Rot und Blau 15
「ロイッ!!」
よく知った声に呼び止められて、ロイは足を止めた。
「・・・・・・・ヒューズ・・・・」
振り返った先には、小走りに自分の元へと駆け寄ってくる親友の姿が見える。
「また仕事に行くつもりか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「お前いくらなんでも、ここのところ働き過ぎだぞ?自分で分かってるか?」
ヒューズの言うとおり、ロイはここ二ヶ月というもの今まで以上に、自分の仕事に熱心に取り組んでいた。
もともとロイの手腕には定評があったが、そのロイが休み無く働き続けているのだ、その成果は華々しいものだった。
はじめはさすがロイだと感心していたヒューズだが、こうもロイが働きづめではさすがに心配になってくる。
もともとがっちりとした体格からは程遠い男だったが、最近ますます薄くなってきたような気がするのは、もはや気のせいで片付けられるレベルではない。
確実にロイは痩せてきているのだ。
まるで何かから逃げるように、ただ闇雲に仕事を続けるロイが倒れるのも、時間の問題だろう。
「やっぱり、俺と別れたあの後何かあったんじゃないのか?」
エドワードを縁を切ったといったあの日から、様子のおかしい節はあったが、思い返してみてもこれほどではなかった。
不安定だった彼がはっきりと様子をおかしくしたのは、あの日を境にしてからだ。
あの日、二人で街を回っていたとき、ロイはヒューズの前から一度姿を消しいてる。
そう時間を掛けずにロイは戻ってきたから、あの時はあまり気に留めていなかったが。
あの自分がロイの傍についていなかった空白の時間に、ロイの身には確実に何かがおきていたのだ。
「別に何も無い。私はただあのあたりの様子を確認に行っていただけだ」
ヒューズが何度問いかけても、ロイから返る言葉はいつも同じで。
今日も同じ返答を返すロイの姿に、ヒューズは小さくため息を落とす。
どうしてあの時、彼を一人にしてしまったのだと後悔しても、時がさかのぼれない以上、ロイの言う言葉を否定する材料が無い。
「お前がそういうなら、俺は何もいえないけどな・・・。だがこれだけは言っておくぞ。いい加減身体を休ませろ。一体何をそんなにむきになって仕事をしているかは知らんが、確実にお前の身体は悲鳴を上げているぞ?このままじゃ身体を壊すのも時間の問題だ」
「大丈夫だ。私はそんなに柔ではない」
とても大丈夫そうに見えないから忠告しているのに、全く聞き入れようと知れない友の姿にヒューズはますます眉間に皺を寄せる。
「だから、大丈夫そうに見えないから言ってるんだろうが!!」
どうやら本気で怒っているらしいヒューズに、ロイは困ったように首を傾げる。
本当はロイとて、自分が無理を重ねているのは分かってるのだ。
ただ、仕事に集中している間は何も考えずに済むから、できるだけ仕事を見つけては無理矢理仕事をしているだけで。
一人でいればどうしても思い浮かべてしまうのは、敵対する組織に属する少年の顔。
一途に自分を愛してくれた少年の手を、自ら振り払ったのはほんのニヶ月前の出来事だ。
組織を抜けてでも自分と共に在りたいと言った少年の申し出を、自ら蹴って自分はここにいることを選んだと言うのに。
エドワードを失った喪失感は遥かに想像を超えていて。
何か別のことに集中していなければ、自分でも何をするか分からい恐怖があるほどだ。
「心配してくれるのはありがたいがヒューズ。今日は別に私は外に行くわけじゃない。ヘッドから呼び出しがかかっているからな」
「ヘッドから?」
ロイの口からでた意外な言葉に、てっきり今日も外にいくものばかりだと思い込んでいたヒューズが驚いたように繰り返す。
「ああ、何でも、至急でこなして欲しい仕事があるらしくてな」
「・・・・・・・・ロイ。これ以上仕事を続けたら、確実にお前死ぬぞ」
せっかく今日は少しはゆっくりするのかと思っていた矢先に、やはり仕事をするつもりと分かってヒューズはがっかりしたように言う。
「・・・・・むしろそうありたいものだ」
「・・・・・・・あん?」
小さく応えたロイの言葉は、ヒューズには聞こえなかったらしい。
――――――いっそ、消えてしまえばいい。
尊敬してやまない、己をここまで育てあげてくれたブラッドレイに、エドワードから聞いたロートのヘッドの報告もできない自分など。
それがロイの正直な本音だった。
エドワードがどういうつもりで、自分にロートのヘッドの名を明かしたのかは知らないが、これをブラッドレイに報告すればロートのヘッドは倒され、統率者を失ったロートは確実に壊滅するだろう。
ブラオは無駄な労力をかける事無く、最小限の力で勝利を手に出来るというのに。
そこまで分っていて、ロイはブラッドレイに二ヶ月たった今でも、その名を告げることが出来ずにいるのだ。
これが、ブラッドレイに対する、組織に対する裏切りだと分かってはいる。
だけどこれをブラッドレイに報告してしまえば、それを告げたエドワードにどんな危害が及ぶかとおもうと、どうしてもロイはブラッドレイにその名を告げることが出来なかった。
「なんでもない。とにかく、私はお前と遊んでるわけにはいかないんだ。もう行くぞ」
「あ、おい!待てよロイ!!」
ヒューズの横をすり抜け、ブラッドレイの元へ向かおうとするロイを、ヒューズは慌てたように後を追う。
「なんだ?ついてくるつもりか?」
「ああ。お前にこれ以上仕事をさせるわけにはいかないからな」
直接掛け合って、俺が替わりに行ってやると言うヒューズに、ロイは諦めたようにため息を落とした。
「ロイ・マスタング参りました」
そうドアの前で告げて、中から入室の許可が降りるとロイはそっとドアを開け中へと入った。
部屋の奥、床より数段高くなっている場所に置かれた大きな椅子に腰掛けたブラッドレイは、足を組み悠然と座っていた。
その背後には、ブラッドレイを警備するものが二人付いている。
表情を完全に消したその二人は、ブラッドレイの命令一つでブラッドレイに仇名すものを容赦なく排除する殺人マシーンだ。
本当に同じ人間かとさえ思うほどの、冷酷無比な射撃の腕をロイは何度も目撃している。
この二人がいる限り、ブラッドレイに危害が及ぶことはまずありえない。
まぁ、例えこの二人がいなかったとしても、他の追随を許さない、圧倒的強さの剣技の腕を持つブラッドレイならば、悠々と自分の手で自分の身は守って見せるのだろうが。
年は重ねても、その剣技が衰える事は無く、むしろより磨きがかかってきているぐらいなのだから。
あえて警備の者を置くのは、単に自分が戦うのが面倒だからという理由だけなのだ。
今は入室したのがロイだと分かっているから、二人はただ静かにブラッドレイの背後に立つだけだが。
それでもなお伝わるぴりぴりとした殺気ともいえる空気に、ロイは緊張感を高める。
背後に続くヒューズはといえば、二人の殺気を感じているのかいないのか、相変わらずの飄々とした表情を浮かべていた。
ブラッドレイは、ロイの後に続いて入ってきたヒューズの姿を見ても、別段驚いたふうでもなく、いつものように全く内心の読めない表情で笑っていた。
「急に呼び出してすまなかったね」
「いえ。何か私に仕事・・・・・と伺いましたが・・・。遅くなって申し訳ありませんでした」
「よいよい。急に呼びつけた私も悪かったからな」
頭を下げるロイを遮って、ブラッドレイはロイに顔を上げるように告げる。
「おそれいります」
「さて、仕事と言うのは少々いいわけでな。君を呼んだのは実は別の用事だったのだよ」
顔を上げたロイは、ブラッドレイの予想外の言葉に少しだけ目を見開く。
「別の用事・・・ですか?」
入り口からブラッドレイの近くまで移動したロイは、ブラッドレイを見上げ疑問を投げかけた。
「ふむ。最近君の活躍が目覚ましいのは聞いているが、少々働きすぎではないかと思ってね・・・」
「・・・・・・・・はぁ」
「組織の事を思えば、喜ばしいことだが・・・。最近の君はどこかおかしいという噂も聞こえていてね」
「・・・ッ!そんなことは・・・ッ!!」
「・・・・・・・なにかあったのだね?」
否定するロイを無視して、ブラッドレイは確信したように尋ねてくる。
その偽りを許さない鋭い眼光に、ロイは僅かに怯む。
「・・・私は今は組織のヘッドとしてではなく、父親として君の身を案じているのだ。様子のおかしい子供を心配する・・・親として当然のことではないかね?」
「・・・・・・・心配していただけるのは嬉しいです。しかし、私には思い当たることが何も・・・」
小さく首を振ったロイを、ブラッドレイは何かを見極めるようにじっと見つめた。
しかし、それ以上何も言うつもりはないと全身で語るロイに、これ以上は何を言っても無駄と悟ったのらしい。
見かけによらず頑固なロイ性格は、今に始まったことではない。
「そうか・・・。それでは、話題を変えようか。ヒューズも居るならちょうどいい。先日君たちはロートのヘッドについて調べていると聞いたがその後成果はあったのかね?」
ブラッドレイの質問にピクリとロイの肩が震えた。
それは、今のロイにとって一番して欲しくない質問だった。
BACK 