「なぁ〜大佐〜〜〜。今日はバレンタインだぜ〜。チョコー。俺に渡すチョコは無いのかよぉ〜。」
ロイの執務机にだらしなく顎を乗せたまま、じっと自分を見上げてくるエドワードを見つめて、ロイは静かに彼を象徴するその二つ名を呼ぶ。
「・・・・・・・・鋼の。」
その端正な顔立ちの眉間には、これ以上ないというほど皺が寄っていたりするのだが、エドワードが気にとめる様子は無い。
「君には、私が何をしてるか分からないのか?」
ロイの言うとおり、執務机の上には所狭しと書類が山ように積んであり、先ほどからロイは忙しそうに、書類にペンを走らせていたりする。
「何してるって、そりゃ、仕事してんだろ?」
「分かってるなら仕事の邪魔をしてないで、とっとと出て行ってくれないかね?」
まさに慇懃無礼といた態度で、ロイがにっこりと微笑めば。
「だから大人しく俺にチョコをくれたら、出て行くって言ってるだろ!」
何故か逆切れを起したエドワードが怒鳴る。
無理矢理でもいいから、とにかくねだってでもチョコが欲しいと言うのは、既にバレンタインデーの本来の趣旨から外れているような気もするが。
そんな細かい事を気にしないのが、エドワードの良いところであり、悪いところでもある。
とにかく好きな相手からチョコをもらいたい。
エドワードはその一心で先ほどから、ロイに纏わりついているのだ。
こんなにも必死なのは、大人のプライドなのか日頃ロイが中々自分の気持ちを、素直に現してくれないことに原因があるのかも知れない。
確かに二人は、恋人同士と言われる間柄ではあるのだけれども。
まだまだ恋愛経験の少ないエドワードにとっては、ロイの表現方法は不満でもあり不安でもあった。
子供の我が侭だという自覚がないわけではない。
だけど今日ぐらい。バレンタインデーと呼ばれる、こんな特別なイベントの日ぐらい、たまには形をくれてもいいのではないかと思ってしまうのだ。
「だから!なんで私が君にチョコを上げなければならないんだッ!?」
素直になってくれない相手は、ダンッ!と机に両手をおきながら立ち上がり、負けずに怒鳴り返してくる。
バチバチッ!と火花が散りそうな勢いで、しばし二人無言で睨み合うが、結局先に目をそらしたのはロイの方だった。
ふぅ。と小さくため息をついて、ドサリと椅子に座る。
「・・・・・・・分かってはいると思うが、私は男だぞ。どこの世界にバレンタインにチョコを買う男がいるというんだね?」
「そんなの関係ねぇだろ!性別なんか関係なく、好きな相手からチョコを貰いたいと思うのは、自然の摂理だ!」
一体どの辺が自然の摂理なのか分からないが、妙に自信満々に言い切ったエドワードを見て、ロイはがっくりとため息をつく。
好きな相手とか、どうしてこの子供は面と向かってはっきりと言えるのだろう。
いや、子供だからこそはっきりと言えると言ったほうが正しいのだろうか。
「全く・・・・。君の意見は、時々理解の範疇を超えるな・・・。」
「あ、また馬鹿にしやがって!どうして、俺の気持ちを-----。」
「とにかくだ!チョコであれば文句はないんだろう!これをやるから、とっとと出て行きたまえ!仕事の邪魔だ!」
エドワードの言葉を遮って、机の引き出しから取り出したものをエドワードに放り投げると、ロイはさっさと書類へと視線を落としてしまった。
「うわっ・・・とっ。」
とっさに投げられたものを受け止めて、エドワードは手の中へ落ちてきた物体を見つめた。
それは何の変哲も無い、その辺りの店で当たり前に売っている一枚の板チョコ。
ともすれば、エドワードを追い出すために、仕方無しに取り出した・・・と見受けられるが。
ロイは当たり前のように机から取り出したけど、ロイが甘いものなんて普段ほとんど口にしないことは、エドワードもよく知っている。
どう考えても、机の中から出てくるには「コレ」は不自然な物体だった。
(これって・・・・・つまり、そういう事・・・・・だよな?)
しばらくチョコを見つめていたエドワードの表情に、ゆっくりと笑みが広がっていく。
多分これはロイが、自分の為に用意してくれたもの。
それは予感でなくて、確信。
綺麗にラッピングされたチョコを買う事はできなくても、ロイなりに今日を気にかけてくれていたのだろう。
いかにも仕方なし、と言った態度で渡そうとする辺りが、とてつもなくロイらしくそして可愛らしいとエドワードは思う。
(全く素直じゃないなぁ〜〜〜。)
クスクス笑い出したエドワードが気になったのか、ロイが再び書類から顔を上げる。
「・・・・・・何を笑っているんだね。」
「いや、大佐から心のこもったチョコレートを、いただけたのが嬉しくって。」
「なッ!?誰が、心のこもったチョコレートをあげたんだ!?あんまりしつこいから、仕方無しに机に入っていたのを渡しただけだろう!」
「ほ〜〜〜お。」
まだそんな風に言うのかと、素直に認めないロイを見つめて、ふとエドワードは妙案を思いつく。
「な・・・なんだね。」
ニヤリと笑ったエドワードに、何か察するものがあったのか、ロイが思わず椅子に座ったまま後ずさる。
無言のままロイから貰ったばかりの板チョコを開封して、エドワードはその欠片を口に放り込む。
突然の行動の意味を、ロイが理解するよりも速く。
エドワードは執務机の上に乗り上げ、後ずさったロイの手を掴むと、そのまま自分の方へと引き寄せる。
「うわッ!?」
突然のことにバランスを崩し、驚くロイには構わず、エドワードは強引にロイの唇に自分の唇を重ねた。
「ちょ・・・んんッ!!」
突然前触れもなく触れた柔らかい唇の感触に、慌ててロイはエドワードを押し返そうともがき始める。
しかしエドワードは器用に、机の上からロイを椅子へと押さえつけてしまう。
もともと体力勝負でも普段から鍛え上げているエドワードの方に分があるのに、上から押さえつけられてロイに勝ち目などあるわけがない。
ロイの抵抗むなしく、エドワードはびくともしない。
なまじ背もたれが立派なだけに、覆いかぶされては、ロイの逃げ道は完全にふさがれたことになってしまう。。
「ん・・・・・。」
抵抗を封じ込め、エドワードは角度を変えては、何度も触れる口付けを繰り返す。
強引なのにどこか優しい口付けに、徐々にロイの抵抗は弱まっていく。
エドワードを引き離そうとしていた両手が、縋るようにエドワードの背に回る頃。
スルリとエドワード舌がロイの口内へと侵入する。
途端に広がる甘い味に、ロイがビクリと身体をすくませる。
「んぅ・・・はがね・・・の・・・・。」
掴んだエドワードの服を引っ張り、抗議の意を示しても、エドワードは一向に意に介さない。
チョコレートの欠片が、エドワードから口移しでロイの口の中へ移動してくる。
甘さに眉を顰めてロイはその欠片を押し戻そうと、躍起になる。
押さえつけられたまま、必死にチョコレートを押し戻そうとするロイの行動に、クスリとエドワードは笑みを浮かべて。
しかし、戻されてなるものかとますます口付けを深めていく。
傍からみたら何をやっているんだか・・・と呆れられそうな光景だが、元々負けず嫌いな性格の二人は真剣そのものだ。
どれぐらいその馬鹿馬鹿しくも、甘い攻防が続いたか。
二人の口の中を行き来していたチョコレートの欠片が、すっかり溶けて無くなる頃、漸くエドワードがロイの唇を解放する。
「甘い・・・・・・。」
唇を離した途端、憮然とした表情で文句を言うロイを見て、エドワードは笑う。
「だって大佐は、机の中にチョコレート入れておくほど、甘いものが好きなんじゃないの〜?」
「つッ!?。」
ニヤニヤとしながら告げるエドワードに、ロイはしまったと言う様に顔をしかめる。
これではエドワードの言葉どおり、わざわざチョコレートを用意したと認めたのと同然である。
「ありがと大佐。俺スッゲー嬉しいよ。」
満面の笑みを浮かべ、ストレートに自分の気持ちを告げるエドワードに、ロイは返す言葉を失う。
こんなときに、エドワードはずるいとロイは思わずにはいられない。
違う!とか、そんなつもりは全く無い!とか、エドワードの考えを否定する言葉は頭の中を過るのに、結局嬉しそうなエドワードの顔を見ていると、それらの言葉は口から零れることなく、すべて飲み込むこととなってしまう。
どんなに否定して見せても、やっぱり自分がエドワードに惹かれていると言うのは真実なわけで。
好きな相手が喜ぶ姿をみるのは、悪い気はしない。
「・・・・・・・・・・・。」
黙ってしまったロイを、エドワードはそっと抱き締める。
まだ自分の腕の中にすっぽり、と言うわけにはいかないけれど。
抱き締めただけで幸せな気分を自分に与えてくれるのは、やっぱりロイだけだから。
この人が自分を選んでくれた奇跡に、心から感謝したいと思う。
幸せをかみしめて、エドワードは腕の中の恋人に、もう一度そっと口付けを落とす。
愛しい恋人の唇は、チョコレートよりもなお甘い味がした。
END