寂しかったら俺を呼んで。
あんたの声なら、どんなに離れていても聞こえるから。
逢いにいくよ。
時間も距離も越えて―――――― 必ず。
「大佐・・・・・。そろそろ終わりにした方がいいんじゃないっすか?」
トレードマークの煙草を銜えたまま、ハボックは呆れたようにカウンター席の隣で酒を飲み続ける自分の上司を見た。
もとより酒に強いハボックと違い、酒に弱くもないがたいして強くもない彼の上司、ロイの瞳は傍から見ても分かるほどアルコールにトロンと溶けている。
「うるさいぞハボック。・・・・・今日は最後まで付き合うと言ったじゃないか。」
「はぁ・・・。まぁ確かに言いましたけどね・・・・・。」
本来は上司であるはずの人の、拗ねたような物言いにハボックは困ったように頬をかく。
確かに、今日は飲みたい気分だから付き合えと言われて、素直に頷いたような覚えはある。
別に酒に付き合うぐらいなら、ハボックだって特に問題はない。
ハボックの帰りが遅くなったところで、現在一人身のハボックには困るものなどいないし。
問題は明日の仕事を、睡眠不足の頭でどうやってこなすかぐらいだ。
しかし、先ほどの拗ねたような物言いといい、今日はあきらかにロイの様子がおかしくて、ハボックが戸惑ってしまうのも無理はない。
いつになく早いピッチで杯を空ける上司の姿は、何度もロイのと飲みに来たことのあるハボックでさえ、初めてみる姿だった。
『何かあったんですか・・・?』
先ほどからそう問いかけようと思っているのに、無言で酒を飲むロイの横顔は、何も聞くなといっているようで、結局ハボックは何も聞けないまま、現在に至っていた。
そんな部下の複雑な心境など露知らず。
ロイは何も聞いてこない部下をありがたく思いながら、酒を飲み続けていた。
今日はどうしても家に帰りたくなかった。
静まり返った家は、否応なしに自分に考える時間を与えてくれるから。
その時に思い出すのは、自分の年下の恋人の事ばかりだ。
ここ一ヶ月ほど、彼からの連絡はプッツリと途絶えている。
彼の捜し求めるものはいつも危険と隣り合わせのシロモノだから、どうしているかも分からなくて、心配するなという方が無理な注文だ。
「そういえば・・・・・。」
黙々と飲み続けるロイとの間に流れるなんとなく気まずい沈黙に、ハボックはどうにか話題を作ろうと、視線を彷徨わせる。
「最近、鋼の大将見かけないっすけど・・・。今はどの辺を旅しているんでしょうかね〜?」
ピクッ。
何気なく。
本当に何気なくハボックは、エドワードの話題を出しただけなのだろうが、まるで自分の胸の内を見透かしたようなハボックの言葉に、ロイの肩が微かにはねる。
しかし、正面を向いて話すハボックは、そのロイの反応に気がつかない。
「最近報告書も届きませんけど・・・・・また、どっかで騒ぎを起してなければいいッすよね・・・。」
はは、と笑いながら横を向いたハボックは、俯いたロイの姿に思わずぎょっとする。
「た・・・大佐?どうかしたんすか?気分でも悪いんですか?」
危うく傾けていた、グラスを落としそうになりながら、ハボックは慌ててロイを覗き込む。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
グラスを握る手にぎゅっと力を込めて、ロイは俯いたままハボックの問いに答えようとしない。
そう、唯一の彼らを無事を知らせる報告書さえ、ロイの元に届かないから、ロイの心配は増す一方なのだ。
「・・・・・・・・・大佐?」
自分は何か気に障るような事を言ってしまったのだろうか?
そう思っては見ても、ハボックはどう思い返しても、思い当たる節がない。
「・・・・・・・・・・・本当に、どうしているんだろうな・・・・・・・。」
「え?」
ポツリと。
意識なく漏れたロイの寂しげな言葉に、ハボックは驚いたように目を見張る。
「えっと・・・。どうしてるって、エドのことですよね?」
先ほど話題にしたのはエドワードの話題だけなのだから、流れからしてロイが言うのはエドワード以外考えられない。
しかし自分の上司と最年少の国家錬金術師といえば、顔をあわせればケンカをしているという認識がハボックの中ではあるから、そのロイの寂しそうな態度とはあまりに結びつかなくて、思わず確認してしまう。
「いや!!別に私は鋼のの事など言ってないぞ!」
ハボックの言葉に、ハッと我に返ったロイは、慌てたようにハボックの言葉を否定した。
自分とエドワードの仲は、絶対に秘密なのだ。
下手なことを言えば、きっとこの勘のいい部下は気がついてしまうだろう。
いくらアルコールが入っているとはいえ、自分の迂闊な発言にロイは舌打ちしたい気分になる。
「・・・・・・・・・・・・。」
プルプルと首をふるロイを、ハボックは無言でじーっと見つめる。
「な・・・・・何かね?」
その視線に少々身を引きながら、ロイは出来るだけ平静を保ってたずねてみる。
「ああ。やっぱりそういうことなんすね。」
納得したようににっこりと笑うハボックに、ロイの背を冷たいものが流れていく。
「や・・・やっぱりって・・・・・。」
「大佐はエドに逢えなくて、寂しいんすね。」
ハボックの爆弾発言に、ロイはかっと一瞬で朱に染まる。
「そ、そそ、そそそそ、そんなわけないだろう!なんで、東方司令部一のもてる男と言われた私が、言い寄る女性は星の数と言われるこの私が、なんであんな豆に逢えない位で――――――ッ!!」
「大佐、立ち上がって騒ぐと目立ちますよ?」
冷静なハボックの一言に、赤くなったまま一気にまくしたてていたロイの言葉が、途中で途切れる。
ハボックの忠告に、傍と我にかえって周りを見渡せば、確かに自分に好奇の目が向けられている。
今はロイもハボックも軍服を着てはいないから、軍の人間だとと言うことは分からないだろうが、だからと言って無意味に目立っていいといいものではない。
「・・・・・・・。」
ロイはコホンと小さく咳払いをしつつ、もう一度椅子へと座りなおした。
そんなロイの様子を見て、ハボックはクスクスと笑い出す。
顔をあわせれば、お互いに嫌味で応戦しあっていた国家錬金術師の仲は、どうやらハボックの想像を超えて進展しているらしい。
いつの頃からか、エドワードがロイを見つめる眼差しに、微妙な変化が現れていたのには気がついていたが、まさか自分の上司がその想いに応えていたとは。
「何がおかしいんだ、ハボック少尉・・・・・・・。」
突然笑い出したハボックを、ロイが恨めしげに見つめた。
「いや、大佐が注目を浴びたのは俺のせいじゃないっすよ?」
自分で勝手に動揺して注目を浴びたくせに、どうやらそれは自分のせいだと思っている上司に、しっかりと自分の正当性を主張しておきながら、ハボックは続ける。
「大佐でも、寂しいって感情はあるんだなぁ〜と思いまして・・・・・って、痛ッ!!」
ポカリとロイのげんこつを頭にくらって、ハボックが悲鳴を上げる!!
「誰が寂しがっているか!私は別に寂しがってなど・・・・・。」
そう否定しつつ、酔っている為上手く感情がコントロール出来ないのか、ロイはクシャっと顔を歪める。。
(あ〜あ・・・・)
ハボックは困ったように、頭をかく。
自分より地位も年齢も上の人のはずなのロイを、憎めないと思ってしまうのはこんな時だ。
普段は人を人とも思わず、こき使えるだけこき使うくせに。
大総統になるんだと大胆不敵な野望を抱いているように。
それに相反するように不意に見せる素顔は、驚くほど幼くてハボックを驚かせる。
普段の毅然とした姿は欠片も残ってないハボックの上司は、まるで捨てられた猫のようにシュンとハボックの隣で頭を垂れている。
その姿を見ていると、どうにかしてやりたいと使命感が湧いてくるから不思議だ。
続く
まるで、ハボロイのようだ・・・(−−;
エドロイです!!あくまでも。