薄暗い人工の明かりが照らす部屋。
意識を失ったロイの回りには、先ほどロイを取り囲んだ男達のメンバーのうちの3人が、ロイを見張るように立っていた。
リーダー格の男の姿は、そこには見当たらない。
ここは、ロイを連れ去った現場からそう離れていない、倉庫の中だった。
持ち主が誰かも定かではないが、うず高く詰まれた詰まれた木箱の数々と、この倉庫に人の出入りが無いことを証明するかのように、足跡一つさえなく白く積もっていた埃から、使われていない倉庫と判断した男達がアジトとして使っている場所だ。
「しかし、これがあの『ロイ・マスタング』だとはな・・・・。」
どこからか持ち込んだソファーに寝かせたロイを見つめて、ロイを拉致した男の一人が呟く。
「あのイシュヴァール戦でも、高い功績をあげたっていうから、さぞかしゴツイ軍人だと思っていたのにな。」
反対側に立つ男が賛同するように頷いて、自分もまたロイを見つめる。
漆黒の柔らかそうな髪。
とても軍人とは思えない、薄い身体。
血の気を失っているため更に白く見える肌。
男達の慾を誘うには、十分な光景だった。
「なんか、色っぽいよな・・・・・・・・。」
「ああ、見てみろよ。この腰の細さ。これなら男だろうと、十分楽しめるぜ」
ロイの軍服をめくり、男が嬉しそうに横腹を撫でた。
「・・・・・・ん・・・・・・。」
その刺激に、ロイが意識を取り戻したらしく、小さく身じろいだ。
「おッ!?お姫様のお目覚めみたいだせ?」
「・・・・・・ここは・・・・・・・・?」
まだ嗅がされた薬が抜けきらないのか、どこか空ろな眼差しでロイが問いかける。
そのけだるげな姿さえもが、ロイを欲望の対象と見ている男達には、どこか艶めいて見えて熱を煽る。
「ここは、俺達のアジトだ。」
今すぐ飛び掛りたい衝動に駆られながら、男がくつりと笑いながら説明する。
「アジト・・・・・・?」
ぼんやりと反芻して、漸く意識を失う前のことを思い出したのか、ロイがハッと体をすくませる。
「思い出したか?自分がなんてここにいるか。」
「・・・・・・・・・・・お前たちのボスはどうした。」
ソファーの上に身を起したロイは、リーダー格の男の姿が見えないのを疑問に思い、男達をぎっと睨みつけながら問いかけた。
「そんなに恐い顔すんなよ。美人が台無しだぜ?」
「私は女性ではないッ!!」
馬鹿にしたように笑う男達に、ロイは再び怒鳴る。
「別に女で無くったって関係ねぇんだよ。あんたぐらいの美人なら、俺達も十分楽しめる。」
ロイの前髪を掴んで、グイっと上向かせながら男が言い捨てる。
「いい目だな・・・・・。その強気な瞳が快楽に歪む姿は、さぞかし見ものだろうよ。」
今だ光を失うことなく、強い眼差しで自分たちを射抜くロイを男があざ笑う。
「まぁ、ボスが気になるっていうなら、教えてやってもいいけど。ボスは面倒なことが嫌いだからよ。抱けるようになるまで手を掛けるのが面倒なんだと。」
「だから先に俺達があんたをいただいて、手間がなくなったところで、ボスが・・・って所だな。心配しなくたって、ちゃんとボスにも抱いてもらえるから安心しな。」
次々と身勝手なことを言う男達に、ロイは悔しげに唇が切れるほど強く噛みしめる。
「おいおい。そんなにきつく唇を噛んだら、血が出るぜぇ?まぁ、あんたの血なら上手そうではあるけどよ。」
唇をなぞる男の指に、鳥肌が立つ。
「ま、いつまでもおしゃべりしていても、時間の無駄だわな。後もつかえてることだし、ちゃっちゃと頂くことにしようぜ。」
「そうだな。ボスもお待ちかねだ。」
楽しそうに笑いながら、ロイの前髪を掴んでいた男とは別の二人が、ロイを両手をソファーへと押し付ける。
「・・・ッ!!離せッ!!」
「離せといわれて、離す馬鹿がいると思うのか?」
ロイの自由を奪うと、ついでとばかりに口も押さえて男達はゲラゲラと笑う。
「しかし、ボスも変わってるよなぁ。絶対こうやって怯えてるヤツを喰ったほうが楽しいのに。」
「バーカ。ボスは薬漬けにした、自分から腰を振るような淫乱な奴が好みなんだよ。」
「ん・・・・・・うう・・・・・・・。」
反論したくても、既に口を押さえられている状態のロイは、言葉を満足に発することも出来ない。
「うわ!ホントにこいつ男かよッ!?この肌見てみろよ、真っ白だぜ?」
軍服の前をくつろげ、ロイの肌をさらした男が興奮気味に叫ぶ。
「肌理も細かそうだしな・・・。やっぱり上玉だぜこいつッ!!」
そもそもロイを狙ったのは、仲間を救うためだったはずなのに、目の前にある極上の獲物に、男達の理性は既に欠片も残っていない。
発火布も無い状況に、ロイの瞳に絶望が過ったとき。
「悪いんだけどさ。それ、俺のだから触らないでくれる?」
緊迫した雰囲気には到底似つかわしくない、のん気な声が背後からかかったのだった。
その声に、ロイを捉えていた男達の手が、ピタリと止まる。
ただロイだけが、その声の主に、ピクッと身体を震わせる。
まさかという思いと、やっとという思いが、ロイの胸のうちを交錯する。
覚えている声よりは、だいぶ低音になってはいるけれど。
それは、ずっと聞きたいと思って止まなかった声。
頭を振って自分を押さえる男の手を振りほどくと、声のした方にロイは視線を向ける。
その瞳に映ったのは
。
驚きにロイの目が大きく見開かれる。
そこに在るのは、人工の薄暗い光の中でもなお輝く黄金。
ロイの記憶にある彼より、随分と大きくなってはいるが。
変わらないのは、その意思の強さを現す、きつめの眼差し。
見間違えるはずなど無い。
そこに立つのは、ロイがずっと待ち続けていた人。
鋼の錬金術師エドワード・エルリック。
「遅かったじゃないか・・・・・・・・・・・鋼の。」
今だ捕らわれたままのロイが、そこに立つエドワードの名を呼ぶ。
この世界の、エドワードの通り名。
ロイだけがそう呼ぶ。
まるでロイの為だけに用意されたような、エドワードの呼び名。
「悪ぃ悪ぃ。色々手違いがあってさ・・・遅くなっちまった。」
カリカリと頭をかきながら、エドワードがあまり悪びれた様子もなく謝る。
「・・・・・・・てめえら、俺達を無視して話を進めるんじゃねーよッ!!なんだよ、お前は!!!」
完全に会話に置いていかれた男のうちの一人が、突然の乱入者のエドワードを怒鳴りつける。
数でも有利な分、この時点では男達はいたぶる人間が勝手に飛び込んできて、また楽しみが増えたぐらいにしか思っていなかった。
「うるせーよ。俺の大切なもんに手を出しといて、無事に済むと思うなよ。」
決して怒鳴るわけではないのに、怒気をはらんだエドワードの低い声は、男達を震え上がらせるには十分なものだった。
先ほどロイと会話をしていた時の飄々とした雰囲気は一掃され、背筋の凍るような殺気がエドワードからあふれ出す。
ギロリと睨みつけられて、男達は身を竦ませる。
「って、ビビるんじゃねえよ!こんなガキ相手にッ!!」
すっかりエドワードの雰囲気に飲まれた男が、はっと我に返り隣の二人をどついた。
「そ・・・そうだ。俺達には仲間だって、ボスだっている!お前一人で、俺達に勝てると思っているのか?」
ケンカだけはやたらめったらと強い、自分たちのリーダーの存在を思い出し、男達が口々に騒ぐ。
しかし、エドワードは慌てず騒がず。
「あー。悪ぃけど、あんたらの言うボスって・・・・アレ?」
後ろを振り返りもせずに、エドワードは左手の親指で、自分の後ろを指し示す。
「ボ・・・・・・・・ボスッ!!!??」
言われるまま、後ろを覗き込んだ男達が悲鳴を上げる。
エドワードの影になっていて見えなかったが、エドワードの後ろでボロボロになって倒れているのは、間違いなく自分たちのボスだった。
「こ・・・・・こっちには、人質だっているんだぞ!!!!!」
ボスがあの様子では、多分残りの仲間たちも屍同然となっているだろうと、男達は恐怖に怯えながら、自分たちはああはなるものかと、最終手段の人質を盾にしだす。
ロイはまだクスリの副作用なのか、男達にされるがままだ。
その様子を一瞥して。
「やってみろよ。」
エドワードは一言、言い放つ。
「は?」
エドワードの予想外の言葉に、男達は間の抜けた声をあげる。
「その人に傷でもつけてみろ。毛筋ほどの傷でも、死んだほうがマシだと言う目にあわせてやる。」
ボキボキと指を鳴らす、エドワードの目は全く笑っていない。
「は・・・・は・・・・・はははは。」
渇いた笑いが男達からもれる。
それは脅しではなく、この男なら本気でやると、それだけの力もあると、男達の直感が告げていた。
「せめてもの情けだ。人質を解放して俺に伸されるか、人質を解放しないで俺に殺されるか。どっちがいい?」
エドワードがにこやかに笑いながら問う。
男達に、選択の余地は無かった。
素直にロイを解放した男達を気が済むまで殴り倒した後、倉庫にあったロープで縛り上げるという作業を済ませたエドワードは、今だソファーに倒れたままのロイに問いかけた。
「怪我・・・・・ねーよな?」
「あ・・・・・ああ。」
ゆっくりと身を起したロイは、まだ目の前の光景が信じられなくて呆然と頷く。
そんなに簡単に、事態を受け入れられるわけが無い。
目の前に立つのが、ずっと待ち続けていたエドワードだなんて。
これは本当に現実なのだろうかとさえ、思ってしまう。
「大丈夫か?あいつらに、何か変なモン飲まされたわけじゃないよな?」
そのロイ様子をどう取ったのか、エドワードが心配そうにロイの頬に触れる。
右手が頬に触れた瞬間手袋越しにヒヤリと、冷たく固い機械鎧の感触がロイに伝わる。
それは紛れも無く、これは現実だと告げているようで、ロイの心にじんわりと暖かいものが広がっていく。
「いや、大丈夫だよ。鋼ののおかげでね。」
「良かった・・・・・・。間に合って。ところで立てそうか?」
安心したように微笑んで、エドワードはロイに手を差し出した。
「本当に・・・。鋼のには助けてもらってばかりだな・・・・。」
素直にエドワードの手を借りて立ち上がったロイが、軍服の乱れを直しながら小さく頷く。
こうして並んで立ってみると、随分とエドワードの身長が高くなったことが分かる。
姿を消したときは見下ろしていたはずのエドワードを、今はロイが見上げている。
「へへッ・・・・。」
「鋼の?」
突然笑うエドワードに、ロイがどうしたのだと視線で問いかける。
「久々に、『鋼の』って聞けたと思ってさ。」
嬉しそうに笑うエドワードの姿に、ロイもつられるように微笑む。
「やっぱり私の勘は鈍っていなかったな・・・・。」
「え?」
突然のロイの言葉に、エドワードは首を傾げるが。
「いいや、こっちの話だよ。」
ロイはクスクスと笑うばかりで、エドワードの問いかけに答えようとはしなかった。
「ただ、なんとなく今日はね、いつもと違うような気がしていたんだよ。」
ロイはじっとエドワードを見つめる。
「戻ってきたんだな・・・・・・・・・・・。」
「ああ。えらく待たせちまったみたいだけど・・・・・・・。」
言いながら、エドワードはロイをそっと抱きしめる。
昔は抱きしめるというより、しがみつくという表現が正しかった抱擁も、今ではエドワードの腕の中にロイはすっぽり収まる。
「本当だ。この私を待たせるなんて、いい度胸だぞ・・・鋼の。」
大人しく抱きしめられたまま、ロイが拗ねたように呟く。
「・・・・・・・・・・待っていてくれたんだろう?俺のこと。」
「大変だったんだ。私のように地位も容姿も兼ね備えていると、それは引く手数多で・・・・・。将軍のお嬢さんたちとの見合いも、何度勧められたことか・・・・・・。」
「でも、待っていたんだろ?俺を。」
素直に気持ちを白状しないロイを、エドワードが遮る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ロイ?」
不意に黙ってしまったロイに、エドワードは抱きしめた腕はそのままに不思議そうに首を傾げる。
「ああ、そうだ!!ずっと、ずっと君を待っていたんだよ!いくらでも相手はいるはずのこの私が!!もう、逢えないかも知れない君を・・・・・・・・・・・。ずっと、ずっと・・・・・・!」
「ごめん!!ごめんな、ロイ。待たせてごめん。不安にさせてごめん。」
語尾を震わせるロイに、切なさが募ってエドワードはその細い肢体を抱きしめる。
いくら自分の意思ではないとはいえ、突然姿を消した自分を、ロイはどんな気持ちで待っていてくれたのだろう。
生きているか死んでいるのかさえ分からない自分を待ち続けることは、想像以上に辛いことだったに違いない。
「待っていたんだ・・・・。鋼の・・・・・。ずっと・・・・・・・・。」
「うん。」
「いつかは、君が戻ってくると信じて。」
「うん。」
ポツポツと語られるロイの言葉に、エドワードは小さく頷く。
「待っていて良かった・・・・・・・・。」
言葉を切って顔を上げたロイが、ふわりと微笑む。
「おかえり。鋼の。」
続けられた言葉に、一瞬驚いたようにエドワードは目を見張って。
「ああ。ただいま・・・・・。ロイ。」
小さく笑って、そっとロイの唇に口付けた。