Rot und Blau 5
「・・・・・なあ、ロイ。お前今日もあいつのところに行くのか?」
出かけようと準備していたロイは、ヒューズの言葉にシャツのボタンを留めていた手を止めた。
「ああ。今日も約束してしまってたからな・・・。って、ヒューズ、人のベットの上に座るのはやめて・・・」
呆れたようにため息をつきながら、振り返ったロイは思いもしなかったヒューズの真剣な顔に、言葉を途切れさせる。
「なぁ、お前がエドと会うのは、ロートのヘッドを聞き出すためだよな?」
「当たり前だろう?他に何があるというんだ?」
さも当然というように頷くロイに、ヒューズは続けようとした言葉を飲み込んだ。
「そう・・・だよな・・・。なら、いいんだ」
ヒューズらしくない歯切れの悪い言葉にロイは首を傾げるが、ふと見た時計に待ち合わせの時間まであまり間がないことに気がついて、ロイは慌ててすべてのボタンを留めると上着を羽織る。
「ヒューズ、悪いが時間が無いんだ。帰ってきてから、また話はちゃんと聞くから!」
部屋から飛び出す前にロイはそれだけ告げて、後は振り返ることなく、行ってしまった。
ロイの部屋に一人取り残されたヒューズは、眼鏡を押し上げながら深いため息をついた。
「ロイ・・・。お前、本当にエドを裏切れるのか?」
口では面倒だと言いつつ、嬉しそうに出かけていく姿だとか。
律儀に時間を守ろうとする姿だとか。
ヒューズにはロイが必用以上にエドワードと、親密になってしまったように見えてしょうがないのだ。
親しくなればなるほど、エドワードから情報を聞くのは、容易くなるだろう。
より確実に情報を手に入れるためには、今のロイのやり方が間違っているとは思わない。
だが・・・・・既に、無意識にロイがエドワードに好意を寄せているのだとしたら・・・・・・・。
自分が親友にやらせようとしていることは、もの凄く残酷なことではないだろうか?
最近そんな不安が、ヒューズの中から消えない。
今更どう言い訳をしたところで、ロイがエドワードを利用するために近づいたということは、消すことの出来ない事実なのだ。
真実を知ったとき、あの少年はどう反応するのだろう・・・。
どう転んでも、穏やかに事は済むまい。
「やっぱり、この作戦は中止にするべきだ・・・」
今までも散々悩んできた問題に、ヒューズはそう結論付けた。
幸いにも、ロイはまだ自分の中の感情に気がついてはいないようだし。
ロイがエドワードに対して抱く想いが、例え恋愛感情ではなかったとしても。
これ以上ロイをエドワードに関わらせてはいけないと、ヒューズの第六感が告げている。
今日ロイが帰ってきたら、もう一度ゆっくり話し合おうとヒューズは決心を固める。
だが皮肉にも、一度狂い始めた運命の輪は、そう簡単にその動きを止めてくれはしないのだ。
もはや手遅れだと、ヒューズが気がついたのは、今から、数時間後の事だった。
「ロイ?」
目の前の少年に呼ばれて、先ほどのヒューズとのやり取りを思い出していたロイは、ハッと我に返った。
訝しげに自分を見つめる黄金の瞳に、ロイは慌てて笑顔を浮かべる。
「あ・・・・ああ、すまない・・・何の話をしていたかな・・・」
「別に・・・この後、どこに行こうかって話しをしていただけで、たいした話じゃないけど・・・」
お昼にと立ち寄ったレストランで出された、綺麗に皿に盛り付けられた鶏肉を口に運びながら一度言葉を切ったエドワードが続ける。
「・・・・ロイ、何かあったの?」
「ど・・・どうして?」
まるで自分の心内を見透かしたようなエドワードの問いかけに、ギクリとしながら、ロイは努めて平静を保ちながら首をかしげた。
「ん〜どうしてって事もないけど・・・。なんか今日のロイ、俺と会っててもいまいち俺の方を見てないっていうか、遠くを見ていることが多いような気がしてさ・・・。俺と一緒にいるの、つまらない?」
「そ・・・そんなことはないよ」
エドワードの言葉に、ロイは慌てて首を振る。
実際。
ロイは、エドワードと共に過ごす時間が嫌いではなかった。
むしろ、最近ではエドワードと会うことが楽しみでさえあるのだ。
ロイがエドワードと出会って既に、2ヶ月の時が経過している。
初めて出会った日の別れ際、エドワードはまたロイと会いたいと言った。
『自分はまだこの街に来たばかりで知り合いも少ないから、話し相手になって欲しい』そう告げたエドワードに、ロイは願ってもない、エドワードに近づくチャンスだと二つ返事で承諾した。
以来こうして二人は、時間が空けば会うようになった。
はじめは子供の相手なんて・・・と戸惑っていたロイだが、エドワードは見かけによらず知識も豊富で、年の差を感じさせないほど、ロイと対等の会話をしてみせた。
大人びたように見えれば、妙に子供っぽいところもあって、そのギャップがロイを楽しませてもくれた。
大分打ち解けてくれたようだし、そろそろ自分の本来の目的を果たす頃合だと思っているのに、最近自分のしなければならせない事を思うたび、胸が痛む。
ロートのヘッドを聞き出すためだけに、近づいたと知ったら、この少年は激怒するのだろうか?それとも悲しむのだろうか?
どちらも見たくないと思ってしまっている自分は、ヒューズには当初の目的を忘れたつもりは無いといったものの、想像以上にこの少年に絆されてしまったのだと、ロイは自覚していた。
未だにロイがその話を切り出せずにいるのは、そのためなのだろう。
「つまらないどころか、君といるととても楽しいよ」
「ほんと?」
ロイの言葉を信じて、パッと顔を輝かせるエドワードに、ロイの心はまた痛む。
楽しいという言葉に嘘はないが、いったい自分はどれ程この少年に嘘を重ねるつものなのだろと思わずにはいられないからだ。
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