(しかし大将の熱い視線は、正に恋するなんとやらで分かりやすかったけど、大佐は全然気がつかなかったなぁ〜)
こうして振り返ってみても、ロイはいつも突っ掛ってくるエドワードを冷静にかわすばかりで、その表情には恋心のこの字もなかったのに。
さすが腹の探り合い合戦が繰り広げられる軍の中で、若くして高い地位にまで昇りつめただけのことはある。
見事なまでのポーカーフェイスだと、ハボックは感心する。
「しかし、ちょっと酒が入ったぐらいで、あっさり崩れるなんて、中途半端な人ッすね。相変わらず・・・・・・・。」
それがロイらしいといえば、ロイらしいのだが。
まぁ、そんな人間らしい感情もハボックがロイについて行こうと決めた、一つの要因であるから、それを責めるつもりも無いが。
多分ロイが野心に燃え、ただ上を目指すだけの人間だったなら、自分はここまでついてこようとは思わなかっただろうし。
本人は認めていないとは言え、隣で激しく落ちこんでいる上司を見つめて、ハボックはどうしたものかと考える。
どうにかしてやりたいと思った感情に嘘はないが、だからと言って自分に何が出きるかといえば、自分に出来ることなど何もないのだと気がついてしまう。
ロイは自分よりも、年齢も地位も上で。
自分の下手な慰めなど、慰めにはならないだろうし。
気晴らしにと豪華なディナーに連れて行くことも、自分の給料では無理がある。
かといって、ハボックに各地を転々としているエドワードを探してくることなど、ホークアイの狙撃から逃れることより難しい。
「分かりました。大佐、今日は気が済むまで飲みましょう!!」
「ハボック少尉?」
俯いていたロイは、ハボックに勢いよく肩を叩かれ、何事かと顔を上げる。
「大佐が今日は飲みたい気分なのはよく分かりました。こうなったら、二人で飲み明かしましょう。今日はとことん付き合いますよ!」
今自分に出来ることと言ったら、ロイの気が済むまで一緒に飲むことぐらいだろう。
いろいろ考えた末のハボックなりの、最善の解決策だった。
「・・・・・・・・・・・すまないな。」
あえて明るく笑って見せたハボックに、部下に気を使わせてしまった事に気がついたのかロイは苦笑を浮かべた。
その笑みの思いがけない儚さに、ドキン・・・とハボックの鼓動が跳ねる。
(・・・・・・え?)
その予想外の自分の体の反応に、ハボックはとっさに自分の胸を押さえていた。
(なんだ?・・・・・・・・・今の?)
「どうかしたのか?」
戸惑うハボックを、ロイが不思議そうに見つめる。
「・・・・・・・いえ。なんでもありません。」
まさか・・・・な、と思いつつハボックは笑って誤魔化す。
今の鼓動はまさに、素敵な女性を見つけた時の反応だったような気がするのだが。
(自分の上司見て、なんで胸ときめかさにゃならんのだ・・・)
「さ、大佐。ガンガン飲むって決めたところで、次は何にしますか?」
「・・・・・・・そうだな・・・・。」
さりげなく話題を変えてしまえば、ロイは素直に意識をそちらに向ける。
隣でアルコール度の高い酒を頼むロイを見ながら、ハボックは自分の胸のうちに不意に湧き上がった感情を必死に否定するのだった。
それほど時間を待たずして、ロイは完全に酔いつぶれてしまっていた。
確かに気が済むまで飲もうと言ったのはハボックなのだから、それに文句をつけることは出来ないが。
隣で眠ってしまっているロイを見つめて、ハボックはこの先どうしたものかと思い悩む。
自分の上司は、それでも軍人かというほど軽い人なので、運ぶことに問題はない。
問題があるとすれば、果たしてロイの家に送り届けるのが良いのか、自分の家に連れて行ったほうが良いのか。
ロイは先ほど飲みながら家に帰りたくないといっていたような気もするし、ここからならロイの自宅よりハボックの家の方が近い。
「なら・・・・・・・俺の家に運んじゃっていいんスか?」
ハボックが問いかければ、ロイはむずがるように反応を返す。
「・・・・・・・・・・・・んん・・・・・・・・・。」
その無意識のうちに発せられた声が、ハボックには妙に艶を含んだものに聞こえてしまって、またハボックの鼓動が高鳴る。
(だから、一体何だっての・・・・・・・。さっきから。)
カーッと熱くなる体を持て余して、ハボックはため息を落とす。
「どー考えても、この人は恋愛の対象じゃないでしょ・・・・。」
相手は同姓だ。
しかも、あのロイが逢えなくて寂しいという感情を抱かせるほど、大切にしている恋人まで既にいて。
「そう・・・・・・・・・・・別に今日だって、あんまり大佐が寂しそうにしているから、仕方なく一緒に飲んでいただけであってなぁ・・・・・・・・・・・・・。別に俺の家に運ぼうと思ったのだって、深い意味なんてなくて・・・・・・ただ、ここからなら俺の家の方が近いから・・・・・・。」
誰にともなく言い訳をしながら、ハボックはロイを見つめる。
「別にやましいことなんて・・・・・ない・・・・・・・ですよね?」
ロイから反応が返らないのは分かっていても、ハボックはロイに問いかけていた。
そういう疑問を抱いてしまうあたり、既に正常な思考とは思えないが、ハボックはそんなことにさえ気がつかない。
「ただ、酔っ払った上司を連れて帰るだけ・・・・。それだけだ。」
言い聞かせるように言ったハボックが、ロイを連れて帰るため、その肩に触れようとした時だった。
「大丈夫だよ。ハボック少尉。大佐は俺が連れて帰るから。」
突然滑り込んだ声に、ロイに触れようとしていたハボックの手がピタリと止まる。
聞き覚えのある声に、ハボックが慌てて振り返れば。
「大将ッ!?」
「よ!久しぶり。」
振り返ったハボックの視線の先には、イタズラっぽく笑いながら、敬礼をしてみせる最年少国家錬金術師、エドワード・エルリックが立っていた。
「ど・・・・どうしてここに・・・・?」
ハボックは問いかけずにいられなかった。
ここはイーストシティにある酒場で、いつもエドワードが訪れる東方司令部ではない。
確かにホークアイには、酒場に行くとは行ったような気もするが、何処の・・・とまでは告げていない。
このイーストシティに酒場と呼ばれる場所は、いくつあることか。
少なくとも、一軒一軒回って探すのはご遠慮したい、つまり地道に探すのには無理があるぐらいの数はあるはずだ。
「どうして・・・・って言われても困るけど・・・・・・。しいて言うなら呼ばれたから・・・かな。」
ハボックの驚きをよそに、エドワードは事も無げに言ってクスリと笑う。
『誰に?』とは、聞くまでもないだろう。
エドワードを見つめたまま、ハボックはパチパチと目をしばたく。
呼ばれたって・・・呼ばれたって・・・。
国家錬金術師とは、不思議な術まで使えるのか?
好きあうもの同士、心まで繋がっている?
と、後ほど冷静になって考えてみればかなり恥ずかしいことを、本気でハボックは思ってしまう。
それほどエドワードの登場は突然で、タイミングの良いものだった。
まるで見透かしたように、ロイが寂しがっているときに戻ってくるなんて。
本当に『呼ばれた』としか思えない。
「ほら大佐、帰ろう?」
呆然とエドワードを見詰めるハボックをよそに、エドワードはロイを軽く揺すって、ロイを起しにかかる。
「・・・・・・・・ん?・・・・・・・・・鋼の?」
揺さぶられて目が覚めたのか、ロイは目の前に立つ少年の名を反射的に呼んでいた。
「そう、鋼のだよ。」
クスクス笑いながらロイを見つめるエドワードの瞳は、隣で見ているハボックが呆れるほど優しい。
「いつの間に、こちらに戻ってきたんだ?」
漸く事態が飲み込めたのか、体を起こしたロイが顔を輝かせる。
(あーあ。嬉しそうな顔しちゃって・・・・・・。)
チクリと胸の痛みを感じつつ、嬉しそうなロイの様子にハボックは、よかったと胸をなでおろした。
しかし。
「今日の汽車で、今さっきだよ。そんなことより・・・・・あんた、こんなになるまで飲んでるなよ。ハボック少尉にだって迷惑だろうが。」
少々呆れを含んだエドワードの声に、ロイは途端に顔をしかめてしまう。
「今日はもう気が済むまで飲んだんだろう?ほら、送ってやるから・・・・・・・。」
「嫌だ。」
差し出されたエドワードの手を、ロイはとっさに振り払っていた。
その態度に横で成り行きを見守っていたハボックは、うわっ・・・と、頭を抱える。
先ほどまでエドワードに逢えないと寂しがっていたのに、どうして本人を前にするとこうも素直でなくなってしまうのか。
こんなふうに突然手を振り払われては、エドワードでなくともカチンとくるだろう。
しかし、ロイにはロイの言い分があった。
こんなになるまで飲んでいたのは、一体誰のせいだと思っているのか。
便りはおろか、電話の一本も寄越さないで。
「私はもう少しここで、飲んでいくんだ。鋼の君も少し付き合いたまえよ。」
「俺は未成年だっつーの。大人が少年に非行への道を勧めるなよ。」
ロイの無茶な言葉に、エドワードが至極当然な返答を返した。
続く
漸くエド登場〜vvv
う〜〜〜ん、ハボックさんの立場が微妙だなぁ・・・(笑)
全然終わらなくてすみません。
まだ続く・・・・。
