END今日の仕事も漸く終えて。
遅い帰宅となったロイは、疲れた身体を休めるべく、早々に寝室に向うつもりでいた。
その時、不意に耳に届いたのは、ドアのチャイムの音だった。
「?」
音に反応して、ピタリと階段を上りかけていたロイの足が止まる。
こんな夜更けにたずねてくる人物に心当たりが無くて、ロイは思わず首をかしげる。
一瞬、司令部でなにか問題でも起きたのかと、不吉な予感が頭の中をよぎる。
しかしチャイムを鳴らした相手は、その後ドアを叩くでもなく、悠長に自分が開けるのを待っているあたり、火急の用事ではないのだろうからそれは杞憂だと思い直す。
そうなってくると、ますます夜の来訪者にロイの心当たりは無くなる。
結局思い当たる人物が浮かばないまま、もう一度鳴らされるチャイムに急かされて、ロイはドアを開ける。
「こんな時間に一体・・・・・。」
ブツブツと文句を発しかけていた口は、最後まで言葉を紡ぐことなく閉ざされる。
あまりにもロイの目の前に広がった光景が、ロイの予想を超えていて。
ドアを開けたロイの視界一杯に、飛びこんできたもの。
それは、色艶やかに咲き誇る大量の薔薇の花。
甘い香りが立ち尽くすロイにまで届いて、鼻腔をくすぐる。
(なんでこんなものが、私の家のドアの前にあるんだ・・・?)
パチパチと薔薇の花を見つめたまま、ロイは瞬きを繰り返す。
狐につままれた気分で上から薔薇の花を見渡せば、ロイの目に花に埋もれそうになりながら、ひょっこりとのぞく見慣れた金髪が不意に映った。
「鋼のッ!?」
「よう、大佐。元気にしてたか?」
驚いてロイが巨大な花束を持ち上げれば、少し照れくさそうな表情をした少年が軽く手を上げて挨拶をしてくる。
少々きつめの眼差しは、彼が何者にも屈しないという強い意志の現われか。
そこに立つのは、間違いなく最年少の国家錬金術師の称号を持つ少年、エドワード・エルリックだった。
「な・・・・・な、何で君がこんな所にいるんだッ!?」
「何でって、今日はホワイトデーだろ?心のこもったチョコレートを頂いた身としてはお返しに来るのが当然ってもんだろ?」
さも当然とばかりに言い切られて、何故かロイが返答に詰まる。
「いや〜でも、参ったぜ。お返しに薔薇の花を選んだはいいけど、気合入れて買いすぎちまって・・・。ここまで運ぶの結構大変だったんだ〜。」
おまけに時間もないし。日付が変わる前に渡せて良かったとエドワードは満足そうに頷く。
エドワードの言葉に、ロイは自分が抱えた花束をしげしげと見つめる。
それは花屋一件分の薔薇を買い占めたんじゃないか、と言うぐらい巨大だ。
確かに。
ロイが抱えても両手に余るこの花束は、平均身長と比べても小さい方に分類されてしまうエドワードが運ぶには、さぞかし大儀だった事だろう。
途端、前もほとんど見えない状態で、自分の買った薔薇に半分以上埋もれながらヨロヨロと歩くエドワードの姿を想像してしまって、ロイの口から笑いが漏れる。
位も見当もないとはこのことだ。
「あ〜も〜。笑うなッ!!」
クスクスと笑い出したロイに、エドワードが赤くなりながら叫ぶ。
「なんだよ。せっかく持ってきてやったのに・・・。」
中々笑いの収まらないロイに、ついにエドワードが少し拗ねたように呟く。
「・・・・いや。悪かった。余りに突然の事だったから、少々驚いてね。」
「驚いたら笑うのか。へーへー、大佐ともなると、驚きの表現も変わってらっしゃるんですね〜。」
どうやら完全に拗ねてしまったらしいエドワードを、ロイはきょとんと見つめる。
「全く、君は突然子供になるな。」
15才といえば、ロイから見れば当然子供になるけれども、普段はとてつもなく回転の速い頭だとか、大人びた言動が彼をずっと大人びて見せるから。
たまにこんな年相応の姿を見せられると、ロイとしては困るというよりは少し安心する。
「どーせ、俺は子供で・・・・・ッ!!」
なんだか余裕なロイの対応が面白くなくて、更に文句を重ねようとしたエドワードの言葉は、ロイが突然自分の唇によって、エドワードの口を塞いだことにより、途中で途切れる。
余りに突拍子も無いロイの行動に、エドワードは驚き固まる。
ロイが抱えたままの薔薇の花の香りが、エドワードの鼻腔に届く頃、ロイの唇はやってきたときと同じ唐突さで離れていく。
「花束が嬉しくないわけじゃないがね・・・・・・。」
まだ吐息が触れるぐらいの至近距離で、ロイはエドワードの額に自分の額をくっつけ笑う。
ふわりと、柔らかい微笑みにエドワードは、一瞬目を奪われる。
そんな綺麗な微笑を不意に見せるなんて、全く持って反則だ。
とても「好き」なんて言葉で言い表せないほど、彼を愛している自分に気がつかされる。
固まったままのエドワードをどう思っているのか、ロイは言葉を続ける。
「私は、会いにきてくれるだけで充分だよ。」
「・・・・・なんだよ。今日はやけに素直じゃん?」
いつになく素直に言葉をくれるロイに、エドワードは動揺を隠せない。
「まぁ・・・・・たまには・・・・・な。」
クスリとロイは笑いながら言う。
ロイが覚えている限りでは、何日か前に届いたエドワードからの報告書の消印は、ここから遥か彼方の土地のものだった。
その彼が今ここにいると言うことは、本当にホワイトデーの為だけに帰ってきてくれたということの証明。
自分の方が大人なのだからという自覚がある以上、普段中々ロイは自分の気持ちを言葉に出すことも態度に出すことも無い。
だけど、今日だけは特別に。
自分に逢う為だけに戻ってきてくれたエドワードに、敬意と少々の呆れも交えて。
素直な気持ちを、エドワードに述べてみるのも悪くないかと思ってしまったのだ。
「大佐・・・・それ、もの凄い反則技だぜ?」
唇に右手を当てて、エドワードは困ったように呟く。
めったやたらとないロイからのキスに、素直な甘え。
エドワードは自分の頬が赤くなっていくのを感じていた。
ロイの触れた箇所が熱い。
今度こそエドワードから身体を離したロイが、余裕の笑みを浮かべる。
口を右手で塞いだまま赤くなったエドワードを、珍しいものでも見るような目つきで、ロイは見ていた。
普段あまりエドワードの口ごもる姿なんて見る機会がないから、純粋にロイはこの状況を楽しんでいた。
エドワードにはいつも振り回されてばっかりだけど、たまには自分が振り回して見るのも悪くない。
自分がエドワードの劣情を見事に煽ったなどとは、露知らず。
のん気にロイが構えていたとき。
「・・・・・・・・・・大佐。」
漸く呼吸の整ったらしいエドワードが、相変わらず手で口を抑えたまま低く呟いた。
「? なんだね。」
エドワードの変化に気がつきもせず、のんびりとロイが返事を返す。
と、次の瞬間、不意に伸びたエドワードの両手が、ロイの胸元を掴むと力いっぱい引き寄せた。
「は・・・鋼の・・・・・・う?んぅぅぅ???」
突然引き寄せられてロイがバランスを崩したところで、強引に今度はエドワードから唇を重ねた。
ロイの触れるだけの口付けとは比べ物にならない、吐息さえも奪うような激しいキス。
身体がしびれるような熱烈な口付けに、ロイの身体から否応無しに力が抜けていく。
それは両腕も然り。
両手での支えを失った花束が、ロイの腕を離れて無残にも床へと落とされる。
「ちょっ・・・花束が・・・・・・むぅ・・・う・・・。」
ロイは花束を気にして、なんとかエドワードを引き剥がそうとしても、噛み付くほどの勢いで唇を合わせたエドワードはびくともしない。
逆に顎を掴まれ、強引に舌を絡め取られる。
歯列を割って侵入を果たしたエドワードの舌は、我が物顔でロイの口内を荒しまわる。
「はぁ・・・・は・・・鋼の?」
呼吸の合い間に苦しげにロイがエドワードを呼ぶと、名残惜しげに漸くエドワードは唇を離す。
「は・・・・ん・・・・・。本当に突然なんだね・・・・。」
「だって・・・・・大佐。スゲー可愛いこと言うから・・・・。」
荒い呼吸を繰り返しながらロイが問い掛ければ、エドワードはバツが悪そうに答える。
「はぁっ!?私がいつ可愛い事なんて言ったんだッ!!?」
「自覚が無い分、大佐の場合性質が悪いんだよ!!ああ。くそッ!!今日は格好よく大佐に花束渡したら帰るつもりだったのに・・・・・・・。」
なにやら頭をガシガシかきながら、悔しげに呟くエドワードの言ってる意味が分からなくてロイはエドワードを見つめる。
「大佐が抱きたくなった。ダメか?」
「なッ!?」
あまりにもストレートな物言いに、ロイが言葉に詰まる。
「だ・・・・・ダメに決まってるだろう!!一体君は何しに来たんだ!?バレンタインのお返しとか言ってなかったか?」
そもそもバレンタインのチョコ自体、ロイは素直にエドワードにバレンタインチョコとして渡していなかったような気もするが、そんな事実はロイにとって既に空の彼方らしい。
真っ赤になったままロイは怒鳴り返し、エドワードに背を向けてしまう。
「なあ〜〜〜大佐。本当にダメ?」
しょんぼりとした声に、そっと後ろを振り返って見れば、本当にがっかりしたように肩を落とすエドワードの姿が見える。
(ああ、いっそのこともっと強引だったら、簡単に彼のことなんか嫌いになれるのに。)
心のうちで呟いて、ロイはため息を小さく落とす。
強引な振りをして、エドワードは誰よりも優しい。
最後の最後はロイの意志を尊重してくれるから、結局自分が折れることになってしまう。
自分でも甘いと言う自覚がないわけではないけれど。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・せめて、この花束を飾ってからな。」
長い沈黙の後に、そっぽを向いたままロイが呟く。
「大佐ッv!!」
「うわッ!!後ろから引っ付くな!!」
小さな承諾の合図に、エドワードが嬉しそうに飛びついていく。
「さぁ、さぁ。そうと決まれば、さっさとコレ飾っちまおうぜ!!」
ロイの反論も気にしないで、エドワードは床に落とされた花束を拾う。
「こら!鋼の君は触らなくていいッ!!」
「え?なんでだよ?」
さっさと花束を奪い返されて、エドワードは不満そうな声をだす。
「君みたいに大雑把な奴に任せていては、花が痛むだろう。」
「どーゆー意味だよッ!!」
「どういう意味も何も、言ったままの意味だ。とにかくッ!!花を飾り終えるまでは、私に触れるのは一切禁止だ。」
「え〜ッ!?なんだよそれ〜〜〜ッ!!」
騒がしく言い合いをしながら、先に家の中に入ったロイを追って、エドワードもロイの家の中へと入っていく。
二人の声が吐息に変わるまで、きっとそう時間は掛からない。
そして次の日、見事に寝坊して有能な部下と、優秀な弟からそれぞれに雷が落ちるわけなのだが・・・・・。
取り敢えず二人の幸せな(はず)夜はふけていくのだった。