Rot und Blau 7
エドワードが会計を済ませている間、先に外に出ていたロイは、手持ち無沙汰にきょろきょろと辺りを見回した。
すると、視界に飛び込んできたのは、ロイ達が食事をしていた店とは通りをはさんで反対側にある、一件のガラス細工の店。
通り一面に並ぶ大きな窓からは、綺麗にディスプレーされたガラス細工たちが見える。
店先の窓から差し込む日の光を受けて、キラキラと輝く繊細なガラス細工は、まるで宝石のよう。
基本的に装飾品に興味のあるほうではないが、思わず興味を引かれて、ロイがその店に近寄ろうと通りを渡ろうとしたとき。
不意に肩がすれ違った通行人にぶつかってしまった。
「あ、失礼」
とっさにロイは謝罪をするが、運の悪い事にぶつかったのは、いかにも性質の悪そうな連中だった。
「失礼じゃねーだろ?いきなりぶつかってきといてよ〜」
おお痛ェ・・・もしかしたら骨が折れてるかもと、わざとらしく肩をさする、一際体格の良い男がこのグループのリーダー格だろうか。
そのリーダーの言葉を受けて、取り巻きの一人がロイに早速絡んでくる。
「おいおい、兄ちゃんよぉ〜。俺たちの大事なリーダーの身体になんてことしてくれたんだぁ?勿論きっちり落とし前はつけてくれるよなぁ?」
「あれぐらいの衝撃で、骨が折れるわけ無いだろう?馬鹿馬鹿しい」
すごんで覗き込んでくる男を一瞥し、呆れたようにはき捨てたロイに、男達は途端気色ばむ。
「んだとてめェ!!人が大人しくしてりゃ付け上がりやがって!!」
「まぁ、待て待て」
ロイに絡んできていた男が怒りも露わに、ロイに殴りかかろうとするのをリーダーが止める。
「おとなしそうな顔して、なかなか気の強い兄ちゃんじゃねーか。おもしれぇ・・・あんたぐらい美人なら、一晩のお相手でこの件はチャラにしてやってもいいぜぇ?」
下卑びた笑みを浮かべ、くつくつと笑う男をロイはきつく睨みつける。
「冗談。私の相手は、綺麗なお嬢さんだけと決まっている。誰が好き好んで、お前のような脳みそまで筋肉まで出来てるような、筋肉だるまを相手にするか」
馬鹿にしきったロイの言葉に、それまで下品な笑いを浮かべていたリーダーの顔が、怒りで真っ赤に染まる。
「・・・・・・・・・いい度胸だ。その減らず口、心の底から後悔させてやる」
怒りにブルブルと腕を振るわせる男に、ロイはチラリと男の影に隠れる仲間たちの数を確認する。
相手は全部で5人。
錬金術で一気に吹っ飛ばしてやりたいところだが、いくらなんでも錬金術をこんな人々が大勢いるところで使うわけにはいかない。
となると、この戦いは、必然的に肉弾戦で切り抜けねばなるまい。
(まぁ、この程度なら錬金術が無くてもどうにでもなるか)
それほど肉弾戦が得意なわけではないが、必用な護身術ぐらいはきっちり身に着けているロイにとって、この程度の相手ならさほど問題はない。
一つ心残りがあるとすれば、こんな人の往来のあるところで目立つ羽目になってしまったことぐらいだ。
ふぅと小さくため息をついて、ロイは相手を迎え撃つ体勢を取る。
目立つ行為は本意ではないが、降りかかる火の粉は振り払わねばならない。
「これでもくらいなッ!」
振り上げられた男の拳が、ロイに向かって振り下ろされようとしたときだった。
「ざけんじゃねーぞッ!!」
男たちの後ろから飛び出してきた影が、リーダーの背を思いっきり蹴り飛ばしたのは。
「ぐぁッ!!!」
まさかそんなところから蹴られるとは予想もしていなかった男は、景気よく吹っ飛び、自分の子分たちをなぎ倒していく。
「人が目ぇ離した隙に、何してやがんだ、てめぇらッ!!」
「エ・・・・エドワード・・・・・?」
それは、会計を済ませて店を出てきたエドワードだった。
普段のエドワードからは想像もつかない、殺気が見えるほどの迫力に、庇われたロイが困惑してしまう。
「この人に傷でもつけてみろ?てめぇらまとめて、朝日は二度と拝めない身体にしてやるぜ?」
ニヤリと笑う顔は、凶悪以外の何者でもなく。
吹っ飛ばされた男達も、一瞬エドワードの迫力にのまれてしまう。
しかし、すぐに我に返ったリーダーの男は、ひんな子供の迫力に負けられるかと、慌てて言い返す。
「んだと、この野郎!!いきなり横から出てきた分際で・・・ッ!!」
無様に転がっていた地面からゆっくりと立ち上がりながら、再び男は怒りをみなぎらせる。
「エドワード・・・。君は危険だから、下がって・・・」
エドワードに危険が及んではと、ロイは慌ててエドワードを庇おうとする。
しかし、エドワードはロイににっこりと微笑んで、ロイを押し留める。
「だいじょーぶだって。ロイ。ここは、俺に任せといて」
先ほど男にたちに見せた恐ろしいまでの形相は欠片も無い、優しい笑みを向けられて、ロイは言葉に詰まる。
その間にも、エドワードはすたすたと男達の近くへと行ってしまう。
「あ・・・おいッ!」
慌てて制止しようとするロイの声を聞きながら、エドワードは近づいた男達に二言三言何事かを呟く。
その言葉はロイにまでは聞こえなかったけれど、次の瞬間男達が青ざめた。
「し・・・仕方ねぇ・・・。今日のところは引いてやる」
先ほどまであんなに強気だった男の、同じ口から出たとはとても思えない言葉に、ロイは驚くしかない。
「次からは気をつけろよ」
そういいつつも、そそくさと去っていく男達の姿は、負け犬そのものだ。
「へへッ」
得意げに笑うエドワードに、ロイは呆然と問いかける。
「・・・・・・・君は一体何を言ったんだ?」
「う〜〜〜ん?この辺りで通じる魔法の呪文かな?」
「そんな訳・・・・」
「んなことよりも!!」
ロイの言葉を遮って、エドワードはじっとロイを見上げた。
「いきなりびっくりさせんなよ。お金払って出てきたら、あんたが頭の悪そうな連中に絡まれてるんだもん、心臓止まるかと思ったぜぇ?」
「・・・・・あれぐらい、自分でもどうにかできた」
拗ねたような言い方のロイに、エドワードは言い聞かせるように言う。
「だとしても。顔に傷でもついたら、どうすんだよ?」
「・・・・・・・私は女性じゃないぞ」
「俺がやなの。ロイの綺麗な顔に傷がつくのが」
「き・・・綺麗って・・・」
なんだかもの凄く間違った単語が自分に使われていないだろうか?ロイの中で疑問がぐるぐる回る。
言葉の意味を理解しかねているロイを見て、エドワードは困ったように呟く。
「・・・・・・だから放っておけなくなっちまうんだよ」
「え?」
脈絡の無いエドワードの言葉に、ロイが首を傾げる。
同時に不意にエドワードの腕が伸びてロイを引き寄せて。
何だ?と疑問を浮かべる間もないままに。
ふわりとエドワードの唇が、ロイの唇に重なった。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?)
柔らかい唇の感触に、一瞬ロイの思考回路すべてが停止する。
キスされているのだと漸く思考が追いついたのは、ペロリと唇を舐められてから。
気が付いた途端、いきなり何をするんだとか、私は女性じゃないとか、まとまらない思考がぐるぐると回りだす。
しかし。
(嫌ではな・・・・い・・・・・・・・・・?)
ぐるぐると回る思考の中、たった一つ導き出されたのは、今彼にされている行為が、決して嫌ではないこと。
(そんな・・・・・・・・これでは、まるで私が彼を・・・・・)
好きみたいじゃないか・・・・・・・と。
自分で導き出した答えは、ロイを愕然とさせるに十分な威力を持っていて。
呆然と瞳を見開いたままのロイをどう思ったのか、唇を離したエドワードがそっと耳元で囁く。
「こういう意味で、俺はあんたを思ってる・・・ってことなんだけど」
告白にらしくも無く照れる姿は、年相応の少年そのものだ。
だが告白を受けたロイに、その姿をからかう余裕はない。
ロイはエドワードの言葉によって、自分の気持ちに気が付かされてしまったのだから。
ただ、大きく目を見開いたまま、エドワードを見つめることしかできなかったのだ。
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