Rot und Blau 12



エドワードの言葉に、ロイは息を呑む。
どうして。どうして。どうして。
ただ疑問だけが、ロイの頭の中をぐるぐると回る。
何故彼が、自分がブラオの人間だと知っているのだ。
だがロイを見上げるエドワードの瞳は、痛いほど真剣そのもので。
もはや誤魔化せる段階などではないのだと、はっきりとロイに悟らせた。
「・・・・・・・・・・・・・知って・・・・・・・・いたのか・・・」
かたかたと震えだしそうになる手を必死の思いで押さえながら、逃げ道を失ったロイはエドワードの問いかけを肯定するしかなかった。
(最悪だ。まさか、彼が既に真実を知っていただなんて・・・)
もはやエドワードの中に、思い出としてさえ自分は残してもらえないのだと思い知らされて、ロイの中に絶望が過る。
「ああ」
しかし、ロイの予想に反して、エドワードはロイの裏切りを罵るでもなく、怒り出すでもなく小さく頷くだけだった。
その落ち着き払った態度を崩さないエドワードに、かえってロイの方がどうしていいか分からなくなってしまう。
いつか自分の正体がエドワードにばれてしまう事態を、想定していなかったわけではない。
ただ、ロイの予想の中でのエドワードは、ロイを嘘つきと罵るか、傷ついたようにロイを見つめるかそのどちらかだったから。
こんな静かな眼差しでみられるとは、想像すらしていなかった。
「ただ、誤解しないでほしいんだけど」
途方に暮れるロイを見つめて、ようやく掴んでいた腕を解放したエドワードは言い聞かせるようにゆっくりと言う。
「別にあんたがブラオの人間だって言うのは、俺が自分で調べたわけじゃないから」
「・・・・・・なんだって?」
てっきりエドワードが独自のルートで調べたのだろうと思い込んでいたロイは、思わず聞き返す。
「俺は別にロイがどこの誰だろうと、それこそブラオの人間だろうと、どうでも良かったんだ。もともと初めてあった日に、あんたから俺にちょっかいかけてきたところからして、なんか俺にしかけようとしてるんだなーとは思っていたし」
悪戯が成功した子供のような顔で、クスリと人の悪い笑みを浮かべながら、更にとんでもないことを暴露してくるエドワードに、ロイは今度こそ言葉を失う。
まさか最初から気づかれていたとは、夢にも思っていなかったのだ。
「最初から・・・・・・・すべてお見通しだったというわけか・・・」
自分達の拙い最初の作戦を思い出して、ロイは痛む頭をおさえる。
こんな子供に出し抜かれるなんて、大恥も良いところではないか。
まったく、ヒューズが大雑把な作戦を考えるから!と、ここにはいない親友を心の奥で罵った。
「まぁ、あん時にはまさかロイがブラオの人間だとは思ってなかったけど」
「それでは、なぜ私がブラオの人間だと・・・?」
もっともなロイの質問に、エドワードは小さく肩をすくめる。
「組織に属していると、余計なことしてくれる奴は多くってね。頼んでもいないのに、俺にあんたの正体教えてくれた奴がいたんだよ。」
まったく組織って奴は面倒くせぇよと、エドワードは大げさにため息を落とす。
「だからって、別に驚いたわけじゃねぇけどな。どっちかってーと、ああ、それで・・・ってようやく納得したって感じ?」
「ならば、どうして?」
自分が敵対する組織の者と知っていて、何故今まで一緒にいたのだと。
一番考えられるのは、逆にエドワードがロイを利用しようとしていた、というものだが。
ロイが思い出す限り、エドワードがロイの身元について尋ねてきたような覚えは一切ないし、また組織の情報を聞き出そうとした素振りも一度としてなかったはずだ。
「どうして、私がブラオの人間と知ってなお、共にいたんだ?私は君の組織に仇なす者だぞ?」
その問いかけにエドワードは、は〜と大きなため息を落として自分の前髪をくしゃりとかきあげた。
「ほんと、ロイって鈍いよね・・・」
「何がだ?」
「ここまで言って分からないなんてさ」
「だから、何がだ?」
きょとんとエドワードを見つめたまま、本当に分からないらしいロイに再度ため息を落としたエドワードは、ロイの襟元を掴むとグイッと自分に引き寄せた。
「うわッ!?」
突然引っ張られて悲鳴を上げるロイを無視して。
「あんたが好きだから。あんたが例えあんたがブラオの人間だろうと、何を企んでいようと、一緒に居たかったからに決まってるだろ」
強い瞳に射抜くように見つめられて、ロイは動きを止める。
これが自分より年下の、まだ少年と言っても差し支えない子供のする瞳だろうか。
瞳の奥に燃えるは、ロイの身さえ焼き尽くさんばかりの激しい焔。
それはロイを求める、一人前の男の瞳だ。
「エドワード・・・・・・・」
「好きなんだ、ロイ。あんたが例えブラオの人間でも。そんなこと俺には関係ない。俺はロイ・マスタングという人間を愛した。それだけだ」
「・・・・・・・・・」
「あんたは?ロイは俺のことどう思ってるの?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ロイッ!」
どうか答えてと訴えるエドワードに、一瞬瞳を伏せたロイは、意を決したように告げた。
「・・・・・・・・・ああ。私も君の事は好きだよ。エドワード」
真摯なエドワードの言葉に応えるよう、もはや誤魔化しようのない本当の気持ちを。
初めて自分の気持ちを言葉にしてくれたロイに、エドワードはパッと顔を輝かす。
「本当に!?」
無邪気に喜ぶエドワードに、ロイの胸は痛む。
ああ、この少年と共に生きていけたなら。
何もかも捨てて、この手を取を取れたのなら・・・・。
そんな夢物語を思い描くほど、自分はこの少年に捕らわれている。
望みは、叶えられるはずもないのに。
「それじゃあ・・・・・・」
「でも、私は君と共に行くわけにいかない」
悲しそうに瞳を伏せて。
エドワードの言葉をロイが遮った。
「え?」
何を言っているのか分からないと、きょとんと自分を見つめる瞳に微笑んで。
襟元を掴むエドワードの手にそっと両手で触れて、やんわりとはずさせると、ロイは小さく首を振った。
「これで終わりにすることに、変わりはないんだよ。エドワード。」
痛みを耐えるような表情を浮かべたまま、ロイは残酷にもそう告げた。




 BACK