Rot und Blau 2
「それで、お前はどんな作戦を考えているんだ?」
少年に近づいて、ロートのヘッドを聞き出すという作戦を承諾したロイは、隣にいるヒューズにあらためて問いかけた。
二人が今いる場所は、少年が立ち寄ったオープンカフェだ。
ロイとヒューズは問題の少年より少し離れた席に陣取り、頭を寄せてひそひそと話し合っていた。
傍から見たら、いい大人が頭を寄せて内緒話をする姿は、ある意味異様だったりするのだが・・・。
取り敢えず作戦会議に夢中な二人は気にならないらしい。
チラリと少年に視線向けたロイは、ずっと後姿しか見ていなかった少年の顔を、そこで初めてみることになった。
黄金の瞳に意志の強そうな光を宿して、まだ幼さを残しつつも少年はとても整った容姿をしている。
背中で無造作に束ねられた金の髪は、薄暗い店内においてもなお光を損なうことは無く、光を放っていた。
組織に属するには些か幼い気もするが、それはロイとて身寄りがないためにヒューズと共にブラッドレイに引き取られてからというもの、ずっと組織に属してきたのだ。
少年も似たような境遇なのだろうと、ロイは一人納得する。
「そうだなー。俺達はたった今ここに立ち寄った客で、席を探しているうちに俺が誤ってコーヒーをあいつの上に落とした・・・でどうだ?それで、俺の友人であるお前が、俺のフォローをする振りして、きっかけを作るって感じか?」
「・・・・・・・・・・お前、作戦があるとか言っておきながら、たったいま考えたな・・・・」
じと目で睨むロイに、ヒューズは豪快に笑ってみせる。
「だって、きっかけなんて些細な事で十分だろ?いくらロートの一員って言ったって、相手はまだ子供だぜ?後はお前の腕次第でどうにでもなるって」
いい加減なことこの上ないヒューズの作戦に呆れながら、ロイは確認するようにたずねる。
「でも、大丈夫なのか?子供とは言っても、コーヒーなんてかけたらさすがに怒るんじゃないか?」
「それは大丈夫だ。俺もここしばらくあいつの動向を探ってたんだけど、あいつは一般人には決して手を上げたりしない。俺達がブラオの一員とばれない限りは安全だろう。どうやらロートもうちと同じようにヘッドが厳しく、一般人に手を上げることを禁止しているみたいなんだ。最近急に膨れ上がった組織だって言うのに、よく監視の目がいき届いてるよ」
肩をすくめながら、感心したようにヒューズは言う。
「やっぱり・・・・相手のヘッドは相当な手腕の持ち主なのか・・・?」
「さーなー。こればっかりは、もっと情報を集めないことにはなんとも・・・だな。まぁ、ただ者じゃないのは確かだとは思うぜ?」
ヒューズの言葉に、ロイはやはりロートはこのまま放っておけば、いずれブラオに、ひいてはブラッドレイに害をなす集団だという認識を強める。
「やはり、このまま傍観するわけにはいかないか・・・。」
「そうだな・・・。だが相手のヘッドの力がそれだけあるって言うことは、逆に言えばそいつさえ潰しちまえば、組織をガタガタに出来る可能性は高い。出来たばかりの組織であれば、すぐにヘッドに取って代われるような人材もいないだろうし・・・」
「やはり、そこから崩すのが、一番手っ取り早いな」
ロイは小さく頷くと、立ち上がった。
「じゃあ・・・作戦を始めるぞ」
同じように立ち上がったヒューズは、トレイに今自分が飲んでいたものとは別の、まだなみなみとコーヒーの入ったままのカップを乗せた。
小さく頷きあった二人は、黙って少年の座るテーブルに向けて歩いていく。
何も知らない少年は、二人に背を向けたまま店内に大きく開けられた窓から、道行く人々を見るとはなしに見ている。
罪悪感を感じつつも、ヒューズが少年の背後に立つ。
ヒューズの持つトレイから、コーヒーの入ったコップが正に落ちようとしたその時。
何の前触れもなく、不意に少年が立ち上がった。
「あ」
と、ヒューズが声を上げたのと、少年の背がヒューズのトレイを持つ手にぶつかったのは、ほぼ同時だった。
勢い良く立ち上がった少年の背は、思いっきりヒューズの手からトレイを飛ばし。
トレイに載っていたコーヒーは、寸分の狂いなくヒューズの背後に立っていたロイへと命中していた。
「ああ!悪ィ!!」
一瞬何が起きたのか分からなくて、唖然としていたロイは、少年の慌てたような声でハッと我に返る。
「俺が急に立ち上がったせいで、あんたの服汚しちまった」
元々コーヒーを持っていたヒューズには目もくれず、少年は本当に申し訳なさそうにロイの前で両手を合わせて謝罪する。
「つっても、謝ってすむ問題じゃないよな・・・」
ロイの白いシャツにしっかりとついたコーヒーのシミを見つめて、少年は困ったように笑う。
「そうだなー。なぁ、あんた、時間あるか?」
「え?あ・・・・ああ?」
展開についていけないまま、それでもロイがコクコク頷くと。
少年は不意にロイの手を取り、引っ張った。
「じゃ、そのシャツ弁償するよ。近くに店があるから、一緒にいこうよ」
「ええ!?いや・・・いくらなんでも、そこまでしなくても・・・」
少年の申し出に、元々自分たちがコーヒーを少年にかける予定だったロイとしては、後ろめたさを感じでとっさに首を振ってしまう。
「いいんだよ。元々俺が悪いんだしさ」
屈託なく笑って、少年はロイの手を引く。
「そんなに時間はとらせないからさ」
「お・・・・おい!」
グイグイと引っ張られて慌てるロイをよそに、少年は強引に歩き出してしまう。
引っ張られる重力には逆らえず、ロイは少年に引きずられるような形で後に続く。
(よ・・・・・予定は狂ったが、一応接触成功なのか???)
疑問符を顔いっぱいに浮かべながら、ロイはヒューズを見た。
完全に一人取り残されたヒューズも、やはり予想外の展開にはついていけないらしく呆然とロイを見送っていた。
(全く!お前の計画性がないから、こんなことになるんだ!)
心の中でヒューズに対して悪態をつきながら、ロイは少年にしっかりと握られた手に視線を移す。
ロイより幾分小さく、体温の高い手は、まだ彼が子供なのだと証明しているようで。
自分がこの少年にこれからしかけようとすることを思って、ロイの胸はシクリと痛むのだった。
止める間もなく慌しく出て行ってしまった二人を見送って、漸く我に返ったヒューズはじっと自分の手を見る。
(今のは、本当に偶然か・・・・・・?)
それにしてはあまりにも、タイミングが良すぎたような気もするが。
しかし、少年は一切自分たちの方を見てなかった。
(まさか・・・・・な・・・・)
もし少年がすべて計算の上で行っていたとしたら、あまりに末恐ろしい。
(後は、お前次第だからな・・・・ロイ)
自分の中に一瞬過った考えを打ち消して、ヒューズは既に姿の見えない同僚に語りかけた。
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