのならば、エドワードとロイでは一生ゴールにたどり着けない。
そんな不毛な道に、エドワードを引き込む訳にはいかない。
真っ直ぐな彼に、そんな日陰の道は似合わない。

否。その前に、エドワードはいずれ自分たちの関係は間違いだと気がつくだろう。
その時に、笑顔で彼の手を離せるかと問われれば、ロイにはその自信がない。
いずれ訪れる終わりの時に、そんなみっともない事にならないように、これ以上彼を愛してはいけないと言い聞かせても、想いは加速する一方で-----------。



「・・・・・・・・・眠れないの?大佐・・・・・」
不意に背後から声をかけられ、考え事にふけっていたロイはビクリと身体を震わせる。

「・・・・・・・・・・鋼の・・・・」
振り返れば、そこには窓に背を預け、佇むエドワードの姿があった。

「・・・・・・・・いや、あまりに月が綺麗だったからね。ちょっと見てみたくなって、外に出ていただけだよ。起してしまったかい?」
鋭いエドワードに悟られないように、ロイは取り繕うようにいつもの笑顔を浮かべる。
いつもどおりの笑顔が出来ているかは分からないけれど。
今は自分の演技力を信じるしかない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ロイの態度をどう取ったのか。
エドワードは無言でロイに近づくと、そのまま背中からぎゅっとロイを抱きしめた。
腕の中に納まったロイの身体の冷たさに、エドワードは微かに眉をしかめる。

「・・・・鋼の?」
「月に見蕩れるのはいいけどさ・・・・こんな薄着で外に出るなよ」
すっかり身体が冷え切ってるじゃんと、エドワードは呆れたようにロイを見上げた。

自分の熱が少しでも移るようにと、更に抱きしめる腕に力を込めても、ロイはされるがままになっていた。
頑なに自分の方を見ようとしないロイに、エドワードは小さく問いかける。

「何かあった・・・・・?」
瞬間、ピクリと腕の中の身体が反応するが、それでもなおロイはエドワードを見ようとはしなかった。
「どうして?」
夜空を見上げたまま、逆に問いかけるロイにエドワードは一瞬言っていいものかどうか迷うが、結局は素直に自分の胸に浮かんだ言葉を口にする。

「なんか、凄く辛そうに見えるから・・・・」
相変わらずのエドワードの指摘の鋭さに息を呑みながら、だけど女々しい自分の思いを知られたくなくてロイは緩く首を振る。
「・・・・・・なにもないよ。・・・・・・・君が心配するようなことは、何もない・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「さ、もう遅いんだ、鋼のも早く寝たほうがいい」
起してしまってすまなかったと、謝罪を口にしながらロイは自分の腰に回されたエドワードの手を解こうとする。

「鋼の?」
一向に手を離そうとしないエドワードに、ロイが視線を夜空から背後のエドワードへと移せば、自分を真っ直ぐに見つめる、黄金の瞳と視線が合う。
「・・・・・・・じゃあ・・・・・・」
逸らすことを許さない、強い光を放ったまま、エドワードはもう一度疑問を投げかけた。

「後悔してるの?俺とこんな関係になったことに・・・・・」
「後悔など・・・・・・ッ!」
エドワードの痛みを堪えたような問いかけに、ロイはとっさに首を振っていた。
そうだ、後悔などするはずがない。

エドワードを受け入れたのは、すべて自分の意思。
たとえ遠くない未来エドワードに捨てられようとも、今だけでもいいからこの存在を独占したいと思ったのは、紛れもないロイの本心。

「後悔などするわけない・・・・・・。後悔するとすればそれはいずれ君が・・・・」
「・・・・・んだよ、それ・・・」
鋭くなったエドワードの視線に耐えられず、ロイはまた視線を逸らす。
「こんな不毛な関係・・・・。本当にいつまでも続くと思っているのか?鋼の、君はまだ幼いから。今はただ傷を舐めあう同類を求めているだけなんだよ。こんなものは、ただの気の迷いだ・・・」
俯いてしまったロイをどう思ったのか、前髪を掻き揚げてエドワードは小さくため息をつく。

「はがね・・・の・・・?」
「もしかして、俺ずっと勘違いしていたのかなぁ・・・・・・・」
エドワードは独り言のように呟いて、ロイを拘束していた腕を解いてしまう。

背に感じていたぬくもりをなくしたロイが、改めて後ろを振り返れば、エドワードはクルリと背を向けてスタスタと室内へと戻ってしまった。
怒らせてしまったか・・・・。
それはそうだろう。完全に自分たちの関係を否定することを告げたのだ。

しかし、ロイに背を向けたエドワードは、椅子に引っ掛けたままにしてあった自分のコートを掴むと、すぐにロイの元へと戻ってくる。
「鋼の?」
コートのポケットをごそごそと探るエドワードを、ロイは不思議そうに見つめる。

程なくして目当てのものを見つけたらしいエドワードが、何かを握り締めたらしい左手をロイに突き出した。
心なしかその頬は赤く、ロイを真っ直ぐに見ずに視線を逸らす姿は、なんだかいつものエドワードらしくない。
「やる」
「え?」

訳も分からないまま、思わず差し出してしまったロイの両てのひらに落ちてきたのは、月光の光を弾くプラチナリングだった。
プラチナアームをを優しくねじったそのリングは、シンプルな中にも優雅さを漂わせ、一目で高価なものと分かる。
「鋼の・・・・・これは・・・・・」
自分の手のひらにある物体が信じられず、ロイは大きく目を見開く。

「あんたさ・・・。約束とか束縛されるの嫌いかと思っていたから、ずっと渡せなかったんだけどさ・・・」
照れくさいのか、そっぽを向いたままエドワードがボソボソと語る。
「それで不安にさせちまってたならごめん。少なくとも、そんなリングであんたを縛ろうって言うぐらいは、俺はあんたのこと愛してるし、本気のつもりなんだけど?」
「・・・・が・・・・ねの・・・・」
震える声でエドワードの名を呼ぶロイを、エドワードは今度は正面から優しく抱きしめる。

「俺、ずっと思い違いをしてた。あんたに夢中になってるのは、俺だけだと思ってた。・・・・・・・でも、あんただって悪いんだぜ?」
拗ねたようにエドワードが呟く。
いつも大人ぶって見せるから。
お前がしつこいから、仕方なくこんな関係を続けているとその態度が物語るから。
その心の中でそんな不安を抱えていたなんて、微塵も見せてくれないから。
だからずっと勘違いしていた自分は、こんなに遠回りをしてしまった。

「縛っていいなら、縛っていいって、早く言えよ・・・。あんたがヒューズ中佐と嬉しそうに電話をしているときや、ハボック少尉と楽しそうに打ち合わせしているときとか、俺の腹ん中どれ程煮えくりかえってたと思ってんだよ」
クスリと笑ってエドワードは、ロイを見つめる。

「あんたさ・・・いつも、俺のこと子供扱いしてばっかりだけど、この関係を勝手に子供の気の迷いだなんて決め付けんなよ」
「・・・・・・・・・・」
「子供だって、ちゃんと成長してるんだぜ?それに俺だっていつまでも、子供のままなんかではいない。すぐにあんたが背を預けられるぐらいの男に成長して見せるから」
言葉を切って少しだけ身体を離したエドワードが、じっとロイを見つめる。
「だから、俺と一緒に居て。俺のこと愛してくれてるんだったら、俺のものになってよ」

「しかし・・・私は男で・・・・・・」
「そんなの俺には関係ない」
まだ戸惑いを見せるロイに、エドワードはきっぱりと言い放つ。

「あんた難しく考えすぎなんだよ。男だとか、女だとか関係なく、俺はロイ・マスタングという人間を好きになったんだから」
「私とでは、皆に祝福されることもないんだぞ?」
「大佐が言うのはただの一般論だろ。そんなもんで、人の幸せの価値を勝手に決めんなよ。俺の幸せはあんたと共にあること。それ以上の幸せなんてないから」
ニッと、不敵に笑ってみせるエドワードにロイは大きく目を見開く。

完全にロイの負けだった。
「・・・・・・だから、子供は嫌いなんだ・・・・」
エドワードを見つめロイはため息をつく。

「・・・・・・・・・・・大佐?」
倫理も道徳も簡単に乗り越えて。
臆面もなく好きだと行って見せて。
簡単に人の心を捉えて放さない。

「どうしてくれるんだ?今度こそ、私は君を離せなくなるぞ?」
せっかく、まだ逃げ道を作っておいてやったのに。
「・・・・・それこそ、上等じゃん?もっと、もっと、俺を求めてみせてよ」
「・・・・・・・・・まったく、鋼のには敵わないな・・・」

いつのまに、こんなに成長していたのだろと思う。
初めて自分が見つけたときは、今にもこの世から消えてしまいそうな儚さを纏っていた、この少年は。
気がつけば自分の不安を見抜き、尚且つ包み込む強さまで身に着けてくるとは。
全くもって、子供の成長とは恐ろしい。

「それで、返事は?大佐?」
きっともう答えは分かっているであろうに、改めて問いかけてくる少年に苦笑して。
ロイはエドワードから、渡されたリングを左手の薬指へとはめる。
笑ってしまうほどピッタリと薬指にはまるリングに、また笑みがこぼれる。

「これで満足・・・・・・・か?」
「ああ。」
左手を見せて微笑むロイの手を捉えて、エドワードは満足げに頷くと、そのまま引き寄せて耳元に囁く。
「愛してるよ、ロイ。今度こそあんたを離さねぇから」

引き寄せられたことによって、ロイの目の前に広がるのは、エドワードの黄金の髪。
まるで太陽そのもののようなその髪は、夜の闇の中でもその輝きを損なうことはない。
愛しい太陽に抱き締められたまま、ロイは幸せそうに微笑んだ。



                                               END




・・・・・・・なんだコレ・・・・(滝汗)
完っっっ全に、着地地点を間違えたような気がします。
テーマは指輪だったはずなのに・・・・。
指輪=プロポーズという、管理人の思考回路に問題があるのでしょうか・・・。
ひぃぃ(><)こんな話でなんですが、憧れの筑紫様に捧げさせてくださ〜〜〜い。
先日のオンリーでは大変お世話になりました。
お礼の品が、こんなもんですみません・・・・。
私にはこれで、精一杯でした(爆)