Rot und Blau 10
エドワードと会わなくなってから、既に2週間の時が過ぎようとしていた。
頻繁に会っていた頃は、3日と間をあけず会っていたのだから、もう随分とエドワードの顔を見ていない気がする。
こうして距離を置いてみれば、恋人同士でもないのに3日もあけずに会っていたなんて、随分と自分もエドワードに入れ込んでいたのだとロイは思い知らされる。
(だけど、終わってしまえばあっけないものだ・・・・)
エドワードと会わなくなっても、時間は何ら変わることなく過ぎていく。
まだ会えない日々に慣れたわけではないけれど、いずれ時間が彼を忘れさせてくれるだろうと信じて、自分はブラットレイの為に、自分に出来ることをこなしていくだけだ。
ヒューズと共に街を回り、ブラオのメンバーである者たちに声をかけ、自分たちの縄張りの近況を聞き、他愛も無い話に花を咲かす。
こうしていると、エドワードと過ごした時間の方が幻のような気さえしてくる。
それを寂しいとは思っていないつもりだった。
「・・・・・・・・・・・・イッ!ロイ!!」
ヒューズに肩を叩かれ、ロイはハッと我に返った。
慌てて視線を自分呼ぶ男に向ければ、自分を心配そうに覗き込む瞳とぶつかった。
その背後では、様子のおかしいロイを見つめる、ブラオのメンバーたちの姿がある。
「・・・・・なんだ、ヒューズ。そんなに呼ばなくても聞こえている」
どうやら自分はヒューズに話しかけられていたらしいと気がついて、取り繕うように憮然と呟いても、長年ロイの親友を務めてきた男は、そんなことでは引き下がってはくれなかった。
「・・・・・・・聞こえてないから、何度も呼んでいるんだろうが・・・」
呆れたようにため息をつかれて、ロイは首を傾げる。
そんなに呼ばれていたという自覚が、ロイには無い。
「・・・・お前、ここの所変じゃないか?」
らしくないロイの様子に、ヒューズは心配そうにロイを覗き込む。
勿論、ロイに何かあったのではと、心配そうに様子を伺うブラオのメンバーに見えないよう、彼らに背を向けるのも忘れない。
整った容姿に、強さも兼ね備え、更に組織の中で地位まであるロイは彼らの間では既に神聖化されている節があり、ロイの身に心配事があったと知ったら全員でその原因の排除に向かうことが無いとは言い切れない危険があるからだ。
悪い奴らではないのは分かってるが、どうにも真っ直ぐ過ぎるというか・・・身内思いすぎるのだ、彼らは。
「・・・・・・・・・・・・・・・そんな事は無い」
自分の肩に置かれたヒューズの手を払いながら、すげなくロイは返事返す。
「それが何も無いって態度かよ・・・」
目もあわせず、ぼそぼそとしゃべるロイなんて、いまだかつて一度も見たことが無かった。
だが何も言わずとも、ロイがここのところ元気が無い原因は、ヒューズはうんざりするほど思い当たる節があった。
原因は考えるまでも無く、敵方の組織に属するエドワードという少年のことだろう。
「・・・・・・・・・・・やっぱり、ちゃんと話し合ったほうがいいんじゃないか?」
ヒューズがロイから聞いた話しによれば、ロイはエドワードと会った際に、一方的にエドワードに別れを告げ、それ以来会ってはいないらしい。
お互いに住所を教えあっているわけではなかったから、それだけでエドワードがロイに会う術はなくなってしまうのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そんなに気になってるんだったらさ・・・。最近こうして仕事をしていても、お前上の空だって気づいてるか?」
沈黙を続けるロイに、ヒューズは言い聞かせるように言った。
「・・・・・・・・・・・もう、エドワードと話すことは無い・・・・・」
「ロイ?」
「話すだけ時間の無駄だ。最近私が上の空だったと言うのなら、今後注意しよう。ヒューズお前に迷惑をかけるようなことはしない」
「迷惑ってなぁ・・・。そう意味じゃなくって・・・・ッ!」
どうして分んねーかな〜と、がしがし頭をかきながら、話しは終ったとばかりにこの場を去ろうとするロイの腕を、ヒューズは掴もうとするが。
「あの〜。お取り込み中申し訳ないんスけど。先日話していたシマの件でちょっと相談があるんスけど・・・」
声をかけてきた人物に遮られ、ヒューズはロイの腕を掴みそこねてしまう。
「あー!!もう!その件は後回しだっていっただろう、ハボック!!」
「後回しって、先週もそれで逃げたじゃないッスか!!これ以上あのシマ放っておいたら、確実にロートの物にされちまいますよ!?」
「だからってなぁ・・・。今それどころじゃ・・・・」
「こっちだって、それどころじゃないんです。今日こそは、相談に乗ってもらいますからね!」
追い払おうと思っても負けじと言い返されて、挙句にがっしりと腕をつかまれてヒューズは身動き取れなくなる。
ロイやヒューズと違い、はっきり言って体力専門のハボックの力は、ヒューズがじたばたもがいたぐらいでどうにかできるレベルではない。
「ハボック!!離せって!!ロイが行っちまうだろうが!」
「ロイさんだって、ブラオの幹部なんですよ?ヒューズさんがそんな四六時中ついてなくったって、大丈夫ですよ」
それはロイがいつものロイだったらの話だろうが!と怒鳴りかけて、ヒューズは慌てて口をつぐむ。
ロイがいま非常に不安定な状態にあるのに気がついているのは、ヒューズだけなのだ。
下手なことを言って、メンバーたちに心配をかけさせるわけにもいかない。
それにハボックが言うシマの話も気になる。
ここでこの話を放置して、そのシマがみすみすロートの手に渡ったと知れたら、ロイが激怒するのも目に見えている。
「・・・・・・・・・・・・分かったよ」
腕を掴んだまま離す様子の無いハボックに、ヒューズは降参とばかりに頷いた。
「そうこなくっちゃ。じゃ、ここじゃなんですから、近くにウマイ食事の食える店があるんスよ。そっちに案内しますよ」
漸く了解してくれたヒューズに、ハボックはニカっと笑って見せると、先にたってヒューズの案内を始める。
はぁ・・・とため息を落として、ヒューズはロイの立ち去った方角へと視線を向ける。
そこには、既にロイの姿は見えなかった。
(頼むから、ロイ。あまり思い詰めないでくれよ・・・・?)
どうやら追ってくる気配の無いヒューズに、ロイはホッと息を吐いて足を止めた。
ヒューズには申し訳ないが、今は誰とも話したくない気分だった。
こんなに自分でも感情がまとまらないことは初めてで、正直途方に暮れていた。
エドワードに会わなくなってからも、今まで自分は同じように生活を送ってきたつもりだったから、なおさらヒューズのずっと上の空だったという言葉が重くのしかかっていた。
「・・・・・・どうしたものかな」
空を見上げて、ロイは小さく呟く。
その独り言に答えが返るとは夢にも思わないで。
「なんかあったわけ?」
突然聞こえた聞き覚えのある声に、ロイは慌てて視線を空から戻す。
「よぉ、久しぶりだな。ロイ」
ロイの視界に飛び込んできたのは。
あの時と変わらぬ笑顔のまま、ひらひとロイに手を振ってみせるエドワードの姿だった。
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