Rot und Blau 16



「・・・・・・・何故それを?」
問いかけたのは、質問を受けたロイではなくヒューズだった。
その顔には、ありありと驚きの表情を浮かべている。
成功するかどうか予測も付かない調査だっただけに、ロイとヒューズは今回の調査については誰にも告げることなく内密に行っていた。
普通に考えて、ブラッドレイがそのことを知るわけなど無いのだ。
ブラッドレイには複数の「眼」があると聞いているが、まさか自分たちの行動についても把握されているとは思っていなかった。
「・・・・・私を甘く見てはいけない。伊達に組織のトップをしているわけではないからね」
勝ち誇るわけでもなく、ただ穏やかな表情を浮かべているだけだというのに。
ブラッドレイ全身からは、他のものを圧倒する雰囲気が溢れていた。
ヒューズはブラッドレイの底知れぬ恐ろしさに、小さく身を震わせる。
自分たちをここまで育ててくれた人の恐ろしさは、十分理解しているつもりだった。
しかし、まだまだ認識不足なのだと思うしかない。
「・・・・・・・・・残念ながら」
不意に心にわきあがった恐怖を打ち払い、ヒューズはわずかに声が掠れるのを実感しながら、小さく首を振った。
自分たちの行動がブラッドレイに筒抜けになってしまっている以上、今更隠すことなど無意味だと正直に成果を報告する。
「ロートの一員と思われる少年に近づきましたが、中々口が堅く・・・。結局聞き出すことは出来ませんでした」
ロイが作戦の中止を申し出たことは伏せ、ヒューズは自分たちの作戦が失敗したことを淡々と告げる。
「ほう」
ヒューズの報告を聞きながら、ブラッドレイは面白そうに微笑んだ。
「ロイ。その少年というのは、そんなに口が堅かったのか?」
元々話を聞き出すのはお前の得意な分野だったろう?と暗に含ませながら、ブラッドレイがロイを見つめる。
鋭い眼差しを真っ向から受け止めて、ロイは逡巡する。
自分はロートのヘッドか誰なのか承知している。
告げるならば、これが最後のチャンスであろう。
今ならば直ぐに報告をしなかったことを咎められはしても、裏切り者とはならないはずだ。
逆に今ここで告げなければ、いつかはこの件がブラッドレイの耳に入ったとき、自分は裏切り者として処分されることになるだろう。
たがここでロイが真実を告げてしまえば、きっとエドワードは両方の組織から追われる身となってしまう。
ブラッドレイは他の組織に属したものを、そのものがどんな利益を自分の組織にもたらそうが、決して自分の組織に迎え入れはしない。
一度裏切ったものが、どうしてもう一度裏切らないといえる――――――?と。
その信念で、長きにわたりこの組織を守り続けてきたのだ。
今更ブラッドレイの信念を覆すことが出来ない以上、ロートを裏切ったエドワードをブラオで保護することは出来ない。
ならばロートを裏切ったエドワードは、間違いなくロートによって闇に葬られることだろう。
エドワードが死ぬ?
そんなことは耐えられるはずがないと、ロイはぎりっと奥歯を噛み締める。
「ロイ?」
視線を落とし中々答えないロイに、ブラッドレイは再びその名を呼んだ。
決して答えを急がせるわけではないが、逃げることを許さないその口調にロイはゆっくりと顔を上げた。
ブラッドレイほどの力があれば、いずれロートのヘッドを調べ上げてしまうかもしれない。
その時エドワードの身柄がどうなるかは、想像も出来ない。
だが自分がここでその名を告げさえしなければ、少なくともその時は「今」ではなくなる。
ならば自分が導き出す答えは、一つだけ。
「・・・・・・・はい。私の話術をもってしても、彼からの情報を得ることは出来ませんでした」
瞳を逸らすことなく、ロイはキッパリと継げた。
ここで動揺をすれば、自分の嘘がばれてしまうから。
「・・・・・・・・・・・そうか」
ロイの回答を受けても、ブラッドレイはそれほど残念そうな顔を見せることもくゆっくりと頷いた。
「残念だ。ロイならきっと、と信頼していたのだがね・・・」
「・・・・・・・・ご期待に応えられず申し訳ありません」
ロイはそう言って、深々と頭を下げた。
その時だった、不意にブラッドレイのいる部屋の扉の向こうが騒がしくなったのは。
「・・・・・・・・・・なんだ?」
その音にヒューズも気がついたのか、扉の方へと視線を向ける。
そうしているうちにも、はじめは遠かった喧騒がやがて、徐々に扉へと近づいてくる。
何かが壊されるような破壊音と、複数の足音。
それが近づいてくることによって、はじめは聞こえなかった会話が少しずつ聞き取れるようになってくる。
「止まれ!この先は立ち入り禁止だ!」
「貴様一体、なにも・・・・ぐっ!!」
途切れた言葉に続くのは、ダンッ!と何かかが壁に叩きつけられる音。
多分それは先ほど言葉を発したものの一人が、言葉半ばで吹っ飛ばされたのだと、その現場を見いてないロイ達にも容易に想像がついた。
「いったい何事かな?」
外は凄まじい喧騒にも関わらず、ブラッドレイはのん気に首を傾げた。
自分が動かずとも、ロイ達が自体を収拾してくれると信じきっているのか、ブラッドレイは落ち着き払っている。
ロイとヒューズは無言で頷くと、近づく音からブラッドレイの身を守るべく、扉の前に二人で立つ。
その時、ブラッドレイの許可を得ず、けたたましい音を立ててブラッドレイの部屋の扉がひらいた。
とっさに侵入者に向けて二人で銃を構えるが、飛び込んできたのは自分たちの組織に属するものだった。
「た・・・・大変です!!」
転がり込んできた男は、慌てふためいたように叫んで床に這いつくばった。
「どうしたのだね?」
血相をかえた男とは対照的に、落ち着いた態度のままブラッドレイが静かに問いかける。
「ロートの一員と名乗るものが突然殴りこんできて・・・」
「何だって!?」
普通では考えられない事態にロイとヒューズが、同時に驚愕の声を上げる。
組織としてはまだ小規模と言えるロートが、ブラオに仕掛けてくるなんて。
これでは潰してくれと、体のいい理由をブラオに与えるだけだ。
「それで、相手の人数は!?」
驚愕からいち早く抜け出したロイが、男に問いかける。
何がどうなっているのかさっぱり分からないが、まずはブラッドレイの安全を確保するのが最優先だととっさに判断したのだ。
「そ・・・・それが、ガッ!!!」
男がロイに報告するよりも早く、鮮やかな手刀が男の首筋へときまり、男は容赦なく沈黙させられてしまった。
「誰が殴りこみって言ったよ・・・。俺は『俺のモン』取りに来ただけだって言っただろうが」
倒れた男を跨いで、一人の人物が部屋の中へと入ってくる。
呆れたように呟くその口調に緊迫感は欠片も無い。
「なッ!?」
しかしその人物を見つめて、ロイが本日何度目になるか分からない驚きの声を上げる。
室内でも決してその光を損なう事の無い金髪。
見るものの眼を引く、鮮やかな赤のコート。
口元には不敵な笑みを浮かべ、ブラオのトップであるブラッドレイの部屋へと乗り込んできたのは――――――。
「迎えに来たぜ、ロイ」
にやりと不敵に笑って見せたのは、忘れるはずも無い、二ヶ月前ロイが別れを告げた少年、エドワード・エルリックだった。





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