Rot und Blau 3
「うーーーーむ。こういう場合はどう対処したものか・・・」
試着室の中、真っ白な新品のシャツを羽織ってロイは頭を抱えていた。
試着室に放り込まれる際、少年がさっさと値札を切ってしまったから、正確な値段は分からないが、肌触りのよさといい、丁寧に縫製された造りといい、いま自分が纏うそれは、とてもその辺の安物とは思えない。
『汚してしまったシャツを弁償』というには、あまりにもこれは高価すぎるものだった。
「なぁ〜着替え終わったか?」
ロイの苦悩など露知らず、試着室の外でコンコンと軽く扉を叩きながら、少年が問いかけてくる。
「着替えは終わった・・・。が、やはりこれを君に貰う訳にはいかない。ここは自分で支払わせてくれないか?」
「何言ってんだよ。俺が元々悪いんだから、弁償させてくれってさっきも言っただろ?」
着替えは終わっているというロイの言葉に、カチャリとドアを開けて少年が中を覗き込む。
「おおッ!思ったとおりピッタリだな」
目に映ったロイの姿に、少年は俺の見立ては間違ってなかったと、嬉しそうに破顔する。
確かに少年の言うとおり、先ほどロイが着ていたシャツよりも更に高級そうなそのシャツは、ロイの細い身体にとてもよく似合っていた。
「いや・・・似合うとかそういう問題じゃなくてな・・・」
既に自分の話を聞いていない少年に、ロイは疲れたように声をかける。
全くもって子供の思考回路と言うものは、良く分からない。
洋服を似合うと褒められて喜ぶのは、本来は女性の役目だ。
まして同姓に褒められて喜ぶ趣味は、ロイにはない。
「先ほども言ったが、私にコーヒーをかけたのだって、別に君がわざとやったわけじゃないんだ。ここまで君がする必要はないだろう?」
「・・・・確かにわざとじゃないけどさ。でも、あんたの服を汚しちまった事に変わりはないし・・・。ねぇ、何でそんなに嫌がるわけ?」
本来ならば弁償しないですめば、余分なお金を使わずに済んだと喜ぶべきところなのに、少年は悲しそうにロイを見つめる。
別にロイ自身は何一つ悪いことなどしてはいないのに、そんな眼差しで見つめられると、罪悪感にかられるから不思議だ。
なんだか小動物をいじめているような気分に陥りながら、ロイはなんとか少年を納得させなければと必死に言い募る。
「いや、だから・・・な。私のような大人が、君のような子供に買ってもらう訳にはいかないだろう?周りだっておかしいと思うはずだぞ。下手したら、私が君を脅して・・・とも取られかねないじゃないか」
「誰が子供だ!誰が!!俺はこう見えても15歳・・・・ッモガッ!!」
子供扱いされたのが気に食わなかったのか、急に少年が大声を上げる。
「15なんて、私から見れば十分子供だよッ!」
少年の大声に、何事かと振り返る人々の目を気にしながら、ロイは慌てて少年の口を押さえる。
「んなこと言ったって、あんただってそう変わらないじゃん」
押さえられた手を引き剥がしながら、今度は普通の音量で少年が言う。
「あのな・・・・・。」
その言葉に、ロイはがっくりと肩を落とす。
そう変わらないって・・・・、この少年は一体自分の事を何歳だと思っているのだろう。
「私は、こう見えても22なのだが?」
「えッ!?マジッ!!?俺てっきり10代だと思ってたぜ!」
「そんなわけないだろッ!」
少年に言われるまでもなく、童顔の自覚があるロイとしては、少年の言葉にざっくりと傷ついたりする。
「へぇ〜、若く見えるんだねあんた」
「・・・・・・年上と分かったなら、ここは私を立てると思って支払は任せてもらっていいかね?」
感心したように自分を見上げるエドワードに、ロイは漸く話が進みそうだと安堵して切り出すが。
「あ、それはムリ」
少年は性質の悪そうな笑みをニヤッと浮かべ、あっさりとロイの申し出を切って捨てる。
「なんでッ!?」
思わず今度はロイが大声になると、少年は先ほどロイがしたようにロイの口をパフっと手で押さえる。
「しーッ!大声出すなっていったのは、あんただろう。それに支払はさっき俺が済ましちゃったから♪」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
あっけらかんと言い放った少年の言葉に、ロイ大きく目を見開き。
今までの言い争いはいったいなんだったんだと、思わず額を押さえる。
全くさっきから、この少年には翻弄されてばかりだ。
本当にこんな調子で、彼から肝心な情報が引き出せるのだろうかと、ロイの中に一抹の・・・どころではない不安が過るのだった。
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