まどろみの中でみる夢は



その光景を見かけたのは、ほんの偶然だった。


毎度恒例の定期報告をするために、東方司令部を訪れた俺は、これまたいつものように大佐のいる執務室に向かうつもりだった。
だけど東方司令部の入り口の階段を上りながら、何気なく視線を動かした先。
その瞬間に目に飛び込んできた、咲き誇る桜の木に瞳を奪われた。
「・・・・・・・へぇ、司令部にも桜の木が咲いてる場所なんてあるんだぁ・・・・」
感心したように呟いて、俺はその桜に惹かれるように行き先を変えていた。
どうせ今回も収穫無しの報告書しか持っていないのだ。
そんなに大急ぎで、大佐に報告に行くほどのことじゃない。
例え今大佐の所に行ったとしても、忙しい時間だろうから俺の相手なんてそんなにして貰えないだろうし。
ならばいっそのこともっと時間をずらして、ゆっくりと大佐と話をしたいというのが本音だったりするのだけど。
のんびりと東方司令部の敷地を歩きながら、いつの間にか移り変わっていた季節を俺は堪能する。
暖かな日差し。
優しく頬を撫でていく風。
誇らしげにそこかしこで咲き誇る、花々たち。
目に映るもの、肌に感じるものすべてが、改めて春の到来を俺に実感させてくれた。
ああ俺たちが走り回っているいる間も、絶えず時間は動いているのだと。
日々いくら必死に生きていようと、世界の大きな流れからみたら、人一人の存在などちっぽけな存在でしか無いのだと不意に師匠の言葉を思い出した。
ほどなくして。
俺は目当てである、桜の木の近くまでやってきた。
「へぇ〜見事なもんだな・・・・」
二股に分かれた幹はその堂々としたした姿で見るものを圧倒し、張り出した枝には淡紅白色一重の花が木を埋め尽くすかの勢いで華やかに咲いている。
その花びらを惜しげもなく散らす姿は神々しささえ感じるほどで、俺はその光景に魅入られてしまった。
「こんな木がここに咲いていたなんて、全然知らなかった・・・・」
独り言を呟きながら、視線を徐々に下げていけば、俺はその桜の幹の影からひょっこりと出ている足に気がついた。
「あれ?先客が居たのか?」
見えるのは見慣れた青色のズボンだから、軍人には間違いないのだろうけど。
こんな時間にこんなところで、のん気にしている軍人に少しだけ俺の興味が引かれる。
軍属とはいえここに常駐しているわけじゃない俺には知っている軍人の方が少ないから、顔を見たって知らない顔だとは思うけど。
この風情を理解している軍人を、確認したいと思ったのだ。
ゆっくりと桜の木を回り込んで、俺はその人物へと近づいていく。
ひょいと何気なく覗き込んで、俺の動きが止まった。

うららかな春の日差しの中。
その人物は桜の幹に背を預け、気持ちよさそうに眠っていた。
穏やかな寝顔は、もともと童顔な彼を更に幼くみせて。
無防備に投げ出された彼の身体の上には、無数の桜の花びらが散っていた。


---------------まるで桜に抱かれているようだと。


そう、思った。



「大佐?」
小さく呼びかけながら彼の傍へとしゃがみこんで、俺はそっと彼の頬に触れた。
整いすぎた美貌はまるで作り物のようで。
馬鹿みたいだと思いながら、彼が生きていることを確認したくて。
「・・・・・・・・・・・・・ん・・・・・」
頬に触れた感触に、小さく反応して大佐のまぶたが微かに震える。
そんな反応にホッと息をつきながら、俺は大佐の覚醒を待つ。
ゆっくりと開くまぶたから、漆黒の瞳が現れる。
ぼんやりと開いた瞳が、俺の姿を捉えて。
「・・・・・・・・・・・鋼の?」
ふわりと笑った彼が、小さく俺の名を呼んだ。
その瞬間。
なんともいえない愛しさにかられて、そっと俺は大佐の唇に自分の唇を重ねていた。
いつもの互いを奪い合うような激しい口付けではなくて、
ただお互いがそこに居ることを確認しあうような穏やかな口付け。
腕の中に閉じ込めた大佐は、突然の口付けにも抵抗することなく、大人しく俺のされるがままになっている。
どれぐらい二人でそのままそうしていただろうか。
やわらかく俺の胸を押し戻そうとする手に気がついて、俺は漸く大佐の唇を解放した。
「・・・・・・・・・・・随分と唐突だな、鋼の」
怒っている風ではなくて、ただ純粋に突然の口付けの意味が分からないと大佐が首を傾げる。
「・・・・・・・・・こんなところで寝ていると、風邪を引くぜ?」
大佐の質問には答えず、はぐらかすように俺は話題をそらした。
言えるわけないよな。
桜にあんたを取られたような気がしたなんて、ガキみたいなこと。
植物にまで嫉妬するなんて、ホントに重症だぜ・・・俺・・・・。
「ふむ・・・・。別に寝るつもりは無かったのだが、あまりにも風が気持ちよくてね・・・」
話題を逸らしたことには触れず、大佐は大きく伸びをする。
その仕草は、昼寝から目覚めたばかりの猫のようだ。
これは、また後で中尉に怒られるな・・・と言いながら、あまり困った様子でもなく大佐はクスクスと笑った。
「しかし、まあ、どうせ怒られついでだ」
「う・・・わっ!?」
突然腕を引かれて、俺は思わず大佐の横に倒れこむ。
「いきなり何すんだ!あんた・・・ッ!?」
「しーっ」
身体を起こして文句を言いかけた俺の唇に人差し指を当てて、大佐は俺の言葉を封じる。
「鋼の。君も一緒にここで眠ろう?」
「はあっ!?仕事はどうすんだよ!仕事は!?」
俺の肩に身体を預け、既に眠る体勢に入っている大佐に俺は慌てて声をかける。
「・・・・・うん・・・やらねばならぬことはあるが・・・。最近どうにも徹夜が多くて・・・・」
もう少しだけ眠りたい。と、そう吐息とともに囁かれて俺は何も言えなくなる。
その間にも大佐はあっという間に、夢の世界の住人になってしまった。
すうすうと微かな寝息だけが、取り残された俺の耳に届く。
「・・・・・・・・・・ほんと、あんたって時々驚くほど無防備だよな・・・・」
俺の肩に預けられた頭をそっと撫でて、さらさらと流れる黒髪の感触を楽しみながら、俺は小さく苦笑した。
「でも、あんたがこうして身をまかせてくれるのは、俺だけ・・・・だよな?」
一度気を許してしまった人には、とことん無防備な人だから、俺の心配はいつだって尽きない。
独占欲というものを始めて知ったのは、この人に恋をしてから。
色々知らなかった感情を知るということは、時々それに振り回されることはあるけれど、決して嫌なものじゃない。
「いいよ。今は、ゆっくりと眠って・・・・・」
目覚めればまたこの人は、一人で困難な道に挑んでいくのだ。
たまには、こんな休息の時があってもいいだろう。
どうか彼の夢がいい夢でありますようにと、願いを込めて俺は彼の額に口付けを落とす。
「・・・・・・せっかくだから、俺も少し休んでいくか・・・」
彼の寝顔をずっと見ていたいという思いはあるけれど、こんな穏やかな空気の中にいたら俺も眠くなってきてしまった。
もしかして俺が疲れている事にも大佐は気がついていたのだろうか?
ここの所夢中になって文献を読み漁っていたせいで、いつにもまして睡眠時間が足りていないのは事実なのだ。
まさか・・・ねと呟いて、俺は同じように大佐に身体を預け寄り添いあう。
子供じみてるなぁ・・・と思いつつ、目が覚めた大佐に置いていかれないように、大佐の手はしっかりと握り締めて。
俺も大佐の後を追うように、夢の中へと落ちていった。





満開の桜の下。
俺達は同じ夢を見る。
それはいつか二人で叶える幸福な夢-----------------・・・・・・・。