パタパタと、左右が微妙に違う足音が、日の暮れかけたイーストシティを駆け抜けていく。
少年が駆けるたび、彼の背中で無造作に縛られたみつ編みが、彼の動きにあわせて跳ねている。
人目を引く緋色のコートは、夕日をうけてより赤みを増していた。
まだ幼さを残す少年の顔は、少々目つきは悪いものの、将来さぞかし美男子に育つであろうことを十分に髣髴させる、中々整った顔立ちをしていた。
少年の名は、エドワード・エルリック。
最年少にて国家資格を取得した錬金術師であり、軍部ではその名を知らぬ者がいないほどの有名人でもある。
まぁ、彼の場合は『エドワード・エルリックの在るところ、必ずトラブル有』という、些か不名誉な意味合いも含むのだが。
エドワードは弾む息もそのままに、人々が何事かと振り返る視線も気にしないで、目的地に向けて一直線に駆けている。
その表情は、傍から見ても分かるほど楽しそうで、またエドワードが何かを企んでいることは、容易に想像できた。
エドワードは走るスピードは緩めることなく、自分が身にまとうコートのポケットに、そっと手を入れる。
生身の左手に当たるのは、固いガラス瓶の感触。
駆けているうちにその物体を落としていない事を確認して、エドワードはニヤリと片方の頬を吊り上げる。
それは、ほんの数時間前に手に入れたばかりのシロモノだ。
果たして。
本当にこれをくれた人物の言うとおりの効果があるかは、疑問が残るものではあるのだが。
これをくれた本人によれば、「これはシンの国に代々伝わる媚薬」らしい。
効果の程は試してからのお楽しみダヨと、鍋をつつきながらリンは楽しそうに笑っていた。
エドワードにとって、その効果を試してみたい人物と言えば、ただ一人。
漆黒の髪と漆黒の瞳の、過ぎる美貌を持つ自分の上司兼後見人、そして恋人の三役をこなす人。
パッと見冷たく見える彼も、エドワードにとっては、世界中の誰よりも可愛く見える大切な恋人なのだ。
「ふっふっふ。待ってろよ、大佐〜!!」
ポケットに入れられたガラスの小瓶を握り締めて、エドワードの不敵な笑いが、暮れかけたイーストシティの町並みに響き渡った。
◆◇◆
同じ頃、書類を真剣に見詰めていたロイは、ゾクリと背中を走る悪寒に、ふと顔を上げた。
「・・・・・?どうかなさいましたか?大佐?」
その様子に、ロイの傍で決済済みの書類の確認していた、ホークアイが首をかしげた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・いや、なんだか、いまもの凄い悪寒が・・・・・・」
きょときょとと辺りを見回しながら、ロイはその悪寒の指し示すものが分からなくて、首をひねる。
「お風邪でも引かれましたか?大佐」
「いや・・・・・風邪では無いと思うが・・・」
確かにここのところ仕事が忙しく、不規則な生活を送っていると言う自覚はあるが、それぐらいで体調に支障をきたすほど自分は柔ではないと、ロイは緩く首を振る
「ですが、万が一と言うこともあります。今日は書類も少ないことですし、たまには早めに帰られたらいかがですか?」
「中尉?」
思っても見ないホークアイの言葉に、ロイは驚いたようにホークアイを見つめてしまう。
「・・・・・・・・・・・・大佐がここのところ、執務が忙しかったのは存じております。たまにはご自身の為に時間を使われても、罰は当たらないかと」
「ははは」
普段は仕事に厳しいホークアイではあるが、なんだかんだ言っても自分の体調を心配してくれる姿に、ロイは嬉しそうに笑う。
本当に自分はいい部下に恵まれたと思うのは、こういう時だ。
ただ仕事をこなすだけの有能な部下なら、軍部にはいくらでもいる。
しかし、上司の体調管理までしてくれる部下となると、そうは簡単に見つかるまい。
実際問題、仕事をよりこなす為には、相手の身体の心配までしていられないからだ。
疲れていようが、高熱を出していようが、お構い無しに仕事を持ってくる輩をロイも多く見てきた。
その者たちと比べても、ホークアイのロイに接する態度は随分と柔らかく、最後の最後でロイに無理をさせることも決してしない。
これほど出来た部下は、軍部広しといえども、そうそ発掘できない逸材だろう。
ホークアイはロイにとって、いまや手放すことの出来ない大切な部下の一人だった。
「・・・・・・・・・・・それでは、中尉。今日は君の言葉に甘えさせていただくとするかな」
笑いを収めたロイは、そう呟きながら立ち上がる。
せっかくチャンスだ、このまま無駄にしてしまうのは勿体無い。
いそいそと、執務机の上に散らばった書類をまとめはじめるロイを見て、ホークアイは小さく頷く。
「分かりました。それでは私は、こちらの決済済みの書類を提出してまいりますので、大佐はお帰りの支度を」
「いや、構わんよ。今日は歩いて帰る」
暗に車を回しますと告げるホークアイを、ロイはゆっくりと首を振って遮った。
「ですが・・・・・」
「今日は特別に早く帰してもらうからな。またハボックあたりに頼んだら、羨ましがられそうだ。」
仕事は出来るくせに、飄々とした姿のせいか軽く見られがちな部下の一人の顔を思い浮かべて、ロイは苦笑した。
多分ハボック本人に、そんな悪気は無いのだろうけど。
でかい図体で、羨ましそうにロイを見送る姿は、まるで捨てられた子犬のようで。
そんな羨望の眼差しで見送られると、どうにも罪悪感にかられて仕方が無いのだ。
それはホークアイにも、伝わったのだろう。
「分かりました」
その姿を想像してしまったのか、笑いを堪えるように小さく咳払いをしながら、ホークアイは頷いた。
「では、私はこれで失礼致します。大佐もお気をつけてお帰りになってください」
書類を抱えてるため、敬礼は出来ないがホークアイはそういうと、頭を下げた。
「ああ。では、後はよろしく頼む。しかし、その書類の量は中尉には少々重くないか?提出先まで手伝うか?」
「いえ。これぐらいの量でしたら大丈夫です。それに半分以上の提出先はこの執務室よりそれほど離れていませんので」
「そうか」
「はい。それでは、失礼致します」
相変わらずきびきびと動く美貌の副官は、もう一度ロイに頭を下げると、そのまま書類の束を抱えて執務室を出て行った。
パタンとドアが閉まるまでその背を見送って、ロイはもう一度自分の執務机に座りなおした。
思ったよりも早く帰れることになり、家に戻ってから何をしようかとぼんやりと考えつつ、先ほどまとめた書類を片付け始める。
それほど時間をかけるまでも無く、机の上はすぐに綺麗になった。
これで帰れるなと思いながら、再び机から立ち上がったロイは、執務室に備え付けられたロッカーへと愛用の黒いコートを取りに行く。
ロッカーを開け、ロイがコートを手に取った時、不意にロイの耳に騒々しい足音が聞こえてきた。
「・・・・・・・・・・この足音は・・・・・」
誰だと考えるまでも無いだろう。
広い軍部といえども、こんな勢いよく駆け回る人物といえば、ロイには思い当たる人物は一人しかいない。
「大佐、いっるー?」
声と共にバンッ!!と、けたたましい音を立てながら、執務室のドアがノックされる事も無く開かれる。
弾丸のごとく飛び込んできた人物は、ロイの予想通りの人物だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鋼の」
コートを手にしたまま、ロイは疲れたように額に手を当てて、飛び込んできた人物の名を呼んだ。
「なんだよ、大佐。そっちにいたのか。久しぶりだな!!」
いつもの執務机にロイの姿が見えなくて、視線を彷徨わせていたエドワードは、背後から聞こえた声に勢い良く振り返ると片手を上げて挨拶をする。
「・・・・・・・・・・・久しぶりというか、昨日も会ったような気がするが」
ぴくぴくとこめかみを引きつらせるロイを気にもとめず、エドワードはのん気に笑う。
「何言ってんだよ、一日でも半日でも間が空けば、俺にとっては久しぶりなの!」
「それ以前に、執務室に入るときにはノックしろと、何度言ったら君は分かるのかねッ!?」
「あれ?その格好からして、もう大佐帰れるの?」
ついに怒鳴りだしたロイをさらりと受け流して、エドワードはロイの持つコートを見つめる。
「・・・・・・・・・・・・あのな」
暖簾に腕押し、ぬかに釘。二階から目薬と何を言っても全く効果の無いエドワードの姿に、ロイの頭の中を様々な単語が駆け抜けていく。
ガクリと呆れて肩を落とすロイに、トコトコと近寄ったエドワードは、ロイの腕を取って楽しそうに笑った。
「良かった。俺、今日大佐の家に行こうと思ってたんだ。まだまだ仕事の終わる時間じゃ無いと思って、先にこっちに回ったんだけど、もう帰れるんだ?」
「・・・・・・・・・・・・あ、ああ」
満面の笑みで嬉しそうに問いかけられれば、もとより(本人に自覚がなくとも)エドワードに甘いロイは、先ほどの怒りもどこへやら、コクリと小さく頷く。
「ここのところ、執務室にカンヅメが多かったからね。中尉が今日は特別に帰してくれると言ってくれてな」
「相変わらず、中尉に頭が上がらないんだな・・・あんた」
呆れたように笑うエドワードに、ロイは困ったように笑ってみせる。
「じゃあさ、今からあんたの家行ってもいい?」
勿論これも作戦のうちなのだが、エドワードは微かに瞳に不安を浮かべながら、ロイを見上げた。
断られたらどうしようと、瞳でしっかりと語りながら見つめられて、ロイにエドワードを拒絶することなど、出来るわけがない。
「それは別に構わないが・・・・・・・」
エドワードの策略とも知らず、ロイは簡単に了解の意を示してしまう。
その答えに、エドワードが心の中でニヤリと悪魔の微笑を見せたことなど、ロイは知る由も無い。
「でも、先ほども言ったとおり、私はここのところあまり自宅に戻ってはいないんだ。たいしたものが残っているとも思えないから、夕食は期待できないぞ。いっそ、どこかで食べてから帰るか?」
「いや。俺あんたの手料理大好きだから。あんたが作ってくれるって言うなら、そっちの方がいい」
そう。雨の日は無能だといわれているロイではあるが、実はこう見えて料理の腕はかなりのものなのだ。
母の料理の味とは違うが、温かみのあるロイの料理が、エドワードは大好きだった。
でも、疲れてるなら別に食べて行ってもいいよと、エドワードは続ける。
子供なりの気遣いを見せるエドワードに、ロイはクスリと笑ってその手をエドワードの頭へと置いた。
「子供が変な気遣いをするんじゃない。いいだろう。たいしたものは出せないだろうが、私の家で食事にしよう」
「子供っていうなッ!!」
ポンポンとあやすようにロイに頭を叩かれて、エドワードは拗ねたようにその手を振り払った。
むくれるエドワードを見て、ロイはクスクスと穏やかに笑う。
本当に甘い人だと、エドワードはこれから自分がしようとしていることを考えて、少々申し訳ない気分になってしまう。
(悪ぃな・・・・・大佐。子供っていうのは、好奇心旺盛なんだ)
都合のいいときばかり子供になる自分に苦笑して。
だけど膨らむ好奇心は押さえようもなくて、心の中で小さく詫びたエドワードは、帰り支度をすませたロイと連れ立って執務室を後にする。
ロイが自ら悪魔を自宅に招き入れてしまったことに気がつくのは、今から数時間後のことだった。
◆◇◆
「ごちそうさまー!!」
質素ではあるが、ありあわせの物で作ったとは到底思えない料理の数々を綺麗に平らげて、エドワードは行儀良く手を合わせた。
「うん。やっぱり、大佐の作るメシはうまいよな。」
うんうんと感心したように頷くエドワードに、こちらはまだ食べ終わってないロイが呆れたように呟く。
「全く、鋼のは相変わらずの早食いだな・・・。よく噛んで食べないから、身長が伸びないんじゃないか?」
「うっせー!誰が、うっかりポケットの中に入れられて連れて行かれそうな、豆粒ドチビかぁーーーーーーッ!!!」
「・・・・・・・・だから、誰もそこまで言ってないって・・・・・」
相変わらず身長の話題には妙に敏感なエドワードに、ロイは苦笑を漏らす。
確かにこの年齢の男子の平均身長よりは小さめなエドワードだが、それほど心配する必要もないのではないかとロイは気楽に思っている。
自分が押し倒す側にも関わらず、恋人を見上げなければならないエドワードの切なさは、ロイには分からないのだ。
「まぁ、いいや。それじゃメシもご馳走になったことだし、お茶ぐらい俺が淹れるな」
ころりと機嫌を直して、エドワードはまだ食事をしているロイを見ながら、自分の使った食器をさっさと重ねた。
「ああ、すまないね、鋼の」
「気にすんなって、メシご馳走になってるんだから、これぐらいさせてよ」
立ち上がろうとするロイを制して、エドワードは重ねた皿を持ってキッチンへと向かう。
コーヒーを淹れるために必用なものの場所は、何度もロイの家に来ているエドワードには、きっちりと頭の中にインプットされている。
まさに勝手知ったるなんとやらだ。
「さて・・・・・・・・・・」
お湯を沸かしながら、エドワードはごそごそと、脱いであったコートのポケットを探る。
取り出したのは、本日手に入れたばかりの魔法のクスリ。
自分の事を全く疑いもしていないロイにこれを使うのは、エドワードとて良心の呵責を覚えないわけではない。
だが、錬金術師の悲しい性か。
効果不明の薬は、試してみたくてしょうがないのだ。
「ごめんな・・・・大佐。」
ここにはいない相手に小さく謝って、エドワードは小瓶の中に入った透明な液を、数滴ロイのカップへと落とす。
「あ・・・・やべー。一回に使う量がどれくらいか、確認してくるの忘れてた・・・・」
何滴か落としてしまってから、エドワードは正確な使用量の確認をしてこなかったことに気がつくが。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ま、いっか」
持ち前の大雑把さで、気にしないことにしてしまう。
「果たしてホントに効果があるのかなー」
何しろこれをくれた人物が人物だけに、かなり怪しい。
これで何も効果が無かったら、今度こそあの糸目をぶっ飛ばそうと物騒なことを呟きながら、お湯が沸いたことを確認したエドワードは、薬を入れたカップにコーヒーを注いでいく。
透明な液体はあっという間にコーヒーへと混ざり、その存在を隠してしまう。
無味無臭といわれた薬だけあって、カップからはコーヒーのまろやかな香り以外は何も匂わなかった。
「大佐〜、コーヒー淹れたけど、食事終わったか?」
薬入りのコーヒーを持って、なにくわぬ顔でエドワードがリビングへと戻ると、ロイは丁度食事を終えたところだった。
「ああ、丁度終わったところだ。コーヒーを頂こうか」
「大佐もブラックでいいんだろう?」
「ああ」
エドワードがカップを渡すと、ロイは何の疑問もなく素直に受けとり、そのまま口をつけて一口飲んだ。
「・・・・・・・・・・・・・どう?」
エドワードとしては別の意味での質問だったのだが、薬入りコーヒーを飲まされているとは知らないロイが、その真意に気がつくわけも無い。
「・・・・・・・・・どうって・・・・。普通においしいが?」
いつに無くじっと自分を見つめてくるエドワードを不審に思いつつ、ロイは素直に答えた。
「いや・・・・・そういう意味じゃないんだけど・・・・」
「では、どういう意味かね?」
「いや、なんでもねぇ・・・・・・・・」
「? 変な鋼のだな」
らしくも無く煮え切らない態度のエドワードに、ロイが首を傾げた時。
不意に変化は訪れた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
クラリと視界が歪んだような気がして、ロイは驚いたように右手で自分の額を押さえた。
「・・・・・・・・・・・大佐?」
ロイの変化の原因に大いに心当たりがあるエドワードは、少し慌てながら自分の持っていたカップをテーブルへ置くと、ロイを覗き込む。
「だい・・・・・じょ・・・・・ぶ・・・・だ」
心配そうなエドワードの声音に、ロイは心配をかけまいと声を出すが。
突然早鐘を打ち始める自分の鼓動に、訳も分からずカップをテーブルに置くと、両手で自分の身体をぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫って・・・・、身体震えてるぜ?」
そういいながらエドワードが、ロイの身体にそっと触れたとき。
カッ!とロイの身体に焔が灯った。
「さ・・・・触るなッ!!」
突然の自分の身体の変化についていけず、ロイはとっさにエドワードの手を振り払う。
「大佐・・・・・・・。」
まさかこれほど効き目があるとは、エドワードも思っていなかっただけに、ロイの過剰な反応に驚く。
自分を見上げるロイの瞳は既に潤んでいる。
震える肩を抱きしめて、必死に何かに耐えようとする姿は、本人に自覚がなくとも否応無しにエドワードの熱を煽るのに十分な姿だった。
「こんな・・・・・一体・・・・なんで?」
身のうちを暴れまわる信じられない熱に、ロイは怯えたような声を出す。
が、そこでハッと気がついたようにエドワードを見た。
先ほど、一瞬慌てたような様子を見せたエドワード。
しかし、今は黙って自分の姿を見つめるばかりだ。
そこから導き出される結論なんて、一つしかありえない。
「鋼の・・・・・・。君は私に一体何を飲ませた?」
この原因は間違いなく君にあるだろうと鋭く睨んで問い詰めれば、エドワードは僅かに驚いたように目を見開くが、すぐに諦めたように口を割った。
「あー・・・。シンの国に代々伝わる媚薬とやらを少々・・・・」
「な・・・・・なんだって?」
ばつが悪そうに頬をポリポリとかきながら、あさっての方向を見て語るエドワードの答えに、ロイは驚きの声を上げる。
ある程度予想はしていたものの、悪い意味で予想を裏切ったエドワードの答えに、ロイは愕然と目を見開く。
「ごめんな大佐・・・・。悪いとは思ったんだけど、どうしても効果を試して見たかったんだ」
「ば・・・馬鹿か君はッ!!試したかったら、自分の身体で試せばいいだろう!!」
「だから、悪かったってば・・・。勿論、責任はちゃんと取るから」
「な・・・何を言って・・・・う・・・んん」
まだ文句を言いたげなロイの唇を、エドワードは自らの唇でふさいで、ロイの抗議を止めてしまう。
「ん・・・・・・・んん・・・・・・・・・」
最初はジタバタともがいていたロイも、エドワードの施す口付けに抵抗する力はあっという間に弱くなっていく。
はっきり言って。
今まで交わしてきたどの口付けよりも気持ちがいい。
頭の中がジンと痺れるような口付けに、ロイの意識はあっという間に流されていく。
シンの国の媚薬は、確実にその効果を発揮しはじめていた。
舌と舌が触れ合うだけで、つま先から頭まで稲妻のような快感が走り抜ける。
呼吸をする間さえロイには惜しくて、もっともっととねだる様にエドワードにすがり付いていく。
そんなロイの可愛らしい仕草に、エドワードはクスリと笑うと、椅子に座ったままのロイの後頭部に手を差し入れ、貪るような激しい口付けを与えていく。
お互いの舌を絡めあい、きつく吸いあう。
どちらのものともつかない、飲み下しきれなかった唾液がロイの口から溢れて、顎を伝う。
「ふ・・・・はぁ・・・・」
散々貪りあって漸く唇を離せば、ロイは新鮮な空気を求めて、苦しそうに喘いだ。
ちらちらと薄い唇からのぞく赤みを増した舌が、なんとも艶っぽい。
「気持ちよかった?」
「あ・・・・ん、鋼の・・・・・」
溢れた唾液を舌でエドワードが拭ってやれば、そのかすかな刺激もすべて快感に直結してしまうらしく、ロイは身体を震わせた。
「この続き・・・・していいよな?」
エドワードに確認するようにたずねられ、ロイは戸惑ったように視線を彷徨わせる。
しかし、既に身体は押さえがきかないところにまで達してしまっているらしく、すぐにコクンと小さく頷いた。
いつに無く素直なロイの反応に、エドワードは一瞬感動してしまう。
頬を染めたまま、幼子のようにコクリと頷くロイの姿なんて、そうそう拝めるものではない。
「ほんっと・・・・今日の大佐は、一段と可愛いな」
感慨深く呟くエドワードに、ロイは一瞬にして頬を染める。
「な・・・!元々誰のせいで・・・・・ッ」
「はいはい。それは俺のせいだから。最後までちゃんと責任は取るって。」
だけど、リビングでこのままするわけには行かないだろう?とエドワードはロイに手を差し出して、寝室へと誘う。
しかし、ロイはエドワードの手を取ることは無く、困ったようにその手を見つめる。
「大佐?」
どうしたのだとエドワードが首を傾げると、ロイはフイっと視線を逸らして、憮然と呟いた。
「・・・・・・・・・立てない・・・・・」
「へ?マジで?」
予想外のロイの答えに、エドワードはまじまじとロイを見つめてしまう。
「キスだけで、腰砕けってヤツ?うわ、ホントにこのクスリの効果、スゲエんだな・・・」
「感心している場合か!!私はこんなところで君に押し倒される趣味は無いぞ!!」
怒ったような、それでいて泣きそうなような顔を見せるロイ。
その姿は身を焦がすほどの熱を持て余して、どうしていいのか分からないのだと、雄弁に語っていた。
エドワードは宥めるように、そっとロイの頬に口付ける。
「そんな泣きそうな顔すんなよ。まるで俺がいじめてるみたいじゃん」
「だッ!!誰が泣いてなど・・・・ッ!」
その肌に触れるすべてを快感として受け止める、敏感すぎる身体を持て余し。
これから訪れるであろう未知なる快楽に怯えているくせに、それでも精一杯強がるロイが愛しくて、エドワードはぎゅっと恋人を抱きしめた。
「大丈夫。立てないんだったら、ちゃんと俺が運んでやるよ・・・」
言うが早いかエドワードは、ロイの背中と、膝の後ろに手を入れると、軽々とその身体を抱き上げてしまった。
「うわッ・・・!?ちょ・・・鋼の!!」
予想外に簡単に抱き上げられてしまって、ロイは慌てたようにエドワードにしがみつく。
「そうそう、ちゃんとつかまっててな。」
慌てるロイとは対照的に、楽しそうに笑ったエドワードは、ロイを抱えたままさっさと寝室へと続く階段を上がっていく。
抱きかかえたロイの身体は、驚くほど熱い。
時折薄く開かれた唇から漏れる吐息も、熱を帯びていて、いまやクスリは全身を侵していることを物語っていた。
寝室へとたどり着いたエドワードは、ロイをそっとベットの上に降ろすと、そのままロイの上へと圧し掛かった。
「辛い?」
「あっ・・・・ん、やぁ・・・・鋼のッ!」
ロイの柔らかい耳たぶを甘噛みしながら、わき腹を撫でただけで、ロイはピクリと身体をすくませる。
まだ何もされていないのに、触れられただけで感じるなんて。
クスリのせいと分かっていても、淫らな己の身体にロイは泣きそうになる。
加えて、エドワードはまだ冷静なのが、更に居たたまれなさを増幅させる。
こんなあられもない姿を晒して、年若い恋人に呆れられたらと思うと、言いようのない不安がよぎる。
そんなロイの不安を感じ取ったかの様に、エドワードはロイの額にそっと口付けを落とし囁く。
「可愛い・・・・大佐・・・・。もっと、もっと、乱れて見せて?」
「はが・・・ね、の?」
「俺だけしか知らない大佐の感じてる顔、もっと見たい・・・・。」
「ひぁ・・・やぁ・・・やぁぁぁッ!!」
いつの間にシャツのボタンをはずしていたのか。
スルリと隙間から侵入したエドワードの指に、胸の突起を摘まれて、ロイの身体が大げさなぐらいに跳ねた。
「・・・・・・・もう固くなってるね」
クスリと笑いながら状態を報告するエドワードに、ロイの頬は一瞬にして朱に染まる。
「言う・・・なっ!そんなこと」
「・・・・・・・そんな顔したって、男の欲を誘うだけだって分かってる?」
いつもは吸い込まれそうなほど神秘的な漆黒の瞳が、今は快楽に染まりうっすらと涙を浮かべてエドワードを見つめている。
普段とのギャップが、なお男の欲を誘うのだとロイは気がついていない。
「ね、舐めるのと、指で触るのどっちがいい?」
「そんなこと・・・・ッ!」
言えるわけ無いと、ロイはフルフルと首を振る。
身体はとっくに限界であろうに、それでも素直に自分の望みを口に出来ないロイの姿に、エドワードは小さくため息を落とす。
「俺を相手に遠慮なんてしなくていいのに・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「いいよ、じゃあ、俺の好きにする」
ためらいを捨てきれないロイに、小さく微笑んで見せて、エドワードはロイの白い肌の上、一際目を引く赤い飾りに唇を落とす。
「あ・・・・ふぅ・・・・はがね・・・・のぉ・・・・」
ペロリと舐めるとロイは小さく首を振って、刺す様な快感に耐えようとする。
パサパサと真っ白いシーツの上で、ロイの漆黒の髪が踊る。
「我慢しなくていいよ・・・・」
「ふぅ・・・う・・・。ば・・・ばかもの・・・・そこで喋るな・・・ッ!」
「もう・・・イきそう?」
ビクビクと震える身体にロイの限界を感じて、エドワードはロイの下肢へと手を伸ばす。
「いやぁ・・・・ッ!鋼の・・・待ってッ!!」
胸の突起だけでもおかしくなりそうなのに、この上下肢まで触られては本当におかしくなると、ロイは怯えたようにエドワードの手を引きとめる。
「大佐?」
一度顔を上げて、エドワードはロイを見つめた。
「いやだ・・・・鋼の・・・・・」
縋るような瞳に、エドワードは困ったように微笑む。
「でも、そのままじゃ辛いだろう?」
「だけど・・・・・」
「敏感になってるのは、全部クスリのせいだから。怖がらなくていいよ・・・・」
「怖がってなど・・・・」
いないといおうとした言葉は、エドワードがロイの唇を塞いだことによって途切れた。
そのまま抵抗を封じ込めて、エドワードはロイの下肢へと手を伸ばす。
ビクリとすくむ身体を宥めるように、そっとベットへ縫い付けて、エドワードはロイの下肢へと触れた。
一度も触れていないにも関わらず、そこは洋服の上からでも分かるほど、既に十分な熱と角度を持っていた。
「んん・・・んぅ・・・・・」
エドワードの手に触れられて上がるロイの声は、あわせたままのエドワードの唇の中へと消えていく。
カチャカチャと、エドワードは右手で器用にロイのズボンをくつろげると、そのまま下着の中に手を差し入れる。
「ん!!んんッ!!」
直接触れられる感触に、再びロイが暴れだす。
しかしエドワードは構わず、快楽の涙を流し続けるロイ自身へと指を絡ませる。
ピチャリ・・・と、既に触れそぼっていた下肢から、濡れた音が響く。
淫猥な音に耳を塞ぎたいほどの羞恥に駆られても、エドワードに組み敷かれているロイにはそれは叶わない。
エドワードの手に扱われて、どんどん自身が張り詰めて行くのが分かる。
それはエドワードにも伝わっているのだろう、漸く唇を解放したエドワードがロイの耳元で低く囁く。
「イけよ・・・・・ロイ」
「あっ・・・・・ああぁぁぁぁッ!・・・・・・・・・鋼の・・・・ッ!!」
限界まで高められたそれを更に激しく扱われ、同時に耳たぶをかまれて、ロイは悲鳴を上げて一度目の解放を向かえる。
「・・・・・・・気持ちよかった?」
ロイの放ったものをペロリと舐めながら、エドワードは上機嫌で問いかける。
激しい絶頂に身体を震わせながら、ロイはハァハァと荒い呼吸を繰り返し、返事も儘ならない。
「でも・・・・まだまだみたいだな・・・・」
エドワードの言うとおり、ロイの下肢は一度解放を向かえたにも関わらず、その勢いは今だ衰えていない。
「次は俺も、一緒に気持ちよくしてよ・・・」
「あぅ・・・ん・・・・・」
耳元で囁かれて、その刺激にロイは身体を震わす。
元々感じやすい身体ではあったが、今日は身体すべてが性感帯にでもなったかの様だ。
何をされても、気持ちが良くてしょうがない。
熱にトロンと溶けたロイのを見つめながら、エドワードは邪魔なロイのズボンを下着ごとさっさと取り外すと、ロイの両足を大きく開かせ、その間に陣取る。
いつもならば恥ずかしがって抵抗するロイも、今日はエドワードにされるがままに任せている。
「あんたのココ、ヒクヒクしてる・・・。」
これならそんなに慣らさなくても平気かと呟きながら、エドワードはロイの放ったもので濡れそぼった手を、ロイの秘所へと伸ばしていく。
「んん・・・やぁ・・・・、そん・・・まじまじ見るな・・・・・・」
かすかに残っている理性で、ロイは自分を見下ろすエドワードを押し返そうともがく。
「それじゃ抵抗には、ならないよ、ロイ」
「あ・・・・ああ・・・ッ鋼・・・・や・・・やぁ・・・・・」
抵抗はエドワードの指が秘所につぷりと埋め込まれたことによって、あっさりと封じこめられる。
押し返そうとした手は、ただエドワードにしがみつくだけの役目と成り下がる。
不規則に動く指に翻弄されて、ロイはむずがる様に腰を揺らす。
「ホント・・・・あんた色っぽスギ・・・」
まるで自ら強請るように腰を振るロイの姿に、エドワードは感嘆の声を上げる。
「あぁ・・・ん・・・・ふぁ・・・・はがね・・・のぉ・・・・」
しかしロイにしてみれば、いつまでも決定的な熱をくれないエドワードに焦れるばかりだ。
指では、足りない。
もっともっと、熱が欲しい。
もっと奥まで、刺激が欲しい。
だけど自分から欲しがることなんて出来なくて。
ロイは困ったようにエドワードを見つめる。
「鋼の・・・・・・・」
「ん?どうかしたのか?ロイ」
多分ロイが何を言いたいのか薄々気がついているであろうに、気がつかない振りをするエドワードにロイは悔しげに唇を噛む。
「多分ロイの言いたいことはわかるんだけど・・・さ。たまにはあんたから欲しがってみせてよ」
「な・・・・・・ッ!」
エドワードから言われたとんでもない台詞に、ロイの顔が引きつる。
「じゃないと、いつまでたってもこのまま・・・・・だよ」
「ひっ・・・あッ!・・・・や・・・・ああ・・・」
二本に増やされた指の腹で内壁をこすられて、ロイは背を弓なりにそらせる。
「なぁ・・・。もう、ロイも限界だろ?素直になりなよ・・・・。第一、あんたがそんなに感じているのはクスリのせい・・・だろう?」
「クスリ・・・・・?」
「そう・・・・だから、別に欲しがったって何も不思議なことなんてない・・・・」
囁くエドワードの言葉に、ロイの霞のかかったロイの意識はどんどん侵食されていく。
何よりも。
身体の奥で疼く欲望は、もはや誤魔化しようがない。
「・・・・・・・・・鋼のを・・・・・・・て・・・・・」
すべてはクスリのせいだという免罪符を受け取って、諦めたようにロイは、小さくその言葉を口にした。
しかしエドワードは、残酷にもそれではダメだと首を振る。
「そんなに小さくちゃ聞こえないよ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
「ロ・イ?」
意地悪く首を傾げられて、ロイはついに半ばヤケをおこしながら、エドワードの望む言葉を口にする。
「・・・・・・・早く、鋼のを挿れて・・・ッ!エドワード、君が欲しい・・・・・・・・ッ!!」
言って恥ずかしさのあまり顔を背けるロイに、エドワードはニヤリと頬を吊り上げて。
「良く出来ました。いつもこれぐらい素直ならいいのになー」
「何を言って・・・・ッ」
言葉は、秘所に熱いエドワード自身があてがわれた事により途切れる。
「俺もいい加減限界だから・・・ッ!」
ロイが思っていた以上に、切羽詰ったエドワードの声が聞こえて。
次の瞬間一息にロイは貫かれていた。
「ひぁッ!や・・・・、ああッ!!」
その衝撃にロイは、悲鳴を上げて再び自らの腹の上に白濁の液を撒き散らす。
「・・・・・・・・・・つっ!」
絶頂に達してビクビクと身体を震わせるロイの動きにあわせて、きつく締め付ける内壁の動きに、そのまま持っていかれそうになるのを、エドワードは唇をかみ締めてやり過ごす。
「やっぱり・・・今日はイくのも・・・早い・・・な」
「あ・・・ふぁ・・・・鋼の・・・・も・・・くるし・・・・。・・・ねがい・・・・動いて・・・・」
既に二度達したにも関わらず、ちっとも収まる気配のない熱に、ロイはエドワードに続きを強請る。
「いいよ。全部俺のせいだから。あんたが、望むままに・・・・」
ロイの願いに答えて、エドワードはゆっくりと動き始める。
「あ・・・・ああ・・・ッ鋼の・・・・・ふぁ・・・・・んッ」
エドワードの与える快楽に、ロイは身も世も無く乱れていく。
徐々に早くなる動きに、意識が解ける。
グチュグチュと下から聞こえる普段ならば耳を塞ぎたくなるような、二人が交わりあう音も、もはやロイには快楽を高める材料にしかなりえない。
そしてエドワードもまた、乱れよがるロイの姿に魅入られていく。
いつもは冷たく光る漆黒の瞳が、涙に濡れる様が。
申し訳程度に、ロイの白い肌を隠すシャツが。
途切れ途切れに、エドワードの名を紡ぐ赤い唇が。
目に映るもの、耳から聞こえるものすべてが、エドワードの欲を誘い、熱を高めていく。
絡みつく内壁の動きに、先ほどは持ちこたえたエドワードにも、限界がやってくる。
「あっ・・・んん・・・・あ・・・は・・・・はがね・・・の・・・・もう・・・・」
「いいよ・・・・今度は、一緒に・・・・・な?」
そう言ってエドワードは、一際強く腰を打ち付けた。
「ひっ・・・・・く・・・・・ああ・・・・・・・ッ」
「・・・・・・・・・・・つっ・・・・・・・ロ・・・イッ」
上り詰めたのは、ほぼ同時だった。
「ふ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・」
荒い息をつきながら、エドワードはロイの上へとパッタリと倒れこむ。
「すっげー・・・・・・・気持ちよかった・・・・・・・」
余韻を噛みしめるように呟くエドワードの下で、ロイもまた荒い呼吸を繰り返す。
「はぁ・・・・・はぁ・・・・・・・・・あ?」
異変に気がついて、先に声をあげたのはロイだった。
確かに今上り詰めたばかりだというのに、中心が再び熱を持ち始めている。
「ロイ?」
「やッ!鋼の・・・!見るなッ!!見ないでッ!!」
様子のおかしいロイを覗き込もうとするエドワードを、ロイは必死に遮った。
しかし、快楽の余韻の残る体では、エドワードは止められない。
エドワードはやすやすとロイの両腕を頭上でひとまとめにして、ベットへと縫い付ける。
じっと見つめるエドワードの視線を感じて、ロイは顔を背ける。
「まだ・・・・足りないみたいだな」
その言葉はどこを見て発せられているかを察して、ロイは視線を合わせないまま頬を染める。
「そんなに恥ずかしがるなって・・・・・」
「だって・・・・さっきあんなにしたのに・・・・、それなのに・・・・・・・」
「だから、それは全部クスリせいだって。別にあんたの身体が淫乱なわけじゃない。ま、俺としては厭らしいあんたも、大好きだけど」
ニカッと笑って見せるエドワードに、ロイは背けていた視線をエドワードへと戻す。
「あ・・・・・・」
視線を合わせた途端、まだ中に残っていたエドワードが大きくなるのを感じて、ロイは困ったように笑う。
「へへ・・・・。俺は若いから、まだまだ行けるぜ」
「鋼の・・・・・」
「あんたの身体が満足するまで何度だって、イかせてやる。言ったろ?責任はちゃんと取るって」
「・・・・・・・・・・・・」
「だから言って?さっきみたいに、俺が欲しいって・・・・・」
エドワードの言葉に、ロイは堰を切ったようにエドワードへと縋りつく。
「して・・・・。エドワード、もっと・・・・もっと・・・」
「ホントに可愛い・・・・・ロイ」
「エド・・・・・エドワードぉ・・・・」
ロイの腰を抱えなおし、顔中にキスの雨を降らせながら、再びエドワードは動きを再開していく。
必死にエドワードの背に縋りつきながら、ロイは終わることの無い快楽の波にさらわれていく。
その夜。
深夜遅くまでロイのあえかな声が途切れることは無かった。
◆◇◆
翌日。
エドワードに好き勝手に抱かれた身体は、動くはずもなく、ロイはベットの上の人となっていた。
せめてもの幸いだったのは。
昨日ロイが悪寒がと言っていたせいで、ロイからの電話を受けたホークアイが、ロイは風邪が悪化したものと誤解して、あっさりと有休の許可をくれたことだ。
降って湧いた突然の休日に、身体が動かないにも関わらず、ロイは上機嫌だった。
勿論ロイの機嫌がいい理由は、それだけではない。
何よりもロイを上機嫌にさせているのは----------------。
「鋼の・・・・その机の上にある本が読みたい」
「ヘイヘイ。ただいまっ・・・と」
寝室を掃除していた手を止めて、エドワードは寝室のサイドテーブルに置かれた本を、ベットの背もたれに身を預けて身体を起しているロイへと手渡してやる。
「鋼の。それが終わったら、次はリビングの掃除を頼むぞ」
「ヘイヘイ」
エドワードが昨日のお詫びにと、かいがいしくロイの世話を焼いてくれているからだ。
「あ・・・、その前に、喉が渇いたから、飲み物が欲しいな。持ってきてくれるか?」
「了解」
「でも、昨日みたいに変なものを混ぜるんじゃないぞ!」
「・・・・・分かってるって」
しっかりと注意を忘れないロイに、まぁそれも仕方がないとエドワードは小さく苦笑する。
今日は目一杯恋人を甘やかすと決めたのだ、どんな無理難題を言われたところで、エドワードは断るつもりなどなかった。
ロイに頼まれて、キッチンへと向かったエドワードは、程なくしてオレンジジュースを片手に戻ってくる。
「冷えてるのって、これぐらいしかなかったけど、これでいい?」
「ああ。ありがとう。鋼の」
ロイはエドワードからグラスを受け取ると、コクンとジュースを飲み干していく。
そんなロイの様子を見ながら、エドワードは寝室の掃除を再開する。
小まめに動くエドワードの背を見ながら、ロイは幸せそうに笑う。
身体はあちこち痛いけど、やはり恋人に大事にしてもらっていると言う現在の状況は悪くない。
「鋼のー。そこの掃除が終わったら、次は書斎を頼むぞー」
「ヘイヘイ」
「ああ、ついでにキッチンの掃除もお願いしようかな・・・・」
「ヘイヘイ」
何を言っても素直に頷くエドワードに、ロイはクスクスと笑いを零す。
「鋼のー」
「あん?」
呼べはすぐに振り返る、年下の恋人。
この強い黄金の眼差しに惹かれたのは、いつの日のことだったか。
「好きだぞー」
「ヘイヘイ・・・・・・・・って、ええッ!!!???」
冗談交じりに告げてやれば、そのまま聞き流して再びロイに背を向けたエドワードが、言葉の意味に気がついて慌てて振り返る。
「た・・・・・大佐!今、何て言った!?」
「鋼の・・・・手が止まってる・・・・・」
「あー!掃除ならこの後いくらでもやるから!!だから、今の言葉もう一回言って!!」
昨日ロイの身体を好き勝手にした人物とは同一とはとても思えない幼い仕草で、エドワードはロイのいるベットに必死にの形相で乗り上げてくる。
ロイがエドワードに気持ちを告げてくることは、滅多にあることではない。
たとえ冗談交じりでも、さらりと聞き流してしまうのはあまりにも勿体無さ過ぎた。
「さて、なんのことやら」
「たいさ〜〜〜〜」
情けない声で泣きついてくるエドワードに、ロイは更に笑ってしまう。
「そうだね。鋼のが今日中に私が満足するぐらい部屋を綺麗にしてくれたら、考えてやってもいいかな」
「おし!!その言葉絶対に忘れるなよ!!」
即答で答えたエドワードは、そのままもの凄い勢いで他の部屋片付ける為に、寝室を飛び出していってしまう。
掃除といっても、元々必要最小限の物しかないロイの家では、それほどの難作業ではないだろう。
きっと昼過ぎには、得意満面の笑顔で終わったと告げにくるに違いない。
その時に告げてやる言葉を考えながら、ロイはもう少し身体を休める為、ベットへと横になった。
心地よい眠りが訪れるまで、それほど時間はかからない。
久しぶりに穏やかな時間が過ぎていた。
END
こちらが一時期アドレス申請によって公開していた隠し小説でした。
一応冬に使っていた拍手5の続きになります。
たったあれだけの会話から妄想を膨らませて、こんな話を書く管理人。・・・・アホだ(−−;
今回はもんのすごくH頑張ったと思った作品でしたが、こうして改めて見るとそうでもないなぁ・・・。
ロイたんはもっと色っぽいの〜〜〜(><)ノと自分で、自分の作品に突っ込んでみたり。
・・・・・・精進します。