Rot und Blau 4



「じゃ、そんな訳で、問題も解決したところで、行こっか」
ちっとも解決してない問題を強引に押しやって、少年はロイに手を差し出してくる。
「あのなぁ・・・、ちっとも解決して無いと私は思うぞ」
思わずその手を反射的にとってしまいながら、ロイは頭を抱えていた。
予想以上に子供の相手は大変だと、しみじみ実感しているのだ。
実はこの少年が、普通に子供と言われる範囲から大きく外れているだけなのだが。
子供と接する機会のないロイには、実は自分がとんでもない子供を相手にしているとは分からないのだ。
「あんたって、遠慮深いんだね〜。元々俺が悪いんだから、とりあえず受け取っておけばいいじゃん」
気楽に言いながら、少年はロイの手を引いて店を後にする。
「遠慮深いもなにも、こんな高価なものを貰うわけにはいないだろう。等価交換の法則に反する!」
少年に引っ張られるまま歩くロイが反論すると。
「へぇ〜、あんたまるで錬金術師みたいなこというんだね」
思わぬ言葉を返した少年に、ピクリとロイの頬が引きつった。
ついいつものくせで、何気なく『等価交換』といってしまったが。
自分が錬金術師と言うのは、絶対の秘密にしておかなければならない事だった。
錬金術師といえば、とかく暗い部屋の中で卑金属を貴金属に変える研究でもしてると思われがちだが、実際の錬金術はそんな生易しいものではない。
ちょっと応用を加えれば、それこそ「人間兵器」といわれるほどの、力を持つことも可能なのだ。
それほどの力を持つ錬金術師と呼ばれる人材を、組織が欲しがらないはずはない。
どんなちっぽけな組織でも、強力な錬金術師が一人でもいれば、形勢逆転は可能と言われるほど、錬金術師の力は凄まじいのだ。
だからこそブラッドレイは、人前で錬金術を使うことも、錬金術師だと明かすことも、ロイに禁じていた。
無駄な争いを避けるためと、ロイの自身が別の組織に狙われるのを避けるために。
「何を馬鹿な事を言ってるんだ。錬金術師なんてそうそういるわけあるまい?君こそ、等価交換と聞いて錬金術師を想像するなんて、なかなか詳しいじゃないか」
「まーなー。昔俺も、ちょっと錬金術ってのをかじった事があるからな。でも、あんまりにも難解だからすぐに止めちまったけどよ」
少年は頬をカリカリとかきながら、照れたように笑う。
どうやら上手く話を逸らせたらしいと、その様子にロイはホッと安堵の息をつく。
「そうか。君なら、案外いい錬金術師になったかもしれないのにな」
思わず素直な感想を述べたら、今度は少年がむっとしたようにロイを見上げてきた。
「エドワード」
「へ?」
むっつりと告げられたその言葉の意味が分からなくて、ロイが思わず首を傾げると、少年は更に怒ったように口をへの字に曲げた。
「だから!!さっきからあんた俺のことを『君』って呼んでるけど、俺にはちゃんとエドワード・エルリックって言う名前があるの!」
「エルリック君?」
自分だって人のことを『あんた』と呼び続けていることは棚に上げて、ちゃんと名前を呼べと要求する少年に苦笑して。
だけど、少年の要求するままにロイはその名を呼んでやる。
「いや、ファーストネームで呼んでよ。俺、弟がいるからさ、皆にエドとかエドワードって呼ばれてるから、あんまりエルリックで呼ばれるの慣れてないんだよ」
ついでに君もいらないよと付け足すエドワードに、ロイはやれやれと肩をすくめる。
「では、エドワード・・・っと、これでいいかな?」
「うん。ついでにあんたの名前も教えてよ。基本は『等価交換』だろ?」
イタズラっぽく笑うエドワードに、すっかり乗せられているなと思いつつ、ロイは諦めたように口を開く。
どうせ、今日いきなりこの少年から情報を聞き出せるとは思っていないのだ。
付き合いが長くなるであろう相手に、名前を隠すことなど無意味だ。
「私の名前はロイ。ロイ・マスタングだ」
「ロイ・・・か。いい名前だね」
遠慮なくロイのファーストネームを呼ぶエドワード。
だけど、不思議とロイの中に不快感はない。
それがどうしてかということに、ロイが気がつくのはまだずっと先の話だった。




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