どこからともなく聞こえてくる鳥たちのさえずりを聞きながら、ロイは柔らかな日差しを浴びながら街の中を歩いていた。
以前は街中で鳥の声を聞くことなど皆無であったが、道を整備し植物をあちらこちらに植えた結果、町の中でもこうして鳥達の声が聞こえる様になった。
世界はまだ変革の真っ最中ではあるが、こうして護衛をつけずに出歩けるぐらいには平和になった。
もっとも、世界が変わる前以上にその名を世間に広くしらしめたロイに挑もうなどという命知らずは、もういないと言った方が正しいか。
「おーい、ロイ。こっちこっち!」
そう呼ばれて視線をそちらに向ければ、本日自分を呼び出した相手がカフェの外に並べられたテーブルの一つでぶんぶんと元気よく手を振っていた。
その子供のような姿に苦笑を浮かべながら、ロイはテーブルへと近づいた。
「随分とおしゃれな店で待ち合わせができるようになったじゃないか、鋼の」
「もう鋼じゃないんですけど?」
「そうだったな」
そう返される軽口に笑いながら、ロイもまた席へとついた。
彼と同じ物をと、すかさずよってきたウェイターに注文すると、ロイは改めてエドワードを見つめた。
右腕と左足を失い、絶望の中で死ぬのを待つだけだった子供は人々の想像を絶する苦難を乗り越え、右腕を取り戻した。
「確かに足は機械鎧のまんまだけど、もう俺は国家錬金術師でもねぇし」
もう銘に縛られる事もないのだと、ロイの庇護から羽ばたいた子供は誇らしげに笑う。
「それは失礼した。ただ、まだエドワードと呼ぶのになれていなくてね」
「・・・・・・」
「どうした?」
不意に顔を赤らめるエドワードに、ロイは不思議そうに首を傾げる。
「いや・・・、やっぱりあんたに名前で呼ばれるの慣れないっていうかなんていうか・・・」
まぁ、嬉しいことに違いはないんだけど、と照れた様に笑う姿は、ロイが知っている少年の面影を残している。
相手はすでに子供までいる成人だというのに、いつまで経っても子供扱いをしてしまう自分に苦笑しながら、ロイはエドワードを見つめた。
「それで、本日の呼び出しの件は何かな?エドワード」
運ばれてきたコーヒーに口を付けながら、ロイは穏やかに問いかけた。
その顔はロイの軍人の顔しか知らない部下がみれば、腰を抜かしたに違いない。
それほどロイのエドワードに対する態度は、慈愛に満ちていた。
「ああ。まぁ、大した事はないんだけどさ、あっちこっち回ってあんたに聞かせたい情報を手に入れたっていうのと、近況報告・・・かな?」
そのエドワードの言葉に、ロイははちはちと瞼を瞬かせる。
「なんだ?そんな事なら、わざわざ君が出向かなくても・・・」
世界中を巡っているエドワードが、常に時間に追われているぐらいに忙しくしていると聞いているロイは、たったそれだけの為に?と思わずにはいられない。
「だって、会いたかったんだよ、俺があんたに」
拗ねたように言いながらエドワードは唇をとがらせる。
それに・・・と続けたエドワードは苦笑を浮かべる。
「定期的にあんたに会わせないと、あいつ等がうるさくて」
「あいつら・・・って・・・」
そうエドワードが言うのを待っていたかのように、ロイの背後でにぎやかな声があがる。
「あー!!エド!やっと見つけた!!」
「げっ、ウィンリィ・・・」
「あんたねぇ・・・。あれほど勝手な行動はしないって約束したくせに・・・」
悪戯を見つかった子供の様に顔を引きつらせているエドワードに、ウィンリィは笑顔を浮かべながら近づいてくる。
その顔は笑っているのに目はちっとも笑っていなくて、その迫力にエドワードは身を引かずにはいられない。
そんな修羅場な雰囲気の二人を気に留める事もなく、パタパタとロイに駆け寄った小さな物体が、ロイ腕へとまとわりついた。
「わーい。ろいだ、ろいだー。ひさしぶりー」
「ずるいお兄ちゃん。私も、私もー」
「やぁ、ジュニアにレディ。久しぶりだね」
既に熱烈な歓迎を受ける事にも慣れっこなのか、呼ばれたロイは慌てる様子もなく小さな子供たちの頭を撫でてやる。
「なぁなぁ、ろい、俺また身長が伸びたんだぜ」
誇らしげに報告をする子供は、どう見ても数ヶ月前に見た時と変わっていないように見えるが、ロイは小さく頷いた。
「そうか、ジュニアは成長が早いね。良かったな、父親の血を引かなくて」
「って、誰が豆粒ドチビだ!・・・じゃなくて、ジュニアお前ロイの事好きすぎだろ・・・」
きらきらと瞳を輝かせてロイに話しかける息子の姿に、かつての自分を重ねてエドワードはため息を落とす。
「ずるい、お兄ちゃんばっかりろいとお話して!」
「大丈夫、レディの事も忘れてはいないよ」
そう言いながら、少女を抱き上げてやれば少女は嬉しそうにロイの首へと小さな手を回す。
「ふふ。ロイっていっつもいい匂いがするー」
「本当にいつもすみません。マスタング少将」
小さな身体全体を使って愛情表現をする子供たちに、エドワードを一発殴って取り敢えず気の済んだらしいウィンリが、エドワードに向けるものとは対照的な笑顔を向ける。
「いや、私も子供は好きだから、構わないよ」
「ずるいぞー、レディばっかり抱っこしてもらって!次はおれ、おれー」
目の前でロイ争奪線を繰り広げる子供たちに、エドワードはため息を落とす。
「・・・だから俺は、お前たちを連れてきたくなかったんだ」
嫉妬に駆られる父親の心境もしらず、子供たちはロイに無邪気に問いかける。
「なぁなぁ、ろい。この間の約束覚えている?」
「・・・この間?」
はてと首を傾げるロイに、子供はぷぅと頬を膨らませる。
「だからー!約束したじゃん。大きくなったら、ろいがおれのお嫁さんになってくれるって!!」
その爆弾発言に、心を落ち着けようとコーヒーを飲んでいたエドワードが盛大に吹き出す。
「・・・汚いぞ、エドワード」
眉を顰めるロイを無視して、むせながらエドワードは自分の息子を見つめる。
「な・・・お前、嫁って・・・」
「あー!ずるい、ろいは私がお嫁さんにもらうの!」
目を白黒させるエドワードの構うことなく、今度は少女が爆弾発言を投下する。
「・・・・・・」
どう返して良いか分からないと、普段の冷静な将校の顔か嘘のように呆然とするロイの前で、一人ウィンリィだけは冷静だった。
「違うでしょう?レディ。そういう時は、お嫁さんにしてもらうでいいの」
「そうなの?」
「それもちっがーう!っていうか、お前ら子供のくせに何ロイを狙っているんだ!ロイは俺のなの!」
「は・・・鋼の!?」
妻の前でなんて事を言うのだと思わず銘で呼んでしまうが、そんな事にすらロイは気がつかない。
いくら冗談にしたって妻の前で言うべき事じゃないと、そうロイは言いかけるが。
それを遮ったのは、予想に反した明るいウィンリィの笑い声だった。
「まったく、しょうがないわね。ジュニアもレディも。まぁ、私たちの子供なんだから、仕方ないか」
「笑い事じゃないだろう!ウィンリィ。子供とは言え、俺たちのライバルだぞ!」
「まぁ、ジュニアかレディがマスタング少将とうまくいってくれれば、少将は私たちのものになるんだからいいじゃない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
考えもしなかったウィンリィの言葉に、長い長い沈黙の後ロイは固まる。
ウィンリィは確かに言ったのだ。
私たちの子供なのだから仕方ない、と。
それはつまり。
「あれ?いままで気がつきませんでした?」
「気がつくわけねーじゃん。こいつ案外鈍感だからな」
エドワードの言葉に、そうなんだ?とウィンリィは小さく首を傾げる。
「へーそうだったんですね。じゃあこの際だからはっきり言いますけど、私だってマスタング少将のこと狙ってたんですよ?」
「・・・・・・・・・・え?」
さらりと、本当にさらりと紡がれた言葉に、ロイは完全に思考が停止する。
人は受け入れ難い事実を聞かされた時、とっさに思考を止める生き物だったのかと、現実から逃げた頭の片隅で思うロイを余所に、頬杖をついたエドワードがニヤリと笑った。
「だからー。俺とウィンリィが結婚したのは、より確実にあんたを手に入れるためなんだって」
ついにばれちまったなーという割には、エドワードの顔は嬉しそうだ。
「俺とウィンリィは、夫婦であると同時に同志でもあるんだぜ?」
「な・・・何を言って・・・」
一人会話に置いていかれたロイに構わず、ウィンリィが言葉を引きつぐ。
「エドがマスタング少将を好きなのは、私もずっと知ってたんです。私もマスタング少将の事は好きだったし、二人で少将を取り合って争うよりはいっそのこと同盟を組んだ方が早いかなって」
「そ・・・そんなバカな話が・・・」
到底自分には理解できないエドワードとウィンリィの考えに、ロイは言葉を失う。
「バカな話なんかじゃない。俺たちは本気だ」
「私たちはずっと昔から一緒だったから。もう家族なんて言葉じゃ言い表せないぐらい、強い絆で結ばれていると思っています。
だけど、それは好きっていう感情とは違うんです。私たちの好きと言えるのは、ロイ・マスタング小将、あなたただ一人なんですよ?」
だからこれからは覚悟してくださいと、そうにこやかに笑うウィンリィにロイはひきつった笑みを見せる事しかできなない。
「それなのにコイツったら隙あらば一人で抜け駆けして!」
今日だってみんなで会いに行くって話をしていたのに、一人で先に宿を出発してるなんて酷いと思いません?と、ウィンリィはロイを見つめるが、
もちろんロイにその言葉に対する返事なんてできるはずがない。
ウィンリィの瞳はどこまでも真剣で、冗談を言っているように全く見えないのが、余計にロイを混乱に陥れる。
ああ・・・彼女だけは真っ直ぐに普通の恋愛論を持っているものと信じていたのに。
儚くもその期待は破れてしまった。
「今度こそ逃がさないぜ?ロイ?」
楽しそうに笑うエドワードに、ロイはどこでこの子供たちの育て方を間違えたのだろうと、頭を抱えずにはいられなかった。




END



・・・というわけで、最終回のアレを無視することなく、エドロイにするとしたらこんな感じかなー・・・と。
もうこれはエドロイじゃなくて、エルリック家×ロイですけど・・・(-_-;)
エドにとってウィンリィはもう恋人とか妻とかそう言うのは突き抜けていて、
絆はものすごく強いけど恋愛とはちょっと違うんじゃないかなーと考えたら、こんな話になってしまいました。
もちろん管理人的には、1のように普通のエドロイが理想ではありますけど、原作から逃げないのならば
こんなCPもあるのではないかと。
そうは言っても、気分を害された方がいらっしゃったら申し訳ありません。