Rot und Blau 8



パタンとドアの閉まる音が聞こえて、ヒューズは読んでいた本から顔を上げた。
ロイがエドワードに会うために出かけてしまってから、結局ヒューズは自宅に戻ることなくロイを待っていた。
事は一刻を争うような気がして、なるべく早くロイと話し合っておきたかったのだ。
「思ったよりも早かったな・・・・」
ヒューズが壁にかけられた時計を見れば、時計はまだ夜の8時前を指している。
しかし、ロイはヒューズの予想に反して、ヒューズのいる部屋を通り過ぎ寝室のある2階へと上がって行ってしまった。
いつもは一番にリビングのドアを開ける人物の、常に無い行動パターンにヒューズは首を傾げる。
「あいつが真っ直ぐ上に上がるなんて珍しいなぁ・・・」
多分ロイの事だ、ヒューズが居るのには気がついているはずだ。
いつもなら、人の家で勝手にくつろぐなだの、人の家にあるものを勝手に食い散らかすなだのと、ぶつくさ文句を言いながらも、必ずロイはリビングに来ていたのに。
「具合でも悪いのかねぇ・・・」
そういいながら、座っていたソファーから立ち上がったヒューズは、ロイが真っ直ぐ向かったであろう寝室に向かった。
「ロイ、入るぞ?」
軽く寝室のドアをノックし、返事を待たずにヒューズはドアを開け、その中の様子に微かに目を見開く。
「ロイ?」
呼ばれた本人は電気もつけず、窓辺に置かれた椅子に座り、窓枠に頬杖をついたままぼんやりと月を見上げていた。
月明かりを受け、ぼんやりと月を見上げるその姿は、なまじ容姿が整っているだけにまるで作り物のように見えて、ヒューズの中をなんとも言いがたい不安が過る。
あきらかに様子がおかしい親友の姿に、ヒューズは戸惑いながらももう一度その名を呼んだ。
「ロイ・・・。どうした?何かあったのか?」
「・・・・・・・・・・・ヒューズ・・・・・・・」
ゆるゆると振り返ったロイは、まるで母親に置いていかれた子供のように、途方に暮れた表情でヒューズを見つめる。
それは、誰よりも長くロイの近くにいたヒューズさえ、見たこともない顔だった。
どんなときでも、それこそ他の組織と争いになったときでさえ、いつも冷静に凛とした姿を崩さなかったロイの初めて見せる表情に、今度こそヒューズはどう対処して良いかわからなくなる。
「エドワードが・・・・・・」
二の句を告げないヒューズを置き去りに、ロイはどこか遠くを見つめたままポツリポツリと語りだす。
「私を好きだと言ったんだ・・・・。笑えると思わないか?自分が騙されてるとも知らず、私にそんなこと言うなんて・・・・」
「ロイ・・・・お前・・・・・」
クスクスと笑い出したロイに、ヒューズはその肩を掴んでロイの瞳を自分に向けさせる。
「だけど・・・・・」
漸く焦点のあった漆黒の瞳がヒューズを見つめ、ロイはくしゃりとその端正な顔を歪ませる。
「だけど。本当に愚かなのは私の方だ・・・・」
「ロイ・・・・・」
「叶うわけなどないのに。私とエドワードは敵対する立場なのだぞ?それなのに・・・・ッ!!」
肩を掴むヒューズの腕に、逆に縋るようにしがみついてロイは訴える。
「お前・・・・、エドワードのこと・・・・」
ヒューズは一番恐れていた事態が、既におきてしまったことに気が付く。
呆然と呟くヒューズの傍で、ロイはヒューズの腕を掴んだまま俯いてしまう。
「言われて気がつくなんて・・・・・私も、彼が・・・エドワードのことが・・・」
こんなことなら、朝ロイが出かけてるときに止めておけばよかったと、ヒューズは今更ながら呑気に構えていた自分の迂闊さに舌打ちする。
「ロイ・・・・」
途方に暮れてロイの名を呼べば、俯いていたロイが視線を上げる。
泣いているのかと思ったその瞳には、ヒューズの予想に反して涙は無い。
ただ、その悲痛な色を浮かべる瞳が、泣きたいと思っても泣けない、ロイの悲しいまでの強さがよりヒューズの胸を締め付けた。
「すまないッ!ロイ・・・・・ッ!」
ヒューズはとっさに、ロイの身体を掻き抱いていた。






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