Rot und Blau 9



「・・・・・・・・・ヒューズ?」
突然のヒューズの抱擁に、ロイは戸惑ったように声を上げる。
「すまない・・・。俺がつまらない作戦を思いついたばかりに、お前に辛い思いをさせてしまった」
抱きしめる腕に更に力を込めて、ヒューズは辛そうに顔を歪める。
こんな辛い思いを、友人にさせたいわけじゃなかったのに。
ブラッドレイの、ひいてはロイの為になるはずの作戦は、結果としてロイを深く傷つける結果となってしまった。
「・・・・・・・・・・・・・ああ」
ヒューズの言いたいことを察して、なんだそんなことかと、ロイは微かに笑う。
「ヒューズ・・・お前はなにも悪くない。お前の作戦は十分有効なものだった。それを台無しにしたのは私だ。謝るべきは私の方だ・・・・」
「ロイ・・・・・」
「すまない。私には、これ以上この作戦を続けることは出来ない・・・」
それは、いままでどんな無茶な命令だろうと、確実にこなしてきたロイの初めての敗北宣言だった。
腕の中で力なくうなだれるロイを、ヒューズが責めることなど出来るはずはない。
「いい・・・・。いいんだ、ロイ。お前は十分にやってくれた。お前が自分を責める必要なんてない」
うなだれたままのロイを見下ろしながら、ヒューズはぽんぽんとロイの頭を、まるで子供でもあやすように撫でてやる。
「・・・・・・・私は、子供じゃないぞ」
それで幾分落ち着いたのだろう。
憎まれ口を叩きながら、ロイはそっとヒューズから身を離した。
「お前は、十分手のかかる子供とおんなじだよ」
「どういう意味だ!」
むきになって噛み付いてくるロイに、安心したように笑みを零したヒューズは、不意に真剣な眼差しになってロイに問いかけた。
「それで・・・ロイ。お前はこれからどうする気なんだ?」
「・・・・・どうする・・・・とは?」
「作戦は中止。そこに異存はないが、エドワードはどうする?」
その問いかけに、一瞬痛みを耐えるような表情を見せたロイは、すぐに何事もなかったかの様にうっすらと微笑む。
「そんなこと、問われるまでもない。エドワードは返事は急がないといっていたが、私の答えなどとうに出ている。・・・・・・・・今日告げられなかったのは、私の弱さだ・・・。エドワードとの関係はこれまでにする」
「え?」
きっぱりと。
迷うことなく告げられた言葉に、ヒューズの方が驚く。
「これ以上、彼との関係を続けて何になる?」
「だが・・・・・・」
逆に問われて、ヒューズは言葉に詰まる。
「・・・・・・・・いいのか?お前はそれで・・・」
ロイの肩に両手を置き、食い入るようにヒューズはロイを見つめる。
今まで見たこともないような、ヒューズの真剣な顔に、同じく真剣な表情のままロイはコクリと頷いた。
「いいも、悪いも・・・・。私には迷うことなど出来ない。私が帰るべき場所はここだ。ここ以外に私の存在する場所などありえない」
暗に、ブラッドレイの元から離れることなど出来はしないのだと、ロイは告げた。
幼いころ、ストリートチルドレンになりかけていた自分たちを拾って、ここまで育てあげてくれたブラッドレイには、ロイもヒューズも並々ならぬ恩義がある。
その恩義に報いらないうちに、ブラッドレイの元を離れることなど、ロイには出来るはずがなかった。
「・・・・・・・・・ロイ・・・・・・・」
「エドワードが、ブラオに仇なすものならば、私はこの焔で彼を焼き払うまでだ」
焔の力を秘めた己の両手を握り締め、ロイはキッパリと告げた。
その表情に迷いはない。
ロイの悲壮なまでの覚悟に、ヒューズはそれ以上何も告げることは出来なかった。
親友が自分を押し殺して出した結論に、自分が口をはさめる余地など無い。
「・・・・・・・・・馬鹿だなぁ・・・。なんで、お前が泣くんだ」
そうロイに言われて、ヒューズは自分がいつの間にか、涙を流してることに気がつく。
「・・・・・・・・っか・・・やろ・・・」
お前が泣けないからだと、ヒューズは心の中で呟く。
おそらく、ロイにとってエドワードは初めて好きになった相手だったのに。
その相手が、世の中で一番愛してはいけない存在とは、なんて皮肉な話なのだろう。
互いに思いあい結ばれるはずだった二人は、組織というものに関わってしまったがために、一生結ばれない運命を決定付けられてしまったのだ。
「・・・・・・・こんなときぐらい泣いたって、罰はあたらないぞ?」
そういっても、ロイは儚く微笑むだけで緩く首を振った。
「涙は、私を弱くする。だから、私は泣けない・・・・・」
「ロイ・・・・」
「ありがとう。ヒューズ、私はお前のような親友がいてくれるだけで、十分だよ」
「・・・・・・・・・馬鹿だよ・・・・お前は・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうかもしれない・・・・」
己の不器用な生き方に、小さく苦笑して。
「エドワードとは、これでサヨナラだ」
ロイは、エドワードとの決別の言葉を口にした。




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