「兄さん!兄さん!!兄さんッ!!!!」
暴れながら、離れていく兄に必死に手を伸ばす少年をおさえて、私は徐々に遠ざかっていく鋼のの顔を見つめた。
寂しげな微笑を浮かべているものの、彼の瞳に迷いは無かった。
この世界は俺が守る。
告げた彼の瞳には強い決意が浮かび。
ああ、また鋼のは行ってしまうのだと。
私は否応無しに思い知らされた。
『二度とこの世界に戦争が持ち込まれることのないよう、俺はあちらの門を破壊しに行く』
彼が導きだしたのは、いかにも真っ直ぐな彼らしい答え。
私にはそれを止める権利も、資格も無いから。
行くがいいさ、鋼の。君は君の選んだ道を。
大空を自由に羽ばたく鳥のように、君はどんなしがらみにも捕らわれず、自分自分の信じる道を進む生き方が何よりも似合っている。
名残惜しげに私とアルフォンス君の姿を見ていた鋼のは、やがて何かを吹っ切るかの様に私達に背を向けると飛空艇の中へと消えていった。
「兄さん・・・・・」
瞳に涙を浮かべ力なく私の腕の中で呟く少年を、私はじっと見下ろした。
鋼のは彼がここに残ることを望んでいたけれど・・・。
彼にとって大切なのは、どこで生きているかではない。
誰の傍で生きているかなのだ。
ならば彼の生きる世界は、自ずと決まってくる。
「アルフォンス・エルリック。飛べるな?」
「え?」
私はその答えを告げるべく、少年・・・アルフォンス・エルリックへと言った。
弾かれたように顔を上げる少年は、やはり兄弟というべきか。
見上げる顔は、数年前の鋼のそっくりだ。
鋼と同じ意思の強さを宿した瞳に、疑問を浮かべるアルフォンス君を見つめて、私は小さく微笑んだ。
「今ならまだ間に合う。君は鋼の後を追いなさい」
私の言葉に大きい瞳をますます大きくし驚くアルフォンス君に、私は畳み掛けるように告げる。
「早く!!これ以上離れたらあちらに飛び移れなくなるぞ!!」
「でも、僕はこちらの門を壊さないと・・・」
「門ならば私にだって破壊はできる!!今追いかけなければ、君と鋼のは一生離れ離れだ!!このまま兄のことを忘れる事が君に出来るのか!?」
「出来ません!!」
私の問いかけに、アルフォンス君は間髪入れずに応えた。
「僕は兄さんと共にありたい!!」
その応えに、私は満足げに頷く。
「ならば行きなさい。自分の選択に後悔の無い道を」
「はいッ!!」
諭すように告げた私に、アルフォンス君は嬉しそうに顔を輝かせて、大きく頷くと両手を合わせた。
パンッ!とあわされた両手から眩い光が溢れる。
兄と同じ錬成方法。
その姿を見ていると、まるで時が戻ったようだ。
だけど、私の目の前で錬成を行うのは、鋼のではない。
私の知っていた少年は、いつのまにか成長し私の元を飛び立っていった。
もはや私の庇護を全く必要としないほど、大きく・・・そして強くなって。
そしてまた、私の前から旅立とうとする少年の姿を、私は黙って見つめていた。
「ありがとうございました。マスタング大佐」
錬成を行いそれを発動するため、手を床に突いたアルォンス君が簡潔に私に礼を述べた。
小さく頷いた私は、ふとアルフォンス君の告げた言葉の違和感に気がつく。
・・・・・・・マスタング大佐?
彼は兄と旅していた日の事を、一切覚えていないはず。
その彼が私の名を呼んだということは・・・。
「アルフォンス君・・・・まさか」
「はい。大体のことは思い出したみたいです」
振り返ったアルフォンス君が、そんな一大事を事も無げに告げてにこりと笑う。
それと同時に彼の錬成が完成して、それ以上追求する間もなく、錬成によって出来上がった床が、彼の小柄な身体を鋼のの乗る飛空艇へと運んでいってしまった。
「でも、貴方はこれで良いのですか?」
鋼のの乗る飛空艇へと降り立ったアルフォンス君が、振り返って私に向かって問いかける。
「貴方と兄さんは――――――」
言いかけたアルフォンス君を遮るように、私は小さく首を振った。
「いいんだ。鋼のがあちらの世界でやることがあるように、私にはこちらの世界でやらねばならぬことがある」
ついていけるものなら、私も鋼のについて行きたい。
だが、私には私の役目がある。
まだこの国で私を必要としてくれる人がいる以上、すべてを投げ出して、鋼のの後を追うわけにはいかない。
たとえそれが身を切り刻まれるような、痛みを伴ったとしても・・・。
目指すものは違えど、重なり合っていた私と鋼のの道は、今完全に別かれたのだ。
「・・・・・・・鋼のを頼むぞ。アルフォンス君」
きっとアルフォンス君が一緒なら、鋼のだってそう無茶なことは出来ないはずだけど。
いつも無茶ばかりして、私の気を揉ませた鋼のことだから、心配はつきなくて。
――――――どうか無事で。
祈りを込めて、私はアルフォンス君にそう告げた。
「・・・はい」
私の気持ちを汲んでくれたのか、瞳をそらことなく私を見つめ返して、アルフォンス君はゆっくりと頷いた。
「さよなら」
最後にそう一言告げて、アルフォンス君の姿もまた、飛空艇の中へと消えていった。
◆ ◆ ◆
エルリック兄弟の乗った飛空艇ごと飲み込んだ門の前にやってきた私は、じっとその門を見つめた。
この門の向こう、エルリック兄弟の・・・鋼のの生きる世界がある。
この門を壊してしまえば、二度と鋼のに会うことは無いだろう。
だけど、この門を壊さねば、またどんな輩が無理矢理扉をこじ開け、この世界に戦火を持ち込むか分からないのだ。
二度と開くことの無いよう、徹底的に壊さねばなるまい。
「こんどこそ、さよなら・・・だな。鋼の」
突然鋼のが姿を消してから、私はずっと鋼のはどこかで生きていると信じて生きてきた。
生きているか、死んでいるのかさえ分からない彼を、待ち続けることが辛くなかったといえば嘘になる。
たが、逆にいつか会えると信じて、待つことは出来た。
だけど今度は、待つことさえ許されないだ。
「でも、きみがどこかで生きていると知っているから、私は歩いていける・・・」
私の見上げる空と、君の見上げる空が繋がっていなくても。
どこか遠い遠い空の下、君は力強くいきているのだから。
せめて君を想って生きていくことぐらいは、許してほしい。
「さよなら・・・鋼の」
最後の別れを告げて、私は指先に力をこめた。
ヂッとかすかな発火の音が聞こえて。
次の瞬間には焔が門へと到達し、大爆発を起こした。
これで私と鋼の世界は、永遠に隔てられた。
崩れ去っていく門を見つめて、私はこれで良かったのだな・・・と自分に言い聞かせる。
兄の後を追ったアルフォンス君を、鋼のは怒るだろうか?
いや、きっと喜んで迎え入れてくれるだろう。
あの兄弟の絆は、誰よりも強く結びついているのだから。
エルリック兄弟二人が一緒ならば、きっと二人はどこででも生きていけるはず。
鋼のが幸せに暮らしていてくれれば、私はそれでいい。
そう思ったとき、私はぽたりと地面に落ちた水滴に気がついた。
それは、私の見つめる先で次々と数を増やして、地面に染みを作っていく。
なんだ?と思って頬に手をあてた私は、その手が触れる水分に驚いた。
「・・・・・・・涙?」
そこで私は漸く、地面に染みをつくる水滴は自分の涙だと自覚した。
信じられないことに、私の瞳からとめどなく涙が溢れて続けている。
「馬鹿な・・・この私が泣く・・・・などと・・・・」
呆然と呟く傍から、涙は後から後から溢れてきて。
私はどれ程鋼のに惹かれていたのか、今更ながら思い知らされたのだ。
彼を失って、初めてその存在の大きさに気がつくなんて、皮肉な話だ。
「好きだったよ・・・・鋼の・・・・・・」
鋼のの前では、一度たりとも告げることのできなかった言葉が、不意に口をつく。
いくら愛の言葉を私に告げても、一度も言葉を返さなかった私を、鋼のは不満に思っていたかも知れないけど。
言葉は人を縛る。
自由に、真っ直ぐ生きる、そんな鋼のが好きだったから。
いずれ自分の気持ちが、彼の負担になるのが怖かった。
私は鋼のの足枷になるのが怖くて、一度も本当の気持ちを告げることは出来なかった。
今、漸く告げることの出来た気持ちは、誰に聞かれることもなく、空気に溶けていく。
そのことに安心しながら、私はもう一度告げる。
「愛していたよ・・・エドワード・・・・・」
涙は、しばらく止まりそうになかった。
◆ ◆ ◆
−ニ年後−
二年前に破壊した門の前に立ち、ロイはぼんやりとその跡を見つめていた。
ロイのまとう軍服の肩の星は、更に数を増やし、彼が更なる地位を手に入れたことを告げている。
あの門を破壊した日から、ロイがこの地に足を踏み入れたことはない。
二年ぶりにやってきた地はやはり、あの日の姿のままで。
あれから二年も時が過ぎたということが、信じられないぐらいだ。
「あれから二年・・・・か」
いまだロイの中にあるエドワードの記憶は薄れる事なく、鮮明に残っていた。
「鋼の・・・・。君は向こうの世界で元気にやっているだろうか・・・」
無敵の鋼の錬金術師のことだ。
たとえ生きる世界が違っていても、きっと彼なら元気にしているだろうとは思う。
「もう私の事など忘れてしまったかな・・・」
寂しげな笑みを浮かべて、ロイはぽつりと呟く。
エドワードとロイは、密かに恋人同士という間柄ではあったけれど。
二度と会えない恋人を、いつまでも年若い彼が思い続けてくれているとは、ロイも思っていなかった。
「私の心はこんなにも、君に捕らわれたままなのにな・・・」
あの日の選択は、今でも間違っているとは思わない。
だが、心にぽっかりと穴が開いてしまったようなこの寂しさだけは、どうすることも出来なかった。
「鋼の・・・・。せめて声だけでも聞きたいよ・・・・」
叶うはずのない望みを言って、ロイは小さく苦笑する。
二年も経っているのに、いまだに諦められない自分を笑わずにはいられない。
案外未練たらしいんだなぁ・・・と思ったときだった。
不意に返るはずのない、答えが返ったのは。
「・・・・・・・そんなに俺に会いたかった?」
「ああ、会えるものなら・・・・な。・・・・・って!」
素直に応えてしまってから、ありえない声にロイはぎょっとして振り返る。
そこ瞳に映るのは――――――。
意思の強さを現す黄金の瞳。光を弾く眩い金髪。存在そのものが輝いて見える、まるで太陽の化身のような青年。
最後に見た姿より、更に身長は伸びているが、見間違えるはずなどない。
それはロイが二年間、一度たりとも忘れた事の無い人。
「はが・・・・・ね・・・・・の?」
呆然とロイはその青年につけられた銘を呼んだ。
「ただいま。大佐・・・・。って、今は大佐じゃねーか。その肩を見るかぎりじゃ・・・」
クスリとイタズラっぽい笑みを浮かべるのは、間違いなく二年前弟と共に門の向こうの世界に旅立った、エドワード・エルリックその人だった。
「一体どうやって・・・・」
この世界に戻るための門は、間違いなく二年前に破壊したはずだと、ロイは問いかける。
エドワードがアメストリスに、ロイの前に現れるなんてありえないはずなのだ。
「どうやってって、そんなん新しい門を作ったに決まってるじゃねーか」
「作ったって・・・・・」
さらりと言ってのけたエドワードに、ロイは返す言葉を失う。
「あ、あんた信じてないだろう!!だがなぁ、この生まれたときからLv100の天才国家錬金術師、エドワード・エルリック様にかかれば、新しく門を作るぐらい朝飯前よ!」
得意げに胸を張って威張る仕草は、まだエドワードが鎧姿の弟と旅をしていたときの姿と何ら変わることなく。ロイの記憶を、鮮やかに蘇らせる。
「でも、どうして・・・?」
エドワードは簡単に門を作ったといってみせるが、あれだけの仕掛けを作るのは、いくら天才の呼び名をほしいままにしているエドワードとて、並大抵の努力ではなかったはずだ。
そんな努力と門をくぐるという危険をおかしてまで、何故と。
ロイの問いかけに、エドワードは不意に真剣な眼差しになると、一言告げた。
「あんたの声が聞こえたから」
「・・・・・・・・私の?」
「・・・・・・俺を呼んだだろう?」
ゆっくりとロイへと近づいたエドワードは、そっとロイの頬に触れた。
触れた手は確かに暖かく、目の前に立つ青年が、夢でも幻でもないのだとロイに告げていた。
「私は別に呼んでなど・・・・・・」
あれほど恋焦がれていたというのに。
エドワードがいなくなってから、一度たりともその存在を忘れた事など無かったのに。
漸く再び巡りあえたというのに、あまりに心と裏腹なことを言ってしまう口に、ロイは内心舌打ちする。
だけどエドワードは、そんな意地っ張りのロイの性格を分かっているとでもいうかのように微笑えむ。
「俺は大佐にあいたかったよ。ずっと・・・・ずっと」
「鋼の・・・・・・・」
「ね?今度こそ本当のこと教えてよ」
いつも綺麗な微笑と、巧みな言葉で隠されていた本音を、今度こそ聞かせて欲しいとエドワードが強請る。
その真剣な眼差しに、ロイは諦めたようにため息を一つ落とした。
もうこれ以上気持ちを隠しておくことなど、できるはすが無かった。
降参とばかりに小さく両手を上げたロイは、エドワードを真っ直ぐ見つめ返しはっきりと告げた。
「ああ・・・・私も、君に会いたかった。ずっと、君を待っていた・・・・」
「・・・・・・・漸く、あんたの本音が聞けたな」
初めて聞けたロイの本音の言葉に、エドワードは幸せそうに笑ってロイをぎゅっと抱きしめた。
しかし腕の中に納まった体の、想像以上の細さにエドワードは驚く。
もっと大きな人だと思っていた。彼に守られ、彼に包まれていたときは。
幼い自分が犯した過ちを唯一叱り、そして再び立ち上がらせてくれた人は、エドワードには絶対に超えられない壁だとずっと思っていたのに。
いざ年齢に見合うだけの身体を手に入れてみれば、ロイはこんなにも細く頼りない。
こんなに細い身体で、一人軍という組織に立ち向かい、なおかつ自分たち兄弟まで背負ってくれていたのかと思うと、エドワードは今更ながらロイの強さと優しさを思い知る。
「しかし・・・本当によくあの門がもう一度作れたな・・・」
エドワードに抱きしめられたまま、ポツリとロイが呟く。
アメストリス側の門を壊したロイは、あの錬成陣を実際に目撃している。
よくよくその構築式は見なかったものの、そう簡単に作り出せるようなシロモノでは無いのは一目で分かった。
「まぁ、実際問題・・・・さ。門自体作るのはそんなに難しい話じゃ無かったんだ・・・・。一度俺は錬成陣を見ているわけだし。それを応用して新たな錬成陣を作るだけだったから」
でも、と一度言葉を区切ってエドワードは、何かを思い出すように遠くを見つめた。
「いざ発動させようと思っても、構築式は間違ってないはずなのに、錬成陣がどうしても反応しなくてさ・・・・。やっぱりアメストリスに帰るのは無理なんだって・・・。あんたに再び触れる事はできないんだって・・・・さすがの俺も諦めかけたとき」
視線を戻し、腕の中じっと自分を見上げる漆黒の瞳をエドワードは見つめ返す。
「確かにあんたの声が聞こえたんだ」
その時不意に錬成陣が反応したのだと、エドワードは言った。
「私の・・・声が・・・・?」
「あんたの声が、再び俺をこの地へ導いてくれたんだ・・・。昔アルと俺の互いに会いたいという気持ちが門を開いたように。今度はあんたの心が、こちら側の門をひらいてくれたんだ」
惹かれあう二つの心が、再び奇跡を起こしてくれたのだと。
ずっとずっと、離れている間触れたかった身体に漸く触れることができた喜びを噛みしめるように、エドワードは強くロイの身体を抱きしめた。
「いっぱい待たせてごめんな・・・ロイ。今度こそ、俺はあんたの傍を離れないから・・・」
「鋼の・・・・・」
「今度は、俺にあんたを支えさせて?」
いままではあんたが俺を守っていてくれたように。
今度は俺があんたを護る。
「もう・・・・・3度目は待たないぞ?」
言外に私をもうおいていくなと言い含めて、ロイはエドワードを見つめた。
「ああ、今度こそずっと一緒だ・・・ロイ」
「エドワード・・・・・」
エドワードはロイの顎に手をかけ、ロイの顔を上げさせる。
黄金の瞳と、漆黒の瞳の視線が絡み合い。
エドワードはその闇夜のような瞳に惹かれるように、ゆっくりとロイの顔に己の顔を近づけていく。
ロイも逆らうことなく瞳を閉じて――――――・・・・・。
正に二人の唇が触れようとしたとき。
「あーーーーッ!!!こんなところにいた!!!」
気まぐれな運命の女神が、二人の邪魔に入った。
「でッ!!!」
突然の大声にいままでの雰囲気もどこへやら。
ビクリと身体をすくませたロイは、とっさに自分に覆いかぶさってきていたエドワードの身体を、渾身の力を込めて突き飛ばしていた。
背後でなにやら蛙がつぶれたような悲鳴が聞こえたが、大声を上げた張本人を視界に捕らえたロイは、それどころでは無い。
髪は短く切っているものの、優しげな微笑を浮かべる青年は、間違いなくロイの記憶にある少年の顔と一致する。
「ア・・・・・アルフォンス君!?」
確か最後に見た彼は、まだまだ幼さを残す少年だったというのに。
たった二年の間に、アルフォンスは驚くほど変わっていた。
「あ!マスタング大佐!!お久しぶりです!!」
ロイの姿を見た途端、パッと顔を輝かせてアルフォンスはぺこりと頭を下げた。
もうすぐロイの身長に届くかと言うほど、身長を伸ばしたアルフォンスだが、その内面に変わりはないらしい。
「久しぶりだね。元気にしていたようで何よりだよ」
一瞬驚いたものの、相変わらず礼儀正しいアルフォンスに、ロイは安心した様に微笑んだ。
「本当にお久しぶりです。マスタング大佐も、お元気そうでなによりです」
嬉しそうに笑うアルフォンスに、ロイもつられるように笑顔を浮かべた。
「あの時は僕の背中を押してくださって、本当にありがとうございました。やっぱり、僕達は大佐のお世話になってばかりですね・・・」
「いや、私は君たち兄弟にとって一番いい方法を提案したに過ぎない。決断したのは、君だろう?アルフォンス君。私が礼を述べられるようなことは何も無い」
「大佐・・・・」
ロイの言葉に感動したように、両手を組んでアルフォンスはロイを見つめる。
「あの〜〜〜そろそろ俺も、お話に混ぜてもらってもよろしいでしょうか?」
せっかくいい雰囲気になっていたのに、無残に突き飛ばされて、その上存在を忘れ去られていたエドワードが、悲しげな声で割って入った。
「あれ?兄さんいたの?」
「いたの?じゃないぞアル!!思いっっっっっきり、最初からいたぞ!!なによりも、俺と大佐がいい雰囲気だったのを何の断りも無く邪魔しやがって!!」
「いい雰囲気じゃないよ!!僕だって門を作るのに色々協力したってのにさ、こっちに付いた途端、僕のことさっさとおいてっちゃってさ!!あんまりだよ!!!」
「・・・・・う゛。そ・・・それは色々事情というものがあってだな・・・」
「どういう事情さ。大佐に会いたいのは分かるけど、もうちょっと落ち着いてよね」
「ア・・・・アル・・・・」
容赦の無い弟の突っ込みに、さすがのエドワードもたじたじになる。
「ほう。鋼のはそれほど私に焦がれていてくれたのか」
アルフォンスの言葉に、それまであっけにとられて兄弟の会話を聞いていたロイが口を挟む。
いきなり目の前に現れてからというもの、どうもエドワードのペースに巻き込まれていたロイが、漸く優位に立てそうだとニヤリと笑う。
その顔は何かよからぬ事を考えていることがありありと分かるのに、そうやって何か企んでいるときの顔が何よりも生き生きと綺麗に見えてしまうのだから、恋愛とは性質が悪い。
「そうなんですよ。あの時はこの世界を守る・・・なんて格好いいこと言ってましたけど・・・。やるべきことをやった後は大佐に会いたいってずっと言ってて煩いったら・・・・モガッ!!」
「ははは。アル〜〜〜。何をお前はあることないこと、べらべらしゃべってるのかなぁ〜〜〜?」
我が意を得たりと、得意げにしゃべっていたアルフォンスの口を、これ以上余分なことをしゃべられては、自分の立場が危うくなるばかりだとエドワードが慌てて口を塞ぐ。
「ほぉ〜〜〜〜。どうやら、より会いたがっていたのは私ではなく、鋼のでは無いのかね?」
完全に本来のペースを取り戻してしまったロイに、エドワードはがっくりとうなだれる。
ああ・・・・さっきまであんなにしおらしかったのに・・・・。
くすんと心で泣きつつ、エドワードはやけくそのように叫ぶ。
「あ゛ー!!もう、そうですよ!!ずっと会いたいと思ってましたよ!!もう!アル、お前のせいで、せっかく格好よく登場したのが台無しじゃねーか・・・」
「・・・ぷは。元々兄さんが格好よくしようとすること自体が間違ってんるんだよ・・・」
口を押さえていたエドワードの手をはずし、漸く自由に空気を取り込めるようになったアルフォンスが呆れたように言う。
「ああ・・・せっかく成長したって言うところを見せようと思ったのに・・・」
がっくり・・・と肩を落とすエドワードの姿は、大きくなっても全然昔とかわらない。
その姿を見ていたロイは、クスクスと穏やかに笑いだした。
「ロイ?」
「大佐?」
クスクスと笑うロイに、エドワードとアルフォンスが不思議そうに首を傾げる。
「いや、すまない。君たちのその会話がまた聞けたのが嬉しくってね」
もう二度と取り戻せないと思っていたいた時間が、再び戻ってきた。
その事実が、ロイは単純に嬉しかった。
「おかえり、二人とも。よく戻ってきてくれたな・・・」
じゃれあっていた兄弟二人を、ロイが抱きしめる。
「ああ・・・ただいまロイ」
「ただいま・・・マスタング大佐・・・」
ロイに抱きしめられたまま、エドワードとアルフォンスは、その言葉をかみ締めるように呟いた。
「さて。せっかく君たち二人が戻ってきたんだ。さっそくみんなに報告しなければならんな」
しばらく二人を無言で抱きしめていたロイは、身体を離すと気持ちを切り替えるようにそう言った。
「そうですね!!うわぁ〜久しぶりにみんなに会えるんだ〜。ウィンリィやばっちゃん元気かなぁ・・・・」
「・・・・・・・俺、機械鎧持ち逃げしたからな・・・。ウィンリィに今度こそ殺されるかもしんない・・・」
嬉しそうなアルフォンスとは対照的に、エドワードはガタガタと青くなって震えだす。
いやいくらなんでも、殺されるっていうのは大げさだろう・・・と慰められないのが、あの機械鎧を何よりも大切にする少女の恐ろしいところだ。
震えるエドワードを、ロイとアルフォンスは気の毒そうに見つめて。
「だ・・・大丈夫だよ兄さん。ウィンリィだって久しぶりの再会なんだし・・・半殺し・・・ううん、4分の3殺しぐらいですましてくれるかもしれないよ?」
「そ・・・・そうだぞ、鋼の。一応私の口からも君が礼を言っていたと伝えておいたし、きっとスパナで殴られて幽体離脱ぐらいですませてもらえるさ」
「・・・・・・・・いや、ちっとも無事じゃねぇし、それ・・・」
なんの慰めにもならない(どころか更に恐怖を煽っている)二人に、エドワードはパタパタと手を振った。
「まぁ、冗談はそれぐらいにして。さ、戻ろうか二人とも。皆に伝えたら、きっとみなこぞって会いにくるぞ」
「はい!」
「ああ・・・・・せめて一回ぐらいキスしてから・・・」
元気よく頷くアルフォンスと、がっくりと肩を落とすエドワードにロイは苦笑して。
「鋼の、まぁ、そう気を落とすな」
「大佐?」
不意に掛けられたロイの言葉にエドワードは、驚いたようにロイを見つめる。
「大佐〜〜〜兄さ〜〜〜ん!早く行きましょうよ〜」
よほどみんなに会いたいのか、さっさと歩き始めたアルフォンスが振り返ってロイとエドワードを呼ぶ。
「ああ、今行く!」
アルフォンスにそう返してから、ロイはエドワードの耳元で囁いた。
「今度こそ、時間はたっぷりあるのだろう?」
「大佐・・・それって・・・・・・」
ずっと俺と一緒にいてくれるって事だよな?
「う・・・う・・・・煩い!深い意味はないからな!!」
エドワードの問いかけに答えることなく、背を向けたロイはさっさとアルフォンスの後を追っていってしまった。
しかし、その後姿は耳まで赤く、雄弁にエドワードの問いかけに答えていた。
ぽかんとその姿を見つめていたエドワードの顔に、じんわりと笑みが広がっていく。
焦らなくても、まだまだ自分たちにはたっぷりと時間があるのだ。
これからどんな楽しい未来が待っているのだろう。
漸く戻ってくることが出来たこの世界で。
大切な恋人と、掛け替えのない弟と共に自分は生きていく。
未来は無限の可能性が広がっている。
楽しくなりそうだと、満面の笑みを浮かべてエドワードはロイの後を追って駆け出す。
そう、これは無限の未来へと踏み出す、第一歩――――――。
END
とまあ、そんなわけで。超捏造しまくり映画補完小説でした。
いろいろありえない展開になってますが、まぁ、映画の方もかなり無茶苦茶だったので、
これぐらいは許されるかな・・・・と(←許されるか!)
映画のエドと大佐は完全に決別しちゃいましたからねー。
アニメのエドにとっては、大佐は弟の身体を取り戻す為の通過点だったに過ぎないのかもしれませんが。
やっぱりエドロイ派としては、それでは寂しすぎるということで、同ネタ多数だろうな〜と思いつつこの小説を書きました。
本当は短文で、アルサイドとエドサイドも補足で書きたかったというのは、内緒です。
うーエド視点でも、アル視点でも色々思うところはありましてー。書いて見たいとは思うんですけどね。
今回のこの小説で,苦情が来なかったら書こう(笑)
この小説は元々日記で書いていたものの完結編ですが、日記で書いた小説に思ったよりも好評をいただいてしまいまして。
とても嬉しかったのですが、続きを楽しみにしてくださってた皆様・・・・。続きを読まれてがっかりさせてしまったらすみません。
でもやっぱり管理人にとっては、この二人が共にいることが大事だったので。
このような結末にしてしまいました。
さてこの後ですが。(管理人の中では)
エドとアルは大佐の家でくらす事になるんですよ。
エドは当然大佐の傍にいるため、大佐の反対押し切って軍人になって。
アルは家で錬金術を研究しながら、二人の世話をしているのですよ〜。
エドが仕事中、家では夜勤あけの大佐が机でうつらうつらしゃったりして。
アル「ロイさん寝るんだったら、そんなところで寝ないでベットで寝てくださいよ〜」
ロイ「・・・・・・・」
アル「・・・・まったくしょうがないなぁ・・・・」
とかいいつつ、ちっとも困ったふうじゃなくて。
ひょいっと姫抱っこで、大佐をベットへ運ぶアルとか・・・・も・・・萌え・・・(誰かコイツを止めて)
なにはともあれ。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。