君はいつも私が大人だというけれど。
それはただの見せかけなのだと、君は決して気がつかない。
「じゃあ大佐、俺そろそろ行くな」
まるで昨日の出来事などなかったかのように、身支度を整えた君が振り返って笑う。
私の身体にも心にも、こんなにも痕跡を残したまま君は何事もなかったかのように去っていく。
それを引き留める事は私には出来ない。
この子にはこの子の目的があって、それを邪魔する権利は私にはないのだから。
「ああ。気をつけて行きたまえ」
私はいつもの様に笑えているだろうか。
君の望む大人になれているだろうか。
心の軋みをかくして、私は口元に笑みを浮かべる。
「・・・・・・・」
そんな私の姿を見て、鋼のは少しだけ悲しそうに微笑む。
「どうかしたのか?」
なぜそんなに悲しそうな顔をしているかが分からなくて、私は小さく首を傾げた。
「・・・今回の旅は少し長くなると思うって言っても、あんたの態度は変わらないんだな」
左手で私の頬を撫でながら、鋼のが告げる。
それは私に別れを惜しんでほしいと言うことなのだろうか?
馬鹿だね、鋼の。
そんな事を言えば困るのは君の方なのに。
じっと見つめてくる金色の瞳を見つめて、触れる左手に頬を寄せ目を閉じた私は静かに囁いた。
「離れないでくれ・・・・・・」
それは嘘偽りのない私の本音。
彼を困らせたくないから、ずっと告げる事の出来なかった言葉。
「・・・え?」
小さな囁きだったけれど、静まり返った部屋の中ではその言葉は間違いなく鋼のに届いただろう。
驚きに目を見開く彼は、明らかに戸惑っている。
望んだ言葉を聞けた喜び。
私を置いて行くことの罪悪感。
離れたくないという鋼のの本心。
いろいろなものが混じった彼の表情はとても複雑だ。
私は小さく微笑んだ。
ほら、鋼の。私の本音は君を困らせるだけだろう。
こうなる事は 分かっていたはずなのに、いざ現実になってみれば想像を遙かに越えた胸の痛みが飛来することに私は 内心で驚く。
いつの間に・・・私はこれほど君に捕らわれていたのだろうな。
だけど今は君を縛り付けるつもりは私にはないから。
だから、痛む胸は隠して解放の呪文を告げる。
「嘘だよ」
今はなかった事にしてあげるよ。
君が旅先で余計な事に悩む事のないように。
この胸の痛みは私だけが抱えていればいいだけのこと。
「・・・なんだよ、冗談かよ」
ほうと息をつく君は明らかに安堵していて。
「私がそんな女々しい事を言うはずがないだろう。これ以上ぐすぐすしていないで、汽車に乗り遅れる前に旅立ちたまえ」
「ちぇ!相変わらず冷たいの」
そう唇を尖らす鋼のを玄関まで送ると、鮮やかなコートを翻して君は大きく手を振って旅立っていっ た。
旅立つ姿に手を振りながら、私は心の中で呟く。

大丈夫。私は大人なのだから君がいなくても、生きていける。


・・・だから、いってらっしゃい


また元気な姿の君に会えると信じて、私はここで君を待つことにするよ。




                                 END



この話を読まれて「ん?」と思った方もいらっしゃると思います。
そうです。こちらの話はまるともさんの萌綴りが元ネタになってます。
詳しくはまるともさんの9月11日と12日の萌綴を見ていただければと思いますが、
簡単に説明しますと、まるともさんが某着信音が作れるサイトで
「離れないでくれ……嘘だよ…だから、いってらっしゃい」
というセリフの着信音を作ったらしいのですがこんなセリフは大佐は言わないかなぁ・・・と
書いてらっしゃったので、管理人がじゃあ言わせてみようじゃないかと
(頼まれもしないのに勝手に)挑戦したものです。
本人にメールで送信したら、サイトにアップするように言われたので、取り敢えずアップしてみました。

更に更に凄いのは、この数年後の話をまるともさんが書いてくださったことです(*゜▽゜ノノ゛☆オーパチパチ
管理人の話と違ってとても甘い話になっているので、是非皆様読んでみてくださいね。

まるともさんのサイトはこちらからどうぞ!